誤解で始まった婚約破棄が、本当の恋に変わるまで

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朝日が差し込む宮廷の小食堂で、私は婚約者のロザリンド・アルテア・フィオレンティーノ嬢と向かい合って座っていた。
銀の食器がかすかに触れ合う音だけが、静寂を破っている。
「今朝は良い天気ですね、エドウィン様」
ロザリンドが上品な声で話しかけてきた。栗色の髪が朝の光を受けて輝いている。整った顔立ち、完璧な所作。公爵令嬢として非の打ち所がない女性だ。
「ええ、午後の騎士団訓練には最適でしょう」
私は淡々と答えた。
またしても天気の話題だ。婚約してから半年、交わす会話はいつもこうだった。天気、公務の予定、社交界の噂話。それ以上でも、それ以下でもない。
ロザリンドは紅茶のカップを持ち上げ、優雅に一口飲んだ。その動作すら計算されているかのように完璧だ。
美しい人だと思う。聡明で、気品があり、未来の王妃にふさわしい。だが、それだけだ。
婚約は両家の政略によるものだった。私は第一王子として、彼女は名門公爵家の令嬢として、国のために結ばれた。恋愛感情など、そこに介在する余地はない。
彼女もそれを理解しているはずだ。だから互いに礼儀正しく、適切な距離を保っている。
「本日の午後は刺繍のサロンに参加する予定です」
「そうですか。有意義な時間をお過ごしください」
私たちの会話は、いつもこんな調子だった。
朝食を終え、ロザリンドが優雅に一礼する。
「それでは、失礼いたします」
「ええ、また夕食で」
彼女が部屋を出ていく。扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
一人残された食堂で、私は小さくため息をついた。
王子として、婚約者として、完璧に振る舞わなければならない。それが私の役割だ。たとえ、心のどこかで窮屈さを感じていても。

***

午後になり、私は執務室に戻った。
机の上には山積みの書類。領地からの報告書、貴族からの陳情書、外交文書。王子の仕事は終わりがない。
だが今日は、別の用事があった。
引き出しから便箋を取り出し、羽ペンを手に取る。
宛名は「セリア・ノーラン様」。ロザリンドの専属侍女だ。
彼女はいつもロザリンドに付き添い、献身的に仕えている。朝食の席でも、夕食の席でも、必ず控えめに控えている姿を見かける。
先日、廊下でロザリンドと話しているセリアを見かけた。ロザリンドが何か悩んでいるようで、セリアが優しく励ましていた。
私は婚約者として何もしてあげられていない。
せめて、彼女を支えてくれる侍女には感謝を伝えるべきだと思った。

『セリア嬢

日頃よりロザリンド嬢を献身的に支えてくださり、心より感謝する。
婚約者として至らぬ私に代わり、彼女の傍らで笑顔を守ってくださる貴女の存在は、何よりも心強いものです。
これからも、どうかロザリンドをよろしく頼む。

エドウィン・フェリクス・ヴァレンティア』

短い手紙だが、心を込めて書いた。
封をして、廊下の配達箱に入れる。明日の朝には届くだろう。



一方、その頃――。
ロザリンドは自室で便箋に向かっていた。
宛名は「オズワルド・グレイ・マクスウェル様」。

エドウィン王子の親友で、近衛騎士団の副団長を務める青年だ。
社交的で話しやすく、堅苦しくない人柄。
ロザリンドは何度か宮廷の集まりで言葉を交わしたことがあった。
エドウィン様とは違って、オズワルド様は気さくに話してくれる。だからこそ、相談できると思った。

『オズワルド様

突然のお手紙、失礼いたします。
実は、エドウィン様との接し方について、ご相談したいことがあります。
婚約者として半年が経ちましたが、未だに距離を感じてしまい、どう接すれば良いのか分かりません。
親友である貴方様から見て、エドウィン様はどのような方なのでしょうか。
お時間のある時で構いませんので、お話を伺えれば幸いです。

ロザリンド・アルテア・フィオレンティーノ』

読み返して、少し頬が赤くなる。
こんな相談、婚約者に直接すべきなのだろう。でも、エドウィン様は完璧すぎて、本音を言えない。
オズワルド様なら、何かアドバイスをくれるかもしれない。
封をして、侍女のセリアに渡す。

「これを配達箱に入れてきてくれる?」
「かしこまりました、ロザリンド様」

セリアが手紙を受け取り、部屋を出ていった。
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