その身を賭けろ

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浅黄と旭

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 出勤すると、所長は忙しそうに書類をチェックしていた。浅黄の姿は見えない。
 
「所長、おはようございます。浅黄さんは?」
「今日も極秘任務。ってわけで、中原、今日も香奈嬢担当してくれ」
 
 浅黄は引き続き謎の身辺警護についているらしく、旭は今日も香奈嬢を担当することになった。
 女子校からの依頼は基本的には毎日あり、相手方の承諾も得て担当をローテーションしている。浅黄に依頼が殺到するため、公平に、ということだ。
 中には本気で熱を上げている娘もおり、香奈はその一人で目を見張るような美少女。おしとやかそうな外見に反して快活で気取ったところがないため、ボディーガード仲間からの人気が高い。旭も彼女を気に入っている。見目麗しいお人形さんが車に乗っているのは仕事とはいえデートのようで心がときめく。相手は女子高生。しかも合法。向こうからの希望として、下の名前で呼んでいいことになっている。
 
「香奈さん、おはようございます」
「あっ、中原さん、おはようございます……。あの、浅黄さんは……?」
「今、彼には別の依頼があって、しばらく送迎は無理かもしれません」
「そうですか……」
 
 浅黄はすべてにおいて能力の高い男で、旭としても敵わないのはわかっているから、こんな反応は慣れている。それでも、やはり傷つくものは傷つく。香奈もなるべく顔に出さないように努力はしているようだが、今日などは恋い焦がれた相手とのデートが土壇場でキャンセルされたようなものなので、気落ちが隠しきれていない。
 しかし今日は……いつもとどこか、様子が違う気がした。
 
「香奈さん……何かありました?」
 
 後頭座席に香奈を乗せ、ミラーを覗き込みながら探りを入れてみる。
 
「あっ、その。実は浅黄さんに訊きたいことがあって、それで……。すみません、私酷い顔してますよね」
「いえ、いつもと同じ、美少女ですよ」
「中原さんてば」
 
 半ば本気だが、冗談めいたトーンで言えば、香奈はようやく明るく笑った。唇に手をあて、おしとやかにフフフと笑う。
 
「浅黄さんと中原さんって、仲がよいのですよね?」
「それなりには。後輩としてこき使われてますけど」
「でもそれは、浅黄さんにお金を借りるからでしょう? ギャンブルはほどほどにしないと、モテませんよ」
「ハハハ……」
 
 旭は苦笑いした。会話が別の方向に逸れていきそうだったが、やはり何かを悩んでいるのか香奈はすぐに物憂げな表情になる。旭は言葉を促さず静かに待ち、しばらくは雑音だけが車内に響いていた。
 数分押し黙ったあと、香奈がようやく口を開く。
 
「あ、あの……。浅黄さんが同性愛者だというのは、本当ですか?」
「へっ!?」
 
 あまりにも予想外な話に、旭は思わず素っ頓狂な声をあげる。
 浅黄がそうだと聞いたことはないし、そういったそぶりを見せたこともない。
 だが、彼はあまり自分からプライベートを話さないので、違うと言い切れるだけの根拠もなかった。
 
「どうして、そう思うんですか?」
「友達が浅黄さんから直接聞いたと言ってました。それに実際、30代くらいの男の人と二人で夜の町を歩いているところを見たらしいんです」
 
 旭は葉月を思い浮かべたが、すぐにそれを打ち消した。葉月は見た目だけなら浅黄より遥かに年下に見える。人となりを知っていれば話は別だが、一見した限りでは少なくとも30代の男性扱いはされないはずだ。
 
「クライアントだったとか……」
「それにしては凄く仲がよさそうだったらしくて」
「……なんとも言えませんね」
 
 確かに浅黄はあまり女性に興味はなさそうで、そういった話には乗ってこない。ずいぶんとモテるのに浮いた話のひとつも聞かないのは、よく考えてみれば不自然な気もした。
 
「顔をあわせた時に訊いておきます」
「お、お願いします。私もう、気になってしまって、夜も眠れなくて……」
 
 それが興味本位でないことは表情ですぐにわかる。香奈は本気で浅黄のことが好きなのだ。むしろ旭のほうが、興味本位といえるかもしれない。自分ではそれなりに親しいつもりでいたのに、外野から聞かされた寝耳に水な話が少し悔しくもあった。
 口下手な旭には沈んでいる香奈を上手く慰めることもできず、重い空気のまま学校へとついてしまう。自分の不甲斐なさに呆れ、香奈を見送ったあとも車に入らずぼんやりと空を眺めていた。
 朝の清々しい空気はいつも通りなのに、肺に入ってくる酸素は酷く苦い。
 車にもたれかけて一人黄昏れていると、同僚の春日(かすが)が手を振りながら近づいてきた。
 
「おーい、中原、今日はこれで終わりか?」
「いや、午後から一件、依頼が入ってる」
 
 春日はそわそわと視線をさまよわせてから、旭を上目遣いで見た。
 
「なあ、あの噂、聞いた? 浅黄さんの……」
 
 香奈が話していたのだから可能性はあったが、どうやら先程の噂は広まっているらしい。
 
「俺も今聞いた。謎な人だから、そうだって言われれば全然不思議じゃないんだよな。かといって違うと言われればそうかで納得するというか」
「そうだな。浅黄さんがルールって感じするものな。じゃあ、中原も知らないのか。仲がいいから知ってるかなって」
「お前まさか、俺と浅黄さんの仲を疑ってるんじゃないだろうな」
「まさか! お前はないだろう。きちんとエロい目で女子高生を見てる」
「見てない! 人聞きが悪いこと言うな! 恋愛対象は成人したオネーサンだけだ!」
 
 20代も後半の身で女子高生にそういった感情を抱くのは、ゲイだというよりもよほど世間体が悪い気がする。……心の奥底はどうであれ、それを表面にだすのは。
 短いスカートからのぞく足にムラッとすることはあれど、それが恋愛まで至らないという男なら山ほどいるだろう。
 それからいくつか他愛ない話をし、浅黄さんのことなら何があっても驚かない、という結論で会話がしめられた。
 
 
 
 
 午後の依頼者は、自分が狙われていると思い込んでいる、自意識過剰なオタク青年。何回か依頼を受けているが、おそらくは本人の気のせいではないかというのが事務所全体の見解で、けれどむげにあしらうわけにもいかず、飯のタネでもある。こない敵に備え警戒し、一日が終わる。警察にも相手にされない依頼は、こういったものが大半だ。しかしオタク狩りにあったときなどに依頼者の安全は守られるので、少なくともまったくの無駄というわけではないだろう。
 依頼をこなし事務所に戻ってみれば浅黄の姿はなく、直帰したという話だった。
 
 旭は壁時計を見て、カジノへ行くかどうかしばし逡巡した。
 せっかくの週末だが、今日は遅刻しそうだったため、迷わず車できている。酒を飲むなら一度車を置きに戻らなくてはならない。
 カジノの中にはバーがあり、ギャンブルをしない人間も楽しめるようになっている。旭は賭けるお金がない時でも、その雰囲気を楽しみたくて足を向ける。
 お酒は好きだし、アルコール抜きの生活が続くのも味気ない。だから酒代、電車代は必ず残してある。さすがに毎日行けるまでの余裕はなく、特に今月は一週間に一度行ければいいような財布状況。
 しかしカジノよりも……葉月に会いたいという気持ちが大きいことに、旭は酷く驚いた。
 素性もさだかではなく、携帯の番号もメールアドレスも知らない相手。ただ、手の冷たさと身体の暖かさは知っている。
 頭の中でいろいろなものをはかりにかけた結果、今日はおとなしく自宅へ帰ることにした。

 もしかしたら葉月が本当にコーヒーを飲みにくるかもしれない。そう多少の期待をしながら家に帰った旭だったが、アパート前には当然誰もいない。友人からのお誘いもない。可愛い彼女には三年前にフラれている。結局一人で寂しい週末を迎えるハメになった。
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