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リハーサルの後、私は一人で庭園を歩いていた。
月明かりが噴水を照らし、静かな夜だった。
「エドウィン様」
背後から声がかかった。
振り返ると、ロザリンドが立っていた。
「眠れませんか?」
「ええ......貴女も?」
「はい」
彼女が隣に並ぶ。
二人で噴水の縁に座った。
沈黙が続く。
だが、不思議と居心地が悪くなかった。
「ロザリンド、聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「どうして、こんなに協力的なんですか? 貴女が悪役を演じる必要はないのに」
ロザリンドは少し考えてから、答えた。
「本当のことを言うと......令嬢生活が、窮屈だったんです」
「窮屈?」
「はい。いつも完璧でいなければならない。笑顔を絶やさず、優雅に振る舞い、誰にも本音を言えない。そんな毎日に、疲れていました」
彼女の声が、少し震えていた。
「婚約破棄をすれば、その役割から解放される。だから......むしろ、好都合だったんです」
私は彼女の横顔を見つめた。
月の光が、彼女の涙を照らしていた。
「私も、同じです」
私は自分の本音を口にした。
「王子として、いつも完璧でいなければならない。失敗は許されない。弱音も吐けない。そんな役割に、縛られていました」
「エドウィン様も......」
「だから、貴女と話していると、不思議と楽なんです。演技の練習をしているはずなのに、初めて本当の自分を出せる気がする」
ロザリンドが、私を見つめた。
「もし......婚約がなかったら、私たちは友達になれたかもしれませんね」
彼女の言葉が、胸に刺さった。
友達。
それは、きっと本心だろう。
でも、私は気づき始めていた。
彼女に対する感情が、友情以上のものになっていることに。
だが、それを言うことはできなかった。
彼女は自由を求めている。私が想いを告げれば、また彼女を縛ることになる。
「......そうですね。友達に、なれたかもしれません」
私はそう答えるしかなかった。
***
舞踏会の一週間前。
最後のリハーサルが行われた。
オズワルドが、台本を見ながら提案した。
「なあ、エドウィン。決別のシーンに、キスを入れたらどうだ?」
「キス?」
私は驚いた。
「悪役令嬢との決別のキス。『これが最後だ』という演出だ。貴族社会はドラマチックな展開を好むだろう?」
「でも、それは......」
私が躊躇していると、ロザリンドが口を開いた。
「リアリティのためには、必要かもしれません」
「ロザリンド......」
「演技ですから。問題ありません」
彼女は冷静に言った。
だが、その目は少し揺れていた。
「では......リハーサルをしましょうか」
私たちは向かい合って立った。
台本では、冷たい言葉を交わした後、エドウィンが最後にキスをする。
「貴女のような方とは、もはや共に歩めません」
私が台詞を言う。
「そうですか。では、さようなら」
ロザリンドが答える。
そして、私はゆっくりと彼女に近づいた。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
彼女の瞳が、近くに見えた。
唇が、触れた。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で、世界が止まった。
柔らかくて、温かくて、甘い。
電流が走ったような感覚。
私たちは同時に離れた。
顔が、熱い。
「こ、これで......大丈夫でしょうか」
ロザリンドの声が、震えていた。
「ええ、まあ......」
私も冷静を装うが、心臓は爆発しそうだった。
オズワルドとセリアが、微笑ましそうに見ている。
その夜、私は眠れなかった。
唇に残る感触が、消えてくれない。
演技のはずなのに。
なのに、どうしてこんなに動揺しているんだ。
月明かりが噴水を照らし、静かな夜だった。
「エドウィン様」
背後から声がかかった。
振り返ると、ロザリンドが立っていた。
「眠れませんか?」
「ええ......貴女も?」
「はい」
彼女が隣に並ぶ。
二人で噴水の縁に座った。
沈黙が続く。
だが、不思議と居心地が悪くなかった。
「ロザリンド、聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「どうして、こんなに協力的なんですか? 貴女が悪役を演じる必要はないのに」
ロザリンドは少し考えてから、答えた。
「本当のことを言うと......令嬢生活が、窮屈だったんです」
「窮屈?」
「はい。いつも完璧でいなければならない。笑顔を絶やさず、優雅に振る舞い、誰にも本音を言えない。そんな毎日に、疲れていました」
彼女の声が、少し震えていた。
「婚約破棄をすれば、その役割から解放される。だから......むしろ、好都合だったんです」
私は彼女の横顔を見つめた。
月の光が、彼女の涙を照らしていた。
「私も、同じです」
私は自分の本音を口にした。
「王子として、いつも完璧でいなければならない。失敗は許されない。弱音も吐けない。そんな役割に、縛られていました」
「エドウィン様も......」
「だから、貴女と話していると、不思議と楽なんです。演技の練習をしているはずなのに、初めて本当の自分を出せる気がする」
ロザリンドが、私を見つめた。
「もし......婚約がなかったら、私たちは友達になれたかもしれませんね」
彼女の言葉が、胸に刺さった。
友達。
それは、きっと本心だろう。
でも、私は気づき始めていた。
彼女に対する感情が、友情以上のものになっていることに。
だが、それを言うことはできなかった。
彼女は自由を求めている。私が想いを告げれば、また彼女を縛ることになる。
「......そうですね。友達に、なれたかもしれません」
私はそう答えるしかなかった。
***
舞踏会の一週間前。
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オズワルドが、台本を見ながら提案した。
「なあ、エドウィン。決別のシーンに、キスを入れたらどうだ?」
「キス?」
私は驚いた。
「悪役令嬢との決別のキス。『これが最後だ』という演出だ。貴族社会はドラマチックな展開を好むだろう?」
「でも、それは......」
私が躊躇していると、ロザリンドが口を開いた。
「リアリティのためには、必要かもしれません」
「ロザリンド......」
「演技ですから。問題ありません」
彼女は冷静に言った。
だが、その目は少し揺れていた。
「では......リハーサルをしましょうか」
私たちは向かい合って立った。
台本では、冷たい言葉を交わした後、エドウィンが最後にキスをする。
「貴女のような方とは、もはや共に歩めません」
私が台詞を言う。
「そうですか。では、さようなら」
ロザリンドが答える。
そして、私はゆっくりと彼女に近づいた。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
彼女の瞳が、近くに見えた。
唇が、触れた。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で、世界が止まった。
柔らかくて、温かくて、甘い。
電流が走ったような感覚。
私たちは同時に離れた。
顔が、熱い。
「こ、これで......大丈夫でしょうか」
ロザリンドの声が、震えていた。
「ええ、まあ......」
私も冷静を装うが、心臓は爆発しそうだった。
オズワルドとセリアが、微笑ましそうに見ている。
その夜、私は眠れなかった。
唇に残る感触が、消えてくれない。
演技のはずなのに。
なのに、どうしてこんなに動揺しているんだ。
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