12 / 13
第十二章
しおりを挟む
公爵は、私の目を真っ直ぐ見つめながら、静かに続けた。
「これからは、毎日顔を合わせることになりそうだ」
その言葉の意味を理解した瞬間、私の頬が急速に熱くなるのを感じた。顔全体が火照っている。心臓が、また激しく鼓動を始めた。
毎日、顔を合わせる――それは単なる業務上の話ではないような気がした。彼の灰色の瞳に宿る温かさが、そう告げていた。
「よ、よろしくお願いいたします」
私は、どうにか言葉を絞り出した。声が少し上ずっているのが、自分でも分かる。
「ああ」
公爵は満足そうに頷いた。
「楽しみにしている」
そう言うと、彼は優雅にマントを翻して、工房を出ていった。黒いマントが風を受けて広がり、まるで夜そのものが去っていくかのようだった。扉が閉まる音が響き、彼の足音が遠ざかっていく。
私は、その場に立ち尽くしていた。胸の高鳴りが、まだ収まらない。
「ふふふ」
突然、笑い声が聞こえて、私は我に返った。
振り返ると、ライアン侯爵が、にやにやしながら近づいてきた。その緑の瞳が、悪戯っぽく輝いている。彼はいつの間に工房に戻ってきたのだろう。
「おめでとう、セレスティーナ嬢。筆頭職人の任命、本当に素晴らしい」
彼は祝福の言葉を述べたが、その表情には明らかに別の意味が込められている。
「それにしても」
ライアンは声を低めて、私に近づいた。
「公爵があんなに笑うなんて、珍しいことですよ。いや、正確に言えば、ここ数年で初めて見たかもしれない」
「え?」
私は驚いて、ライアンを見た。
「あの人、普段は氷の彫像みたいに無表情なんです。誰に対しても冷たく、感情を表に出さない。側近の私でさえ、何を考えているか分からないことが多いくらいで」
ライアンは、まるで面白い秘密を打ち明けるかのように続けた。
「でも、貴女の話になると、妙に熱心になるんですよ。『ローレンス家の調査はどうなっている』『セレスティーナは無事か』って、何度も確認してきて」
私の顔が、また熱くなった。
ライアンは、意味深に片目をつぶった。
「実は、貴女の叔父の悪事を調べるように私に命じたのも、公爵なんです。あの舞踏会の前からずっと、調査を進めていました」
「まさか......」
私は息を呑んだ。あの日、ライアンが証拠を持っていたのは、偶然ではなかったのだ。
「十年前の葬儀で会った時から、ずっと気にかけていたそうですよ」
ライアンの声が、優しくなった。
「『あの聡明そうな瞳の少女が、今どうしているか』『もし不当な扱いを受けているなら、助けなければ』って。公爵は、ずっと貴女のことを探していたんです」
胸が、激しく高鳴った。
まさか、公爵が、ずっと――
十年前、幼かった私を覚えていてくれたなんて。そして、ずっと気にかけていてくれたなんて。
涙が込み上げてきた。でも、それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「これから忙しくなりそうですね」
ライアンが、楽しそうに言った。その表情は、まるで弟の幸せを見守る兄のようだ。
「宮廷の仕事も、恋の行方も」
「こ、恋だなんて!」
私は慌てて否定した。しかし、顔の熱さは隠せない。
「そう照れなくても」
ライアンは優しく笑った。
「これから、ゆっくり進めばいいんです。公爵は不器用な人だから、時間はかかるかもしれませんが――でも、あの人の想いは本物ですよ」
その言葉に、私は何も答えられなかった。
ただ、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「これからは、毎日顔を合わせることになりそうだ」
その言葉の意味を理解した瞬間、私の頬が急速に熱くなるのを感じた。顔全体が火照っている。心臓が、また激しく鼓動を始めた。
毎日、顔を合わせる――それは単なる業務上の話ではないような気がした。彼の灰色の瞳に宿る温かさが、そう告げていた。
「よ、よろしくお願いいたします」
私は、どうにか言葉を絞り出した。声が少し上ずっているのが、自分でも分かる。
「ああ」
公爵は満足そうに頷いた。
「楽しみにしている」
そう言うと、彼は優雅にマントを翻して、工房を出ていった。黒いマントが風を受けて広がり、まるで夜そのものが去っていくかのようだった。扉が閉まる音が響き、彼の足音が遠ざかっていく。
私は、その場に立ち尽くしていた。胸の高鳴りが、まだ収まらない。
「ふふふ」
突然、笑い声が聞こえて、私は我に返った。
振り返ると、ライアン侯爵が、にやにやしながら近づいてきた。その緑の瞳が、悪戯っぽく輝いている。彼はいつの間に工房に戻ってきたのだろう。
「おめでとう、セレスティーナ嬢。筆頭職人の任命、本当に素晴らしい」
彼は祝福の言葉を述べたが、その表情には明らかに別の意味が込められている。
「それにしても」
ライアンは声を低めて、私に近づいた。
「公爵があんなに笑うなんて、珍しいことですよ。いや、正確に言えば、ここ数年で初めて見たかもしれない」
「え?」
私は驚いて、ライアンを見た。
「あの人、普段は氷の彫像みたいに無表情なんです。誰に対しても冷たく、感情を表に出さない。側近の私でさえ、何を考えているか分からないことが多いくらいで」
ライアンは、まるで面白い秘密を打ち明けるかのように続けた。
「でも、貴女の話になると、妙に熱心になるんですよ。『ローレンス家の調査はどうなっている』『セレスティーナは無事か』って、何度も確認してきて」
私の顔が、また熱くなった。
ライアンは、意味深に片目をつぶった。
「実は、貴女の叔父の悪事を調べるように私に命じたのも、公爵なんです。あの舞踏会の前からずっと、調査を進めていました」
「まさか......」
私は息を呑んだ。あの日、ライアンが証拠を持っていたのは、偶然ではなかったのだ。
「十年前の葬儀で会った時から、ずっと気にかけていたそうですよ」
ライアンの声が、優しくなった。
「『あの聡明そうな瞳の少女が、今どうしているか』『もし不当な扱いを受けているなら、助けなければ』って。公爵は、ずっと貴女のことを探していたんです」
胸が、激しく高鳴った。
まさか、公爵が、ずっと――
十年前、幼かった私を覚えていてくれたなんて。そして、ずっと気にかけていてくれたなんて。
涙が込み上げてきた。でも、それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「これから忙しくなりそうですね」
ライアンが、楽しそうに言った。その表情は、まるで弟の幸せを見守る兄のようだ。
「宮廷の仕事も、恋の行方も」
「こ、恋だなんて!」
私は慌てて否定した。しかし、顔の熱さは隠せない。
「そう照れなくても」
ライアンは優しく笑った。
「これから、ゆっくり進めばいいんです。公爵は不器用な人だから、時間はかかるかもしれませんが――でも、あの人の想いは本物ですよ」
その言葉に、私は何も答えられなかった。
ただ、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
304
あなたにおすすめの小説
悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる
恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」
学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。
けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。
ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。
彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。
(侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!)
実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。
「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。
互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……?
お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜
咲月ねむと
恋愛
伯爵令嬢のエリアーナは、婚約者である王太子から「地味でつまらない」と、大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。
全てを失い途方に暮れる彼女を拾ったのは、隣国からやって来た『氷の悪魔』と恐れられる冷徹公爵ヴィンセントだった。
「お前から、腹の減る匂いがする」
空腹で倒れかけていた彼に、前世の記憶を頼りに作ったささやかな料理を渡したのが、彼女の運命を変えるきっかけとなる。
公爵領で待っていたのは、気難しい最強の聖獣フェンリルや、屈強な騎士団。しかし彼らは皆、エリアーナの作る温かく美味しい「お弁当」の虜になってしまう!
これは、地味だと虐げられた令嬢が、愛情たっぷりのお弁当で人々の胃袋と心を掴み、最高の幸せを手に入れる、お腹も心も満たされる、ほっこり甘いシンデレラストーリー。
元婚約者への、美味しいざまぁもあります。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。
恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。
知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが——
涙は出なかった。
十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。
元々愛情などなかった婚約だ。
裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。
だが、新たに結ばれた婚約は......。
彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、
学院一の美形と噂される少年だった。
三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。
その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。
「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」
自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。
そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。
アナベルの答えは決まっていた。
わたしの婚約者は——あなたよ。
“おばさん”と笑われても構わない。
この恋は、誰にも譲らない。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる