婚約破棄されて男装騎士になったら、私を捨てた王子が溺愛してきます。

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第十七話

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王子が孤児院の門を出た瞬間だった。
私は数歩後ろから殿下を護衛しながら、周囲の様子を警戒していた。王都の路地は人通りも多く、商人や庶民が行き交っている。変装した王子に気づく者は誰もいない。平和な午後の光景に、私の緊張も少しずつ解けかけていた。
子供たちと優しく接する王子の横顔が、まだ脳裏に焼き付いている。婚約していた頃、あの笑顔を何度も見た。なぜあの日、冷酷に変わってしまったのか。疑問が胸の中で渦巻く。
その時だった。
背筋に悪寒が走った。
何かが、おかしい。
周囲の喧騒が急に遠のき、空気が張り詰める。騎士としての訓練で叩き込まれた危機感知の本能が、全身に警鐘を鳴らした。
「殿下!」
私が叫んだ瞬間、建物の影から黒衣の人影が躍り出た。
暗殺者だ。
フードで顔を隠した男が、王子に向けて腕を突き出す。掌に魔力の光が集まり、瞬く間に赤い炎が渦を巻いた。火炎魔法――それも高位のものだ。私の心臓が跳ね上がる。
「レオンハルト殿下、ここで死ね!」
暗殺者の声が路地に響く。周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。
炎球が王子に向かって放たれた。
時間が遅く流れる感覚に陥った。赤い炎が空気を焼きながら、殿下の胸元に迫る。間に合わない。剣では魔法を防げない。殿下が――
「だめ......!」
体が勝手に動いていた。
私は殿下の前に飛び出し、両手を突き出した。守らなければ。この人を失ってはいけない。心の奥底から湧き上がる強い想いが、全身を駆け抜けた。
その瞬間、何かが弾けた。
視界が金色に染まった。
私の掌から、淡い金色の光が溢れ出した。光は瞬時に広がり、王子と私を包む半透明の壁を形成する。美しく輝く障壁――結界だ。
火炎魔法が結界に激突した。
轟音。
だが、炎は結界の表面で四散し、私たちには一切触れなかった。魔力が完全に無効化されている。暗殺者が目を見開いた。
「な、何......!? 結界魔術だと!?」
私自身も驚愕していた。
無意識だった。結界を張ろうと意識したわけではない。ただ、殿下を守りたいという想いだけが胸を満たし、体が自然に反応した。金色の光が私の手から放たれ、殿下を護っている。
祖母から受け継いだ結界魔術。これまで訓練でしか使ったことがなかったこの力が、今、王子の命を守っている。
「エリアス......」
背後から王子の驚いた声が聞こえた。だが、今は振り返る余裕はない。
暗殺者が舌打ちをし、再び魔力を練り始めた。今度は雷撃の魔法だ。青白い電光が掌に集まり、パチパチと音を立てる。
「結界使いがいるとは聞いていない! だが、この程度!」
雷撃が放たれた。
私は結界を維持したまま、剣を抜いた。金色の光が剣身を包む。結界魔術は防御だけではない。武器に魔力を纏わせることもできる。
雷撃が結界に弾かれる。その隙に、私は地を蹴った。
「待て!」
暗殺者が後退しようとする。だが、遅い。
私の剣が男の腕を掠めた。浅い傷だが、男は苦痛に顔を歪めて後ずさる。追撃を加えようとした時、別の黒衣の人影が建物の屋根から飛び降りてきた。二人目の暗殺者だ。
「撤退する! 計画が狂った!」
二人目の男が、負傷した仲間を引っ張って路地の奥へ消えた。私は追おうとしたが、王子の安全を優先し、その場に留まった。結界をゆっくりと解く。金色の光が霧のように消えていく。
周囲は静まり返っていた。
逃げ惑っていた人々が、遠巻きに私たちを見ている。王子を守った若い騎士。そして、結界魔術。囁きが聞こえてきた。
「大丈夫ですか、殿下」
私は振り返り、王子に駆け寄った。
レオンハルト殿下は、無傷だった。だが、その表情には驚きと......何か別の感情が混じっていた。まるで、全てを理解しているような眼差しだ。
「エリアス」
王子が私の肩に手を置いた。
「よくやった。君のおかげで助かった」
声は穏やかだったが、瞳の奥に複雑な光が宿っている。私は胸が詰まった。結界魔術を使ってしまった。正体がバレる可能性がある。いや、もしかして殿下は......
「殿下、あの、これは......」
言い訳を探そうとしたが、言葉が出てこない。
王子は優しく微笑んだ。
「君には特別な才能があるようだ。それが君を優秀な騎士にしているのだろう」
そう言って、王子は周囲を見渡した。人々がざわざわと騒いでいる。このままでは騒ぎが大きくなる。
「戻ろう。オスカーに報告しなければ」
殿下が促し、私たちは王宮へ向かって歩き出した。
私の手はまだ震えていた。
初めて、実戦で結界を使った。そして、初めて王子の命を守った。復讐のために近づいたはずなのに、この人を守ってしまった。
心の中で何かが音を立てて崩れていく。
復讐心と、湧き上がってくる別の感情。それが混ざり合い、胸を締め付ける。殿下の背中を見つめながら、私は唇を噛んだ。
孤児院で子供たちと優しく接していた王子。
私を庇って、感謝の言葉をかけてくれる王子。
婚約破棄の日に見せた冷酷な表情とは、あまりにも違う。
どちらが本当の殿下なのか。
わからない。
だが、一つだけ確かなことがある。
私は、レオンハルト殿下を死なせたくないと、心から思った。
それが復讐者としての私を裏切る感情だとしても、否定できなかった。
王宮への道を歩きながら、私の心は揺れ続けた。守りたい。だが、許せない。矛盾する想いが胸の中で渦巻く。
殿下が一度だけ振り返り、私を見た。
「ありがとう、エリアス」
その言葉が、また胸を締め付けた。
私は無言で頷き、王子の後を追った。金色の結界の残滓が、まだ掌にうっすらと残っている。この力で殿下を守った。それは事実だった。
そして、その事実が私の心を、さらに深い混乱へと突き落としていく。
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