300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第八話

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オデットの視線の先――傍聴席の最前列。
そこには、蒼白な顔をした父、モンフォール卿が座っていた。かつては威厳に満ちていた顔は、今は疲労と失望に歪んでいる。深い皺が刻まれ、一晩で十歳も老けたように見えた。
父は重々しく立ち上がった。
周囲の貴族たちが、道を開ける。
ゆっくりと、一歩ずつ、オデットに近づいていく。
オデットは父を見上げた。縋るような目で、最後の希望を求めるように。
「お父様......お父様......」
掠れた声。震える手を伸ばす。
父は、その手を取らなかった。ただ静かに、オデットを見下ろした。
その目には、深い失望が浮かんでいた。
愛情ではない。怒りでもない。ただ、深く、深い失望だけが、そこにあった。
「......オデット」
父の声は低く、静かだった。
しかし、その静けさが、かえって重みを持っていた。
「お前は、もう私の娘ではない」
その宣告は、死刑判決よりも重く、オデットの心を貫いた。
「お父様......!」
オデットが叫んだ。
「お願い......お願いよ......私は......私は......!」
だが、父は首を横に振った。
「モンフォール家の名を汚した。実の妹を陥れ、王太子妃候補を呪い、公文書を偽造した」
父の声には、もはや感情がなかった。
「これ以上、お前を庇うことはできぬ。家名を守るため、お前との縁を切る」
父はそう言うと、きびすを返した。
外套が翻る。背を向けて、法廷の出口へと歩き出す。
「お父様! 待って! お願い、振り向いて!」
オデットが必死に叫ぶ。
しかし、父は一度も振り返らなかった。
真っ直ぐに、出口へ。
扉が開き、父の姿が消えていき、扉が閉まった。
重い音が、法廷に響きわたる。
オデットは崩れ落ち、床に両手をつき、体を丸めて、嗚咽を漏らす。
全てを失った。
地位も、名誉も、家族も。
かつて持っていた全てが、指の間から砂のようにこぼれ落ちていった。
何も残らなかった。
ただ、死刑という運命だけが、彼女を待っている。
「連行しろ」
裁判長の命令が下された。
騎士たちが、オデットとジャンに近づいた。二人の腕を掴み、引き立てていく。
「いやだ......いやだ......」
オデットは虚ろな目で呟き続けている。
焦点の定まらない目。ぼんやりと開いた口。
もはや現実を認識できていないかのようだった。
「こんなはずじゃ......私は......完璧だったのに......」
同じ言葉を、何度も何度も繰り返す。
壊れた人形のように。
一方のジャンは完全に気を失っていた。騎士に両脇を抱えられて、引きずられていく。頭は垂れ下がり、足は地面を擦っている。二人が法廷から引きずり出されていく。
重い足音。引きずられる足が床を擦る音。
その光景を、傍聴席の貴族たちは冷ややかな目で見送った。
同情のかけらもない。
ただ、落ちぶれた者を見る、冷酷な視線だけがあった。
「自業自得だ」
ある貴族が、腕を組んで頷いた。
「欲に目が眩んで、身を滅ぼした。教訓になる」
「哀れなものよ」
別の貴婦人が、哀れみとも軽蔑ともつかない声で呟いた。
「高みから転落するとは、こういうことなのね」
扉が閉まる音が響いた。
オデットとジャンは、法廷から完全に姿を消した。そして、全てが終わった。
法廷に、静寂が戻る。
嵐が過ぎ去った後のような、重苦しい静けさだった。
「エリーズ・ド・モンフォール」
裁判長が、私を見た。
その目には、先ほどまでの厳格さではなく、ほんのわずかな優しさが宿っていた。
「お前の無実は証明された」
裁判長は木槌を一度、軽く叩いた。
「全ての罪状を取り下げ、ここに釈放する」
騎士が近づいてきた。鍵を取り出し、私の手首に嵌められた手錠に差し込む。
カチャリ。
鍵が回り、手錠が外れた。
冷たい鉄の重みが、手首から消える。
自由になった手首を、私はぼんやりと見つめた。赤く跡がついている。
三日間、手錠に締め付けられていた痕だ。でも、痛みは感じなかった。ただ、信じられない思いだけが、胸を満たしていた。
本当に、終わったのだ。
悪夢は終わった。
「エリーズ様!」
その時、聞き慣れた声が響いた。振り向くと、オリバーが傍聴席から駆け寄ってきた。
七十を過ぎた老人とは思えない、素早い動き。
「よかった......本当によかった......!」
老侍従は私の手を取り、涙を流して喜んだ。皺だらけの顔に、さらに深い皺が刻まれる。でも、それは喜びの皺だった。
「信じていました。あなたが無実だと。そして、必ず真実が明らかになると」
「オリバー......」
私も涙が溢れそうになった。
喉の奥が詰まって、声が震える。
「ありがとうございます。あなたがいなければ、私は......」
「いいえ、私は何も」
オリバーは首を横に振った。
「あなた自身が、そして辺境伯様が、真実を勝ち取ったのです」
その時、影が私の前に立った。
アクセルだった。深い青の外套を纏い、無表情のまま、私を見下ろしている。
「大丈夫か」
低い声。
でも、その声には、わずかな優しさが滲んでいた。
「はい」
私は頷いた。
手首をさすりながら、彼を見上げる。
「アクセル様......いえ、アクセル」
私は深く、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。あなたがいなければ、私は確実に処刑されていました」
「礼はいらん」
男は相変わらず無表情だった。
しかし、その灰色の瞳は、ほんの少しだけ優しかった。氷のような冷たさの中に、わずかな温もりが宿っているように見えた。
「お前の母親との約束を果たしただけだ」
アクセルは視線を窓の外に向けた。
まるで、遠い過去を見つめるように。
そして、小さく付け加えた。
「それに......お前を助けると決めた時から、俺は本気だった」
その言葉に、私の胸が温かくなった。心の奥底から、じんわりと温もりが広がっていく。
この人は、本当に私を助けてくれた。母の遺した絆を、大切にしてくれた。
「行くぞ」
アクセルは外套を翻して、法廷の出口へと歩き出した。
私とオリバーも、その後に続いた。
重い扉が開かれる。
外の光が、法廷に差し込んできた。
あまりの眩しさに、一瞬目を閉じた。
法廷を出ると、外は陽光に満ちていた。
青い空。白い雲。暖かな日差し。
地下牢の闇から解放され、私は自由の光の中に立っている。
風が吹いた。
優しく、柔らかな風が髪を撫で、頬を撫でていく。
生きている。
私は、生きている。
深く息を吸った。
新鮮な空気が肺に満ちる。土の匂い。草の匂い。生命の匂い。
全てが、愛おしかった。
「エリーズ様、これからどうされますか」
オリバーが、穏やかな声で尋ねた。
私は少し考えてから、答えた。
「......まず、フィリシア様のお見舞いに行きます」
オデットの呪詛が解ければ、フィリシア様の容態も回復するはずだ。
アクセルが呪詛人形を破壊すれば、呪いは消える。
「それから、書庫に戻ります」
私は微笑んだ。
「私の仕事が、まだたくさん残っていますから」
「その意気です」
オリバーが嬉しそうに笑った。
深い皺が、さらに深くなる。
「ああ、そうだ。書庫の管理官補佐の席が空きましたからね」
オリバーは意味ありげに目を細めた。
「エリーズ様、正式に昇格できますよ。あなたなら、誰もが納得します」
ジャンが去った後の席。
皮肉なものだ。彼が欲しがっていた地位が、不正な手段で手に入れようとした地位が、結局私のものになるとは。
でも、私は正当な方法で手に入れる。
実力で、誠実さで。
「アクセル」
私は隣を歩く男を見上げた。
長身の彼の横顔。無表情だが、どこか穏やかに見える。
「これから、どうされるのですか」
「北方に戻る」
アクセルは前を向いたまま答えた。
「領地の仕事が溜まっている。三日も王都を空けたからな」
「そうですか......」
少し、寂しかった。
声に出さないようにしたが、その感情は隠しきれなかっただろう。
この数日間、この人がいてくれたから、私は戦えた。
絶望の中で、希望を与えてくれた人が、いなくなる。
「ただ」
アクセルが足を止めた。
私も立ち止まる。彼は私の方を向いた。灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「半年後にまた王都に来る予定がある」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
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