あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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level 6

「おとなの世界に足を踏み入れた気分です」

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     level 6

 すっかり日の暮れた首都高速道路を、黒い『TOYOTA bB』は行きと違ってまったりと、都心に向けて走っていた。
助手席に深く沈み込み、なにも喋らないまま、わたしは窓の外に流れる夜の明かりを眺めていた。
レインボーブリッジから見下ろす都会の夜景は、まるで地上に散らばった星屑みたいに、キラキラとまたたいている。

あの片隅に、わたしはさっきまでヨシキさんといて…
キス、したんだな。
だけど。
あれはいったい、なんだったのだろう。
わたしとヨシキさんはもう、恋人になったのだろうか?
そうだとしたら嬉しいのだけど、ただの気まぐれだとしたら…

胸の奥が掻きむしられるような、もどかしさが込み上げてくる。
となりでハンドルを握るヨシキさんも、もの憂げにクルマの向かう先を見つめたまま、言葉少なだった。
複雑な思いで、わたしはその端正な横顔を見つめていた。

「もう、帰る?」

こちらも見ずに、ふと、ヨシキさんが訊いてきた。

え?
このまま帰ってしまうの?
中途半端で淋しいような、物足りないような…

「…それとも、ご飯でも食べに行こうか?」

続けて言ってくれた言葉に、救われた気分。
黙ってうなずいたわたしを見て、ヨシキさんはクルマを、わたしの家とは違う方向に走らせた。


 『TOYOTA bB』が静かに止まったのは、都心から少しはずれたところにある、洒落たスペインレストランの駐車場。ガウディの建築みたいな滑らかな曲線の外観が、なんとも芸術的でユニーク。
レストランに着いた頃には、あたりはもうすっかり暗くなっていた。

「ここのパエリアとイベリコ豚は絶品なんだよ。オレのお気に入りの店。そう言えば美月ちゃん、今さらだけど好き嫌いとかあった?」
「大丈夫です。特にありません」
「よかった。じゃあ、入ろう」

古びた木製の床とタイルづくりの店内は、仄暗くてシックな雰囲気で、そのなかに飾られた鮮やかな色彩の抽象画っぽい風景画が、アクセントに効いている。
テーブルにはキャンドルライトが灯り、ポツポツと座っているカップルたちの談笑も、心なしか色っぽく映える。
お酒も出すらしく、所々のテーブルには、琥珀色の液体をたたえたグラスが並んでいた。

こんな素敵なレストランで食事するなんて、はじめて。
おとなの世界に足を踏み入れた気分。

向かいの席のカップルが振り返り、わたしたちの様子をチラリと眺めた。
他の人からは、わたしたちは恋人同士に見えるかな?
奥のテーブルについたヨシキさんは、手際よくオーダーをすませると、頬杖ついて口許を僅かに緩めながら、わたしを見つめている。
キャンドルの明かりがほんのりと、ヨシキさんを浮かび上がらせている。
その姿がとっても余裕があって、素敵だなと思う反面、口惜しくもある。

「ひどいです」

思わず、なじるような言葉が口をついて出た。

「いきなりキス、するなんて」
「2回目は美月ちゃんからしてきたよ。しかもかなり情熱的だったし」
「そんな…」
「ごめんごめん。冗談」

ヨシキさんの顔から笑みが消え、真剣な眼差しでわたしを見つめてつぶやいた。

「オレ。カメラマン失格かな」

つづく
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