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1st stage
この部屋のヲタク趣味は譲れない
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バイト先の郊外の大型書店に着いた時には、すでに5分の遅刻だった。
「大竹君。遅ようございます」
通用口からこっそり入ってきたぼくを目ざとくみつけた森岡支配人が、厭味ったらしく丁寧に挨拶してくる。
ねっとり絡みつく彼の視線をかわしてタイムカードを押し、ぼくは大急ぎで今日の仕事の段取りを整えた。
「君。なんだか臭いね」
近くに寄ってきた森岡支配人が、鼻をクンクン鳴らしながら言った。
しまった!
真夏のクソ暑いコミケ会場に一日中いて、アフターに居酒屋にも寄ったというのに、昨夜は風呂にも入らずに寝落ちしたんだった。
そう言えば、からだはベタベタして気持ち悪いし、頭は痒いし、シャツの脇をこっそり嗅いでみたら、鼻が曲がりそうな刺激臭がする。
「うちは接客業なんだから、身だしなみには気を配ってくれ。だいたい君は太ってて、ただでさえ汗っかきなんだから、気をつけてもらわないと困るよ」
『人の体型の事言えるのかよ』
支配人の出っ張ったおなかを一瞥しながら、心の中で舌打ちしたが、ぼくは気が気じゃなかった。
うちに残してきた少女がの事が、気になってならない。
だいいち、彼女の事はまだ、名前も住所も、なんにも知らないのだ。
そんな、訳のわからない女の子を、ひとりで部屋に置いとくなんて、、、 心配すぎる。
あの部屋はぼくがやっと手に入れた、自分だけの聖域なのだ。
親や兄弟と同居してた高校時代までは、兄と弟の三人、まとめてひとつの部屋に突っ込まれてて、自分だけの部屋なんて持てなかった。
小学生の頃からマンガを読んだり描いたりするのが趣味だったのに、おちおちそれもできない。
子供部屋で絵を描いてると兄や弟に冷やかされるし、居間では親から『そんなものばかり描いてないで勉強しなさい』と怒られたりで、いつも誰かの視線を気にしなけりゃならなくて、趣味に没頭できなかった。
そんな状況でエロい美少女マンガなんて、描けるわけも読めるわけもなく、みんなが寝静まった夜中とかに、人目を忍んでこっそり描いてたもんだ。
大学生になって、今の部屋で念願のひとり暮らしをはじめ、ぼくはようやく、心おきなくマンガの趣味に没頭できる様になった。
それだけじゃない。
徹夜でゲームしたり、美少女のフィギュアやポスターを飾ったりと、自分の萌えを解放できる空間を、やっと手に入れ、自分本来の姿を取り戻す事ができたのだ。
そんな大事な場所に、何者かもわからない様な女の子をひとりで置いておくなんて、危険で心配すぎる。
勝手に部屋の中をいじられるのもイヤだし、パソコンを開かれて、エロサイトやゲームのURLが並んでいる『お気に入り』を見られたりするのも困る。
いやいや。
それだけじゃなく、勝手に課金サイトにアクセスされたりしたら…
そう言えば、昨日のコミケの売り上げを、同人誌を入れた鞄に入れっ放しだった!
何十万もあるんだぞ!
持ち逃げとかされたら、どうすりゃいいんだ!!!
「うわぉ!」
そんな事考えながら仕事してたせいか、品出し中の本を載せたワゴンを、ぼくは若い女性客にぶつけてしまった。
「痛っ」
「す、すみません ;」
頭を下げたぼくを、まるでゴキブリでも見るかの様な目で睨みつけた彼女は、舌打ちして足早に立ち去る。
まあ、よくある反応なので、もう慣れっこになってる。
だいたい、見るからに運動神経鈍そうなポッチャリ体型で、顔だって牛乳瓶の底の様なメガネをかけたオタク丸出し風の冴えないぼくは、どちらかというと女性に嫌悪されるタイプ。
それがどういう状況で、あんな可愛い女の子と知り合って、うちに連れ込んで、その、、、 エッチする事になったんだ?
自慢じゃないけど、ぼくは年齢=彼女いない歴22年。
『草食系男子だから』とか、もっともらしい言い訳はしたくない。
ぼくだって心の底では、『可愛い彼女がほしい』って願ってるからだ。
そんな、女性に縁がないぼくを哀れんでか、20歳の誕生日祝いに、『祝! 童貞卒業~v』とか言いながら、ヨシキがぼくをソープに無理やり連れていってくれた事がある。
ただ、女の人とそういう事をしたのはそれが最初で最後。ぼくは正真正銘本物の、素人童貞なのだ。
その時以来、ぼくは風俗には行ってない。
そういうのは、女の人を性処理目的で利用するみたいでイヤだったのと、リアルの女性には慣れてなくて、上手く会話を続けられないからだ。
なんだかんだで、ぼくは女の子にドリームを持っているのかもしれない。
女の人、、、
特に素敵な若い女性に対すると、『なにか気の利いた事話さなくちゃ』というプレッシャーがかかって、やたら緊張してしまう。
それで、うまくしゃべれないでいると、『ぼくといるのが不快なんじゃないだろうか』と不安になり、さらにプレッシャーが強まってしゃべれなくなるという、負のスパイラルに陥ってしまう。
こんなんで、恋とかできるわけがない。
そんなぼくが、女の子を部屋に連れ込んだからといって、そうそうコトが上手くいくものなのか?
『無理矢理』なんて彼女は言ってたけど、よく考えたらぼくにはそんな事はできないと思うし、する度胸もないと思う。
それともぼくって、もしかして、酒が入ると人格が変わるタイプ?
とりあえずぼくは、昨夜の記憶を一生懸命辿ってみた。
つづく
「大竹君。遅ようございます」
通用口からこっそり入ってきたぼくを目ざとくみつけた森岡支配人が、厭味ったらしく丁寧に挨拶してくる。
ねっとり絡みつく彼の視線をかわしてタイムカードを押し、ぼくは大急ぎで今日の仕事の段取りを整えた。
「君。なんだか臭いね」
近くに寄ってきた森岡支配人が、鼻をクンクン鳴らしながら言った。
しまった!
真夏のクソ暑いコミケ会場に一日中いて、アフターに居酒屋にも寄ったというのに、昨夜は風呂にも入らずに寝落ちしたんだった。
そう言えば、からだはベタベタして気持ち悪いし、頭は痒いし、シャツの脇をこっそり嗅いでみたら、鼻が曲がりそうな刺激臭がする。
「うちは接客業なんだから、身だしなみには気を配ってくれ。だいたい君は太ってて、ただでさえ汗っかきなんだから、気をつけてもらわないと困るよ」
『人の体型の事言えるのかよ』
支配人の出っ張ったおなかを一瞥しながら、心の中で舌打ちしたが、ぼくは気が気じゃなかった。
うちに残してきた少女がの事が、気になってならない。
だいいち、彼女の事はまだ、名前も住所も、なんにも知らないのだ。
そんな、訳のわからない女の子を、ひとりで部屋に置いとくなんて、、、 心配すぎる。
あの部屋はぼくがやっと手に入れた、自分だけの聖域なのだ。
親や兄弟と同居してた高校時代までは、兄と弟の三人、まとめてひとつの部屋に突っ込まれてて、自分だけの部屋なんて持てなかった。
小学生の頃からマンガを読んだり描いたりするのが趣味だったのに、おちおちそれもできない。
子供部屋で絵を描いてると兄や弟に冷やかされるし、居間では親から『そんなものばかり描いてないで勉強しなさい』と怒られたりで、いつも誰かの視線を気にしなけりゃならなくて、趣味に没頭できなかった。
そんな状況でエロい美少女マンガなんて、描けるわけも読めるわけもなく、みんなが寝静まった夜中とかに、人目を忍んでこっそり描いてたもんだ。
大学生になって、今の部屋で念願のひとり暮らしをはじめ、ぼくはようやく、心おきなくマンガの趣味に没頭できる様になった。
それだけじゃない。
徹夜でゲームしたり、美少女のフィギュアやポスターを飾ったりと、自分の萌えを解放できる空間を、やっと手に入れ、自分本来の姿を取り戻す事ができたのだ。
そんな大事な場所に、何者かもわからない様な女の子をひとりで置いておくなんて、危険で心配すぎる。
勝手に部屋の中をいじられるのもイヤだし、パソコンを開かれて、エロサイトやゲームのURLが並んでいる『お気に入り』を見られたりするのも困る。
いやいや。
それだけじゃなく、勝手に課金サイトにアクセスされたりしたら…
そう言えば、昨日のコミケの売り上げを、同人誌を入れた鞄に入れっ放しだった!
何十万もあるんだぞ!
持ち逃げとかされたら、どうすりゃいいんだ!!!
「うわぉ!」
そんな事考えながら仕事してたせいか、品出し中の本を載せたワゴンを、ぼくは若い女性客にぶつけてしまった。
「痛っ」
「す、すみません ;」
頭を下げたぼくを、まるでゴキブリでも見るかの様な目で睨みつけた彼女は、舌打ちして足早に立ち去る。
まあ、よくある反応なので、もう慣れっこになってる。
だいたい、見るからに運動神経鈍そうなポッチャリ体型で、顔だって牛乳瓶の底の様なメガネをかけたオタク丸出し風の冴えないぼくは、どちらかというと女性に嫌悪されるタイプ。
それがどういう状況で、あんな可愛い女の子と知り合って、うちに連れ込んで、その、、、 エッチする事になったんだ?
自慢じゃないけど、ぼくは年齢=彼女いない歴22年。
『草食系男子だから』とか、もっともらしい言い訳はしたくない。
ぼくだって心の底では、『可愛い彼女がほしい』って願ってるからだ。
そんな、女性に縁がないぼくを哀れんでか、20歳の誕生日祝いに、『祝! 童貞卒業~v』とか言いながら、ヨシキがぼくをソープに無理やり連れていってくれた事がある。
ただ、女の人とそういう事をしたのはそれが最初で最後。ぼくは正真正銘本物の、素人童貞なのだ。
その時以来、ぼくは風俗には行ってない。
そういうのは、女の人を性処理目的で利用するみたいでイヤだったのと、リアルの女性には慣れてなくて、上手く会話を続けられないからだ。
なんだかんだで、ぼくは女の子にドリームを持っているのかもしれない。
女の人、、、
特に素敵な若い女性に対すると、『なにか気の利いた事話さなくちゃ』というプレッシャーがかかって、やたら緊張してしまう。
それで、うまくしゃべれないでいると、『ぼくといるのが不快なんじゃないだろうか』と不安になり、さらにプレッシャーが強まってしゃべれなくなるという、負のスパイラルに陥ってしまう。
こんなんで、恋とかできるわけがない。
そんなぼくが、女の子を部屋に連れ込んだからといって、そうそうコトが上手くいくものなのか?
『無理矢理』なんて彼女は言ってたけど、よく考えたらぼくにはそんな事はできないと思うし、する度胸もないと思う。
それともぼくって、もしかして、酒が入ると人格が変わるタイプ?
とりあえずぼくは、昨夜の記憶を一生懸命辿ってみた。
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