300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第九話

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アクセルは私を見た。その深い蒼の瞳が、まっすぐに私を捉える。
「その時、お前に会いに行ってもいいか」
心臓が、大きく跳ねた。予期しない言葉に、思わず息を呑む。中庭に吹く風が、私の頬を優しく撫でていった。
「......はい。ぜひ」
返事をした自分の声が、少し震えていることに気づく。
「なら、決まりだ」
男は満足そうに頷いた。口元にかすかな笑みを浮かべている。普段は厳格な北方の辺境伯が見せる、珍しく柔らかな表情だった。
そして、ふと思い出したように付け加えた。
「それまでに、もっと美味い茶を淹れられるようになっておけ。お前の母親は、茶を淹れる名人だった」
母の話題に、胸が温かくなる。と同時に、最後の一言の意味が理解できず、私は首を傾げた。
「え? 私、そんなに下手ですか?」
記憶を辿る。確かに、茶を淹れた覚えはあったが——
「三日前、差し入れで飲んだ茶は酷かった」
アクセルはきっぱりと断言した。その真顔が、あまりにも真剣で、私は思わず言い返していた。
「あれはオリバーが淹れたものです!」
「......そうか」
アクセルは少しだけバツが悪そうにした。頬を掻き、視線を逸らす。その表情があまりにも人間らしく、可愛らしくて、私は笑ってしまった。堪えきれずに、くすくすと笑いが溢れる。
オリバーも一緒になって笑い出す。彼の肩が小刻みに揺れていた。
「閣下、私の茶の腕を侮辱されましたな」
「悪かった」
素直に謝罪するアクセルの姿に、また笑いが込み上げる。
「ふふふ、冗談ですよ。次にお越しの際は、最高の茶葉をご用意いたしましょう」
オリバーは愉快そうに目を細めた。
三人で笑いながら、私たちは王宮の中庭を歩いた。午後の陽光が、白い石畳の上に木漏れ日の影を落としている。噴水の水音が心地よく、庭園に咲く薔薇の香りが風に乗って漂ってきた。
事件は終わった。
長く暗い悪夢のような日々に、ようやく終止符が打たれたのだ。
私は無実を証明し、悪人たちは相応の報いを受けた。
そして、新しい未来が始まろうとしている。
アクセルと、またいつか会える未来が。
空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。その澄み切った青は、まるで全てを洗い流してくれるかのように眩しく、希望に満ちていた。




裁判から三日後。
王宮の医務室で、フィリシア・ド・ラトゥール様は目を覚まされた。
呪詛人形が破壊された瞬間、彼女の容態は劇的に回復したのだ。医師団も驚くほどの回復力だったという。
「エリーズ様」
白いレースのカーテンが揺れる窓辺のベッドに腰かけたフィリシア様は、金色の髪を揺らして微笑んだ。その笑顔には、以前の輝きが戻っている。陶磁器のように白い肌にも血色が戻り、まるで病など患っていなかったかのようだった。
「あなたが無実だと信じていました。あのような酷い目に遭わせてしまって、本当に申し訳ございません」
その言葉に込められた真摯な想いに、胸が熱くなる。
「いいえ、フィリシア様。お体が回復されて、本当によかったです」
私は深々と頭を下げた。この方が無事でいてくださる——それだけで、私は十分だった。
フィリシア様は王太子の婚約者として、いつも優雅で気品に満ちた方だった。私のような平凡な書庫職員にも、分け隔てなく接してくださる。彼女の温かな人柄は、宮廷でも評判だった。
「それにしても、オデット様があのような方だったとは......」
フィリシア様は悲しそうに目を伏せた。長い睫毛が影を落とす。
「嫉妬とは、恐ろしいものですね」
その言葉に、私も深く頷いた。
「はい......」
姉のことを思うと、今でも胸が痛んだ。
憎むべき相手のはずなのに、哀れでもあった。嫉妬に狂い、全てを失った姉。あの法廷での絶叫が、まだ耳に残っている。
「エリーズ様」
フィリシア様は私の手を取った。その手は温かく、優しい力で包み込んでくれる。
「あなたには感謝してもしきれません。もし何か望みがあれば、遠慮なく仰ってください」
「お気持ちだけで十分です」
本心からそう答えた。フィリシア様の無事こそが、何よりの報酬だった。
「そうですか......では、せめて」
フィリシア様は侍女に目配せした。
控えていた侍女が、恭しく美しい刺繍の施された小箱を持ってくる。繊細な銀細工が施された、宝石箱のような小箱だった。
「これを受け取ってください。私からの、感謝の印です」
箱を開けると、中には青い宝石のペンダントが入っていた。サファイアだろうか。月光のような輝きを放ち、深い蒼が神秘的な光を湛えている。白い絹の上で、宝石が静かに煌めいていた。
「こんな高価なものを......」
思わず息を呑む。明らかに、私のような身分の者が受け取れる品ではない。
「どうか。これは魔除けの効果がある宝石です。あなたを守ってくれるはずです」
フィリシア様の優しい眼差しが、私を見つめていた。その瞳には、本当に私の身を案じてくださる温かさが宿っている。
その真摯な想いを無碍にすることはできず、私は頷いた。
「......ありがとうございます。大切にします」
医務室を出ると、廊下でオリバーが待っていた。大理石の柱に寄りかかり、腕を組んでいた彼は、私の姿を認めると真顔で近づいてきた。
「エリーズ様、お話があります」
いつもの飄々とした態度とは違う、改まった口調だった。
「何でしょうか」
「書庫長がお呼びです。すぐにお越しください」
書庫長。王立魔導書庫の最高責任者、エドゥアール・ド・ロレーヌ卿だ。
私の直属の上司であり、王国でも指折りの魔導学者。厳格で知られる方だ。
私は緊張しながら、オリバーに案内されて書庫長の執務室へと向かった。長い廊下を歩く足音だけが、静かに響いている。
一体、何の用件だろうか。
胸の鼓動が、少しずつ早くなっていくのを感じた。
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