婚約破棄されて男装騎士になったら、私を捨てた王子が溺愛してきます。

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第五話

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朝靄の立ち込める中庭で、剣の打ち合う音が響いていた。
私は二階の窓から、弟リアムの剣術稽古を眺めていた。十五歳の弟は、剣術指南役のモーリス老師と木剣を交えている。激しい打ち合いの中、リアムの動きは日に日に洗練されていく。男として生まれただけで、こうして剣を学び、いずれは騎士への道も開かれている。
「......そうだ」
私の中で、何かが繋がった。
男になればいい。男として生きれば、騎士になれる。近衛騎士団に入れば、レオンハルト殿下のお側に仕えることができる。そうすれば——
胸の奥で復讐の炎が燃え上がった。あの冷酷な瞳、侮辱的な言葉。全てを見返してやる。後悔させてやる。
「決めたわ」
鏡台の前に座り、長い金髪を手に取った。祖母から譲り受けた美しい髪。社交界でも評判だったこの髪を、私は迷わず鋏で切り落とし始めた。
さくり、さくりと音を立てて、髪が床に落ちていく。肩まであった髪は、やがて耳が見える長さまで短くなった。鏡に映る自分の姿は、もはや令嬢のそれではなかった。
「エリアーナ様!」
背後で侍女のマリアが悲鳴を上げた。
「何をなさっているのですか! その美しい髪を......」
「マリア、父上と母上をお呼びして。話があるの」
震える声のマリアが部屋を出て行った後、私は男物の服を取り出した。リアムの部屋から密かに拝借してきたものだ。少し大きいが、これならなんとか着られる。
シャツに袖を通し、ズボンを履く。胸は晒で巻いて平らにした。鏡を見ると、そこには見知らぬ少年が立っていた。
「エリアーナ!」
扉が開き、両親が駆け込んできた。父ハーヴェスト侯爵は目を見開き、母セリーナは口元を手で覆った。
「これは一体どういうことだ?」
父の声が震えている。
「お父様、お母様。私、しばらく田舎の別荘で静養したいと思います」
二人の顔を真っ直ぐ見据えて、私は嘘をついた。
「婚約破棄のことで心が疲れてしまって......。誰にも会いたくないんです。一人で静かに過ごしたいの」
父は困惑した表情を浮かべた。
「それにしても、なぜ髪を切って男装など......」
「別荘までの道中、女一人では危険でしょう? 護衛も連れて行きたくないし、この方が安全だと思って」
苦しい言い訳だった。だが父は深く追及しなかった。婚約破棄のショックで娘が少しおかしくなったと思っているのかもしれない。
「使用人たちには、私が別荘で静養していることにして。誰にも本当のことは言わないで」
「エリアーナ......」
母がゆっくりと近づいてきた。その瞳は全てを見透かしているようだった。
「あなた、何を企んでいるの?」
心臓が跳ね上がった。母の洞察力を甘く見ていた。
元宮廷魔術師だった母の鋭い眼差しから、私は目を逸らすことができなかった。
「......お母様」
「いいえ、何も言わなくていいわ」
母は私の頬にそっと手を当てた。温かい手のひらが、震える私を包み込む。
「ただ、約束して。無茶はしないこと。そして......生きて帰ってきて」
涙が溢れそうになった。母は全て分かっているのだ。それでも止めない。私の決意を尊重してくれている。
「はい、お母様」
「だがセリーナ、このような......」
戸惑う父に、母は静かに首を振った。
「この子には、自分の信じる道を進む権利があるわ。私たちにできるのは、見守ることだけよ」
父は深いため息をついた後、私の肩に手を置いた。
「分かった。使用人たちには箝口令を敷こう。お前が別荘で静養していることにする」
「ありがとうございます、お父様」
両親が部屋を出て行った後、私は再び鏡の前に立った。
声の練習を始める。喉を締めて、低い声を出す。
「私の名前は......エリアス。エリアス・ハート」
何度も何度も繰り返した。歩き方も変えなければならない。男は大股で堂々と歩く。背筋を伸ばし、肩を張る。リアムの仕草を思い出しながら、部屋の中を歩き回った。
夕刻になって、リアムが私の部屋を訪ねてきた。
「姉上! 髪を切ったって本当......うわぁ!」
弟は私の姿を見て絶句した。
「リアム、あなたにも協力してもらうわ」
「姉上、まさか......」
「男としての立ち振る舞い、教えて」
リアムは目を丸くした後、にやりと笑った。
「面白そう。いいよ、教えてあげる」
それから数時間、弟は熱心に指導してくれた。座り方、立ち方、話し方。男同士の距離感や、下品な冗談への相槌の打ち方まで。
「でも姉上、本当に大丈夫? 危険じゃない?」
「大丈夫よ。私には結界魔術がある」
「それでも心配だよ......」
弟の頭を撫でた。
「ありがとう、リアム。でも、これは私がやらなければならないことなの」
深夜、私は一人で鏡の前に立った。
映っているのは、もうエリアーナ・ハーヴェストではない。近衛騎士を目指す青年、エリアス・ハートだった。
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