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5.坊ちゃま
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私はなんてところに奉公に来てしまったのだろう。こんな大きい店で働けるなんて。私たちが店に入ろうとすると店の奥から青年が一人出てきておかえりなさいませ、旦那様と、佐治様に声をかけた。ただいまと返す佐治様。私は初めましてと挨拶をした。
「初めまして! 今日からここで働かせていただくことになったりんです! よろしくお願いします!」
「新しく奉公に来たんだね、よろしく、俺は佐治屋の番頭を務めている」
番頭にしては随分と若い青年だ。佐治様は彼に私に店の中を案内するよう言った後、また後でと言葉を残し店の奥へと消えてしまった。
「じゃあ、早速案内しようか。それと、佐治様のことは旦那様と呼ぶように。ここには佐治様はお二人いらっしゃるからね。」
「わかりました!」
最初に教えてもらったのは通りに面している売り場。ハンケチやドレス、また宝石等を展示してある。どれもすごく高価な外国の品だそうだ。レースのハンケチには繊細な刺繍が施されており、それぞれ薔薇や百合など花が描いてある。ドレスも様々な形、色があってそれぞれに着ていく場面が違うのだと番頭さんが教えてくれた。宝石はるびい、あくあまりんにぺりどっと。聞いたこともない名前。どれも私の胸を躍らせる。奥に入ると、お客様と商談をする用の個室や、値札のついた地球儀やお人形が飾られた硝子でできた箱。箱はケースというらしい。地球儀はいぎりすから、お人形はふらんすから船で来たと言う。そこで旦那様が姿を現し私を呼んだ。番台さんにお礼を言って、旦那様に連れられて店の奥から繋がっているお屋敷に入った。きらめくしゃんでりあ。見たこともない模様の壁紙。吹き抜けの階段の手すりは精巧に彫りが入っている。幾つかの部屋を通り過ぎ、ある扉を通り抜けてこの部屋で少し待っていなさいと言われた。なんでも旦那様にはご子息がいらっしゃるらしい。そのご子息を連れてくるから待っているようにとのことだ。部屋の中には船の模型や蝋燭立て、立派な暖炉にテーブル。それと椅子。さあ問題がある。私は椅子にどうやって座ればいいのかわからない。椅子は座るものということは知っている。とりあえず失礼のないようにと椅子の上で正座をしたところで扉が開いた。
「っふ、あははははは!」
「な、なんですか?」
扉が開いたのは私より少し年上に見える少年だった。その後ろに旦那様。どうやら笑い声を発したのはその少年のようだ。
「君がおりんかい?」
「は、はい!」
「面白いな、椅子の上に正座なんて」
「何かおかしかったですか?」
失敗したみたいだ。ああもう!
「こら、そんなことを言うんじゃない、知らないものは仕方がないだろう」
「でも父上……」
旦那様を父上と呼んだということは……この方がお坊ちゃま! 慌てて椅子から降り、声を張り上げる。
「初めまして! りんといいます! これからよろしくお願いします!」
「ああ、父から話は聞いているよ。僕は凛太郎だ。なんでも魔術師学校に行くそうだね? ということは君は僕の後輩になるわけだ、うん。よろしく」
坊ちゃまも魔術師学校に通っているんだ! 確か旦那様も魔術師学校を出ていたはずだし……ここは魔術師一家なのか?
「おりん、君にはひとまず奉公の仕事ではなくて学校の方に集中してほしい。それ以外の時間は凛太郎と遊んでやってくれ。凛太郎は今年15になる。しばらくしてここでの暮らしに慣れてから仕事は覚えてくれればいい。いいかい?」
「はい! わかりました!」
でもその間のお給金は……と思った瞬間に旦那様が大丈夫、と言ってくださった。
「給金はきちんと出すから心配しないように」
「ありがとうございます!」
とてもありがたい。嘘みたいだ。これで三つ子たちに新しい服を縫うための布も買ってやれるだろう。
「遊び相手になってくれるんだな、楽しみにしている。それと、僕は君の先輩なんだから学校の勉強でわからないことがあったら聞いてくれればいい」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
坊ちゃまもいいお方のようで私はほっと安心して、これからの暮らしが楽しみになった。
「初めまして! 今日からここで働かせていただくことになったりんです! よろしくお願いします!」
「新しく奉公に来たんだね、よろしく、俺は佐治屋の番頭を務めている」
番頭にしては随分と若い青年だ。佐治様は彼に私に店の中を案内するよう言った後、また後でと言葉を残し店の奥へと消えてしまった。
「じゃあ、早速案内しようか。それと、佐治様のことは旦那様と呼ぶように。ここには佐治様はお二人いらっしゃるからね。」
「わかりました!」
最初に教えてもらったのは通りに面している売り場。ハンケチやドレス、また宝石等を展示してある。どれもすごく高価な外国の品だそうだ。レースのハンケチには繊細な刺繍が施されており、それぞれ薔薇や百合など花が描いてある。ドレスも様々な形、色があってそれぞれに着ていく場面が違うのだと番頭さんが教えてくれた。宝石はるびい、あくあまりんにぺりどっと。聞いたこともない名前。どれも私の胸を躍らせる。奥に入ると、お客様と商談をする用の個室や、値札のついた地球儀やお人形が飾られた硝子でできた箱。箱はケースというらしい。地球儀はいぎりすから、お人形はふらんすから船で来たと言う。そこで旦那様が姿を現し私を呼んだ。番台さんにお礼を言って、旦那様に連れられて店の奥から繋がっているお屋敷に入った。きらめくしゃんでりあ。見たこともない模様の壁紙。吹き抜けの階段の手すりは精巧に彫りが入っている。幾つかの部屋を通り過ぎ、ある扉を通り抜けてこの部屋で少し待っていなさいと言われた。なんでも旦那様にはご子息がいらっしゃるらしい。そのご子息を連れてくるから待っているようにとのことだ。部屋の中には船の模型や蝋燭立て、立派な暖炉にテーブル。それと椅子。さあ問題がある。私は椅子にどうやって座ればいいのかわからない。椅子は座るものということは知っている。とりあえず失礼のないようにと椅子の上で正座をしたところで扉が開いた。
「っふ、あははははは!」
「な、なんですか?」
扉が開いたのは私より少し年上に見える少年だった。その後ろに旦那様。どうやら笑い声を発したのはその少年のようだ。
「君がおりんかい?」
「は、はい!」
「面白いな、椅子の上に正座なんて」
「何かおかしかったですか?」
失敗したみたいだ。ああもう!
「こら、そんなことを言うんじゃない、知らないものは仕方がないだろう」
「でも父上……」
旦那様を父上と呼んだということは……この方がお坊ちゃま! 慌てて椅子から降り、声を張り上げる。
「初めまして! りんといいます! これからよろしくお願いします!」
「ああ、父から話は聞いているよ。僕は凛太郎だ。なんでも魔術師学校に行くそうだね? ということは君は僕の後輩になるわけだ、うん。よろしく」
坊ちゃまも魔術師学校に通っているんだ! 確か旦那様も魔術師学校を出ていたはずだし……ここは魔術師一家なのか?
「おりん、君にはひとまず奉公の仕事ではなくて学校の方に集中してほしい。それ以外の時間は凛太郎と遊んでやってくれ。凛太郎は今年15になる。しばらくしてここでの暮らしに慣れてから仕事は覚えてくれればいい。いいかい?」
「はい! わかりました!」
でもその間のお給金は……と思った瞬間に旦那様が大丈夫、と言ってくださった。
「給金はきちんと出すから心配しないように」
「ありがとうございます!」
とてもありがたい。嘘みたいだ。これで三つ子たちに新しい服を縫うための布も買ってやれるだろう。
「遊び相手になってくれるんだな、楽しみにしている。それと、僕は君の先輩なんだから学校の勉強でわからないことがあったら聞いてくれればいい」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
坊ちゃまもいいお方のようで私はほっと安心して、これからの暮らしが楽しみになった。
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