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6.懐かしい夢と朝の風景
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と、私は寒くて目を覚ました。体にかけてあるブランケットを上へと引っ張り、少しでも暖を取ろうとする。随分と懐かしい夢を見たものだ。私が13のころの夢。あれから時は過ぎ、私は18になった。魔術師学校は6年制だから私は今最高学年で、凛太郎様はもう卒業されて若旦那として店を切り盛りしている。”坊ちゃま”呼びをやめてくれと言ったのも遥か遠い昔だ。今、凛太郎様はベッドでお眠りになられている。そのベッドがある部屋の、ソファに横になっているのが私。私が18になった時から二人の寝室は同じになった。それは、婚約者だから。
「婚約者、ね……」
いけない、つい口に出してしまった。これで起こしたらまた何を言われるかわかったものではない。私と凛太郎様が婚約したのは私が15の時。大旦那様に言われてそうなった。大旦那様はどうやら私の魔術の才能を多く見積もりすぎているようだ。なんとしても我が家に入ってもらうと言い出したのが凛太郎様が若旦那となった時、それを養子ではなく嫁としたのが私が15の誕生日を迎えたころだ。私は大旦那さまには大きな御恩があるので養子に、と言われたときは承諾したし、嫁に、と言われたときも凛太郎様がお嫌でなければ、と言った。しかし、凛太郎様はどうも”お嫌”だったようで、一時期親子仲は随分と荒れたものだ。それでもなんとか大旦那様が凛太郎様を説得し、今の私の立場がある。まあ、婚約者とは名ばかりのただの奉公人と主人の関係だ。凛太郎様は分かりやすく私を嫌っていて、でも大旦那様にはそれを隠していい顔を見せておきたいらしい。寝室は一緒になったし、大旦那様の前では私を婚約者として扱うし、優しい。なのに、寝室では私をソファに寝かせておいて自分は柔らかなベッドで高いびきだし、大旦那様に隠れての女遊びは激しいし、大旦那様の前以外では碌に口もきいてくれない。どうせ結婚もしないか、形だけして私はずっと体のいい使用人扱いか、そのどちらかだろう。記憶の中の幼かった凛太郎様はよく私の名を呼んで、よく笑いかけて、つまりは私のことを悪くは思っていなかったのだ。多分だけど。そこまで考えたところで私は諦めて目を閉じ、意識を無限へと飛ばした。
「今日もおりんの作ったご飯は美味しいねえ、凛太郎?」
「そうですね、父上。おりん、いつもありがとう、美味しいよ」
「ありがとうございます」
私は凛太郎様より早くに目を覚まし、朝食の仕込みを始める。佐治屋の奥方になる将来は決まっているのだし、こんな下働きのようなことなどしなくてもいいのだが大旦那様は私の作る料理を気に入ってくださっている。それに私自身、生まれ育ちが貧民なせいか働くのが性にあっている。何より、料理のメニューを決めるのはおかって場の主なのだからせっかくなら私が食べたいものを私が作る。ここ、佐治屋にはお金があるので調味料はふんだんにあるし、野菜も肉も魚も新鮮なものがいつだって用意されている。贅沢な朝餉だ。朝食の支度を終えると大旦那さまと凛太郎様が起きてきて、3人で食卓を囲んでいただきます、になる。養子となることが決まった当初、私は旦那さまとお坊ちゃまと食卓を囲むだなんて恐れ多くてなかなか慣れないものだったが、今はもはや日常の一つだ。この時間は大旦那様がいるから凛太郎様は優しいし、大旦那様は私を甘やかしてくださるし、美味しいご飯もあって幸せを感じられる。3人でごちそうさまと声を合わせると、大旦那様と凛太郎様は店の方へ出て、仕事を始められる。私は後片付けをメイド長に頼んで学校の支度だ。
「いってらっしゃいませ」
「お送りいたします」
たくさんの奉公人たちの声、ついでに大旦那様の声も、に囲まれて店を出る。凛太郎様は大抵奥のお客様用の小部屋にいらっしゃるため、ここにいることはまずない。朝日はやっぱり眩しくて、でも活気のある通りへ出ると元気が出る。私は贅沢にも人力車に乗って学校へ向かった。
「婚約者、ね……」
いけない、つい口に出してしまった。これで起こしたらまた何を言われるかわかったものではない。私と凛太郎様が婚約したのは私が15の時。大旦那様に言われてそうなった。大旦那様はどうやら私の魔術の才能を多く見積もりすぎているようだ。なんとしても我が家に入ってもらうと言い出したのが凛太郎様が若旦那となった時、それを養子ではなく嫁としたのが私が15の誕生日を迎えたころだ。私は大旦那さまには大きな御恩があるので養子に、と言われたときは承諾したし、嫁に、と言われたときも凛太郎様がお嫌でなければ、と言った。しかし、凛太郎様はどうも”お嫌”だったようで、一時期親子仲は随分と荒れたものだ。それでもなんとか大旦那様が凛太郎様を説得し、今の私の立場がある。まあ、婚約者とは名ばかりのただの奉公人と主人の関係だ。凛太郎様は分かりやすく私を嫌っていて、でも大旦那様にはそれを隠していい顔を見せておきたいらしい。寝室は一緒になったし、大旦那様の前では私を婚約者として扱うし、優しい。なのに、寝室では私をソファに寝かせておいて自分は柔らかなベッドで高いびきだし、大旦那様に隠れての女遊びは激しいし、大旦那様の前以外では碌に口もきいてくれない。どうせ結婚もしないか、形だけして私はずっと体のいい使用人扱いか、そのどちらかだろう。記憶の中の幼かった凛太郎様はよく私の名を呼んで、よく笑いかけて、つまりは私のことを悪くは思っていなかったのだ。多分だけど。そこまで考えたところで私は諦めて目を閉じ、意識を無限へと飛ばした。
「今日もおりんの作ったご飯は美味しいねえ、凛太郎?」
「そうですね、父上。おりん、いつもありがとう、美味しいよ」
「ありがとうございます」
私は凛太郎様より早くに目を覚まし、朝食の仕込みを始める。佐治屋の奥方になる将来は決まっているのだし、こんな下働きのようなことなどしなくてもいいのだが大旦那様は私の作る料理を気に入ってくださっている。それに私自身、生まれ育ちが貧民なせいか働くのが性にあっている。何より、料理のメニューを決めるのはおかって場の主なのだからせっかくなら私が食べたいものを私が作る。ここ、佐治屋にはお金があるので調味料はふんだんにあるし、野菜も肉も魚も新鮮なものがいつだって用意されている。贅沢な朝餉だ。朝食の支度を終えると大旦那さまと凛太郎様が起きてきて、3人で食卓を囲んでいただきます、になる。養子となることが決まった当初、私は旦那さまとお坊ちゃまと食卓を囲むだなんて恐れ多くてなかなか慣れないものだったが、今はもはや日常の一つだ。この時間は大旦那様がいるから凛太郎様は優しいし、大旦那様は私を甘やかしてくださるし、美味しいご飯もあって幸せを感じられる。3人でごちそうさまと声を合わせると、大旦那様と凛太郎様は店の方へ出て、仕事を始められる。私は後片付けをメイド長に頼んで学校の支度だ。
「いってらっしゃいませ」
「お送りいたします」
たくさんの奉公人たちの声、ついでに大旦那様の声も、に囲まれて店を出る。凛太郎様は大抵奥のお客様用の小部屋にいらっしゃるため、ここにいることはまずない。朝日はやっぱり眩しくて、でも活気のある通りへ出ると元気が出る。私は贅沢にも人力車に乗って学校へ向かった。
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