45 / 259
level 6
「おとなの世界に足を踏み入れた気分です」
しおりを挟む
level 6
すっかり日の暮れた首都高速道路を、黒い『TOYOTA bB』は行きと違ってまったりと、都心に向けて走っていた。
助手席に深く沈み込み、なにも喋らないまま、わたしは窓の外に流れる夜の明かりを眺めていた。
レインボーブリッジから見下ろす都会の夜景は、まるで地上に散らばった星屑みたいに、キラキラとまたたいている。
あの片隅に、わたしはさっきまでヨシキさんといて…
キス、したんだな。
だけど。
あれはいったい、なんだったのだろう。
わたしとヨシキさんはもう、恋人になったのだろうか?
そうだとしたら嬉しいのだけど、ただの気まぐれだとしたら…
胸の奥が掻きむしられるような、もどかしさが込み上げてくる。
となりでハンドルを握るヨシキさんも、もの憂げにクルマの向かう先を見つめたまま、言葉少なだった。
複雑な思いで、わたしはその端正な横顔を見つめていた。
「もう、帰る?」
こちらも見ずに、ふと、ヨシキさんが訊いてきた。
え?
このまま帰ってしまうの?
中途半端で淋しいような、物足りないような…
「…それとも、ご飯でも食べに行こうか?」
続けて言ってくれた言葉に、救われた気分。
黙ってうなずいたわたしを見て、ヨシキさんはクルマを、わたしの家とは違う方向に走らせた。
『TOYOTA bB』が静かに止まったのは、都心から少しはずれたところにある、洒落たスペインレストランの駐車場。ガウディの建築みたいな滑らかな曲線の外観が、なんとも芸術的でユニーク。
レストランに着いた頃には、あたりはもうすっかり暗くなっていた。
「ここのパエリアとイベリコ豚は絶品なんだよ。オレのお気に入りの店。そう言えば美月ちゃん、今さらだけど好き嫌いとかあった?」
「大丈夫です。特にありません」
「よかった。じゃあ、入ろう」
古びた木製の床とタイルづくりの店内は、仄暗くてシックな雰囲気で、そのなかに飾られた鮮やかな色彩の抽象画っぽい風景画が、アクセントに効いている。
テーブルにはキャンドルライトが灯り、ポツポツと座っているカップルたちの談笑も、心なしか色っぽく映える。
お酒も出すらしく、所々のテーブルには、琥珀色の液体をたたえたグラスが並んでいた。
こんな素敵なレストランで食事するなんて、はじめて。
おとなの世界に足を踏み入れた気分。
向かいの席のカップルが振り返り、わたしたちの様子をチラリと眺めた。
他の人からは、わたしたちは恋人同士に見えるかな?
奥のテーブルについたヨシキさんは、手際よくオーダーをすませると、頬杖ついて口許を僅かに緩めながら、わたしを見つめている。
キャンドルの明かりがほんのりと、ヨシキさんを浮かび上がらせている。
その姿がとっても余裕があって、素敵だなと思う反面、口惜しくもある。
「ひどいです」
思わず、なじるような言葉が口をついて出た。
「いきなりキス、するなんて」
「2回目は美月ちゃんからしてきたよ。しかもかなり情熱的だったし」
「そんな…」
「ごめんごめん。冗談」
ヨシキさんの顔から笑みが消え、真剣な眼差しでわたしを見つめてつぶやいた。
「オレ。カメラマン失格かな」
つづく
すっかり日の暮れた首都高速道路を、黒い『TOYOTA bB』は行きと違ってまったりと、都心に向けて走っていた。
助手席に深く沈み込み、なにも喋らないまま、わたしは窓の外に流れる夜の明かりを眺めていた。
レインボーブリッジから見下ろす都会の夜景は、まるで地上に散らばった星屑みたいに、キラキラとまたたいている。
あの片隅に、わたしはさっきまでヨシキさんといて…
キス、したんだな。
だけど。
あれはいったい、なんだったのだろう。
わたしとヨシキさんはもう、恋人になったのだろうか?
そうだとしたら嬉しいのだけど、ただの気まぐれだとしたら…
胸の奥が掻きむしられるような、もどかしさが込み上げてくる。
となりでハンドルを握るヨシキさんも、もの憂げにクルマの向かう先を見つめたまま、言葉少なだった。
複雑な思いで、わたしはその端正な横顔を見つめていた。
「もう、帰る?」
こちらも見ずに、ふと、ヨシキさんが訊いてきた。
え?
このまま帰ってしまうの?
中途半端で淋しいような、物足りないような…
「…それとも、ご飯でも食べに行こうか?」
続けて言ってくれた言葉に、救われた気分。
黙ってうなずいたわたしを見て、ヨシキさんはクルマを、わたしの家とは違う方向に走らせた。
『TOYOTA bB』が静かに止まったのは、都心から少しはずれたところにある、洒落たスペインレストランの駐車場。ガウディの建築みたいな滑らかな曲線の外観が、なんとも芸術的でユニーク。
レストランに着いた頃には、あたりはもうすっかり暗くなっていた。
「ここのパエリアとイベリコ豚は絶品なんだよ。オレのお気に入りの店。そう言えば美月ちゃん、今さらだけど好き嫌いとかあった?」
「大丈夫です。特にありません」
「よかった。じゃあ、入ろう」
古びた木製の床とタイルづくりの店内は、仄暗くてシックな雰囲気で、そのなかに飾られた鮮やかな色彩の抽象画っぽい風景画が、アクセントに効いている。
テーブルにはキャンドルライトが灯り、ポツポツと座っているカップルたちの談笑も、心なしか色っぽく映える。
お酒も出すらしく、所々のテーブルには、琥珀色の液体をたたえたグラスが並んでいた。
こんな素敵なレストランで食事するなんて、はじめて。
おとなの世界に足を踏み入れた気分。
向かいの席のカップルが振り返り、わたしたちの様子をチラリと眺めた。
他の人からは、わたしたちは恋人同士に見えるかな?
奥のテーブルについたヨシキさんは、手際よくオーダーをすませると、頬杖ついて口許を僅かに緩めながら、わたしを見つめている。
キャンドルの明かりがほんのりと、ヨシキさんを浮かび上がらせている。
その姿がとっても余裕があって、素敵だなと思う反面、口惜しくもある。
「ひどいです」
思わず、なじるような言葉が口をついて出た。
「いきなりキス、するなんて」
「2回目は美月ちゃんからしてきたよ。しかもかなり情熱的だったし」
「そんな…」
「ごめんごめん。冗談」
ヨシキさんの顔から笑みが消え、真剣な眼差しでわたしを見つめてつぶやいた。
「オレ。カメラマン失格かな」
つづく
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる