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夕と闇が混ざったような時間。焦がれるほど照らしていた太陽は隠れたけれど、まだ汗を拭うほど暑い。
公園で待ち合わせして、僕が一番だった。次に高良さんが来てしまったらどうしよう……ちゃんと話せるかな。
ドキドキしながら何度も携帯で時間を確認した。一分が長い。気を紛らわそうとゲームを始めてみたけど、全然集中できない。
「碧!」
顔を上げると、期待していた人物が見えた。
「良かった……あれ、雪乃ちゃんは?」
「浴衣だから走れないって。もう来る」
「へぇ、浴衣なんだ! 春昭もなんだね。似合ってるよ」
「雪乃に無理矢理着せられたんだよ。面倒だって言ったのに……」
不満そうな顔をしているが、紺色のシンプルなものはよく似合っていた。
「碧兄お待たせ!」
「あっ、雪乃ちゃんは水色なんだ。可愛いね」
「えへへ、ありがとー。担当カラーは黄色だけど、たまにはいいと思ってね。あははっお兄ちゃんってば浴衣だとヒンソーに見えるぅ! どう? 妹とあんまり背が変わらない気分は?」
「ところで高良はまだか」
二人の会話は相変わらず、言葉をお互いにぶん投げまくっている。
「あ……高良さん」
公園の前に現れた彼女はふわりとワンピースを揺らして、特に焦った様子もなく歩いてきた。
「あれぇ~祥子姉、浴衣着るって言ってなかったっけ」
「あんな面倒なものお店以外で着たくないわよ。それよりみんな早い……待たせた?」
「ううん、今来たところだよ」
「碧はもうちょっと早かったんじゃないか」
「いや、そんなに変わらないって。それよりそろそろ行かないと」
「ふーん……はは、そうだな行こうか。あー結構混んでそうだな」
「まぁ、この辺りでは一番でかいしね。多少は仕方ないってゆーか。でもでも! 絶対に綿あめだけは買うからね! 並んでても買わせてあげるよーお兄ちゃん!」
女子二人が先導して、僕たちは後をついていく形で白河に向かう。大きな川沿いに屋台がずらっと並ぶお祭りで、恐らく同級生もいるだろう。広いから気づかれないといいんだけど……。
がやがやと人が多くなってきた。色とりどりの浴衣が季節を感じさせる景色だ。焼き物の匂いが漂う。この匂いや空気を嗅ぐと、やっぱり夏の風物詩という感じ。
雪乃ちゃんは高良さんの腕をとって駆け出した。少し離れたところで振り返り、こっちにひらひらと手を振る。
「本当にあいつはガキだな……。まぁ見失う方が面倒か」
「はは、まぁ今日ぐらいはね。あれぐらいはしゃいでもいいと思うよ」
「碧も、そうじゃないの」
「えっ?」
「碧もはしゃいでみたら? ……二人になりたいなら、いつでも雪乃引っ張ってくるから」
「……うん」
耳元でこそっと囁くと、前にいる雪乃ちゃんに返事をして歩き出した。僕はまた緊張を思い出して、少しぎこちなくなりながら後を追う。
二人は早速かき氷を買っていた。ニッコリと笑って、こっちにも青いかき氷を渡す。
「ブルーハワイでもいいよね? 雪乃一番好きなんだー」
「うん……ありがとう」
ちらりと横を見ると、赤色のを持っていた。いちご味が好きなのかな……これであの浴衣姿なら、もっと似合っていたんだろう。
周りの音が遠ざかっていく。暑さも忘れるほど……この空間が特別な気がして、僕は彼女を見つめていた。半袖から覗く白い腕の先、そこから運ばれる氷が唇に吸い込まれていく。じわじわと上がってくる熱に、どうしたらいいか分からず目を逸らした。あれが僕のものになるかもしれない。僕が触れても許される存在に……。
「碧? 溶けてるぞ」
「あっ、うん……本当だ」
半分ほど溶けた氷を急いで口に運ぶ。今見てたのがバレてたら恥ずかしい。
「あー! あったあった綿あめ! しかもみみたんの袋だぁー!」
「だから走るなって……」
春昭が早足になったとき、不意に二人になった。振り向くと同じように相手もこちらを見ていて、思わずあっと声に出していた。
「じゃ、じゃあ……行こっか」
「利賀松くん……」
「えっ?」
初めて名前を呼ばれた気がする。ドキドキしながら顔を見つめた。
「ここ、ついてる」
薄く笑いながらティッシュを顔の前に差し出した。それを反射的に受け取ってぼうっとしていると、歩きながら自分の唇の横に指先で触れた。
「かき氷ので青くなってるよ」
「あっ! ああ……えっとここ? あ、これ……ありがとう」
テンパった返ししかできなかったけど、以前に比べたらかなりの成長なんじゃないだろうか。僕がというより、高良さんが少し心を開いてくれたという意味で。
もしかしてこれっていい雰囲気って奴なのか? 顔は心なしか楽しそうに見える。少なくとも学校での無表情とは違う。
「あの……高良、さん」
彼女は少し首を傾げた。
「高良さんと、来れてよかった」
「……っ」
ふと足を止めた彼女に、僕は一瞬の内に今言ったことを頭で繰り返した。
「あっ、その……は、春昭達とそう! 一緒に来て……高良さんと、こうやって知り合えて良かったって思って……ごめん。言いたいことがまとまってなくて」
「……」
少し驚いたような顔を確認してからは、もう見れなかった。どこを向いていいか分からず、恥ずかしさを逃そうと下を見つめる。
「利賀松くん……」
ぽそりと呟く声が聞こえて、顔を上げるのと同時に二人が戻ってきた。
「ふふーん、こっちはお土産用。こっちは祥子姉の! この二つは雪乃の~」
「いくつ買ったの……雪乃ちゃん」
「もう甘いもんはコリゴリだよなぁ。碧、なんかあそこら辺の買ってこようぜ」
「……うん。そうだね」
高良さんは雪乃ちゃんが思い切り口を開けて、綿あめを食べるのを注意しながらも笑っていた。さっき僕のこと呼んだのは空耳じゃないよな。……何を言おうとしていたんだろう。
両手に持ちきれなくなった食べ物たちを整理する為に、少し離れた場所に移動した。ちょうどベンチが空いていて良かったと腰を下ろす。
僕、春昭、高良さん、雪乃ちゃんの並びで横に座ると、少しきつい。勢いでこうなったけど、春昭の位置がここで良かったような、そうでないような複雑な感じだ。
しかしすぐにそんなことは気にならず、ラムネを開けての乾杯が始まった。そうだ、この並びの方が緊張しない。
「あーそうかー。なんか足りないと思ったら花火大会じゃないからかー。ただ食べに来たって感じだね」
もぐもぐと三つ目の綿あめに手を出しながら呟いた。
「花火ならそこのスーパーにでも売ってんじゃねーの」
「でも火つけるものが無いし……ここって花火禁止じゃない?」
「確かにー雑草ぼーぼーだもんね。燃えちゃうかな? ぶわぁーって? やだそれこわーい」
「さっきの公園まで戻れば多分大丈夫じゃないかな」
「そうかー。それでもいいかも……てかそろそろ口が甘い……うぅ」
「お土産の分まで食べてどうするの」
「だってだってー! たこ焼きとか焼きそばとか食べて青ノリついちゃったら嫌じゃーん! あーでもぉ……美味しそうかも」
結局ヤケ食いだ! と食べだした雪乃ちゃんにみんなで笑う。彼女がいると本当に助かることが多い。今こうして楽しく過ごせているのは、二人のおかげだと何度も思う。
僕はストーカーのことや、色々な問題のことを、すっかり忘れて楽しんでいた。絵に描いたような青春みたいな感じで、少し前の僕なら、こうやってはしゃぐ若者のことを面白くない目で見ていただろう。ぱちぱちと弾ける花火の前で改めて、心の中でお礼を言った。
きゃあきゃあとはしゃぐ兄弟を横目に、光に照らされた彼女を見つめる。
僕は……彼女ともっと色々なことをしたい、話したい。いつか僕が幸せにしたいと思う。だけどその為にはまず不安要素を取り除かなきゃ。実は今も何かに怯えているのかもしれないし、ストーカーを退治することができたら、僕のことを頼りにしてくれるだろうか。少し……好きになってくれるだろうか。そしたら告白することを許される……かな。
公園で待ち合わせして、僕が一番だった。次に高良さんが来てしまったらどうしよう……ちゃんと話せるかな。
ドキドキしながら何度も携帯で時間を確認した。一分が長い。気を紛らわそうとゲームを始めてみたけど、全然集中できない。
「碧!」
顔を上げると、期待していた人物が見えた。
「良かった……あれ、雪乃ちゃんは?」
「浴衣だから走れないって。もう来る」
「へぇ、浴衣なんだ! 春昭もなんだね。似合ってるよ」
「雪乃に無理矢理着せられたんだよ。面倒だって言ったのに……」
不満そうな顔をしているが、紺色のシンプルなものはよく似合っていた。
「碧兄お待たせ!」
「あっ、雪乃ちゃんは水色なんだ。可愛いね」
「えへへ、ありがとー。担当カラーは黄色だけど、たまにはいいと思ってね。あははっお兄ちゃんってば浴衣だとヒンソーに見えるぅ! どう? 妹とあんまり背が変わらない気分は?」
「ところで高良はまだか」
二人の会話は相変わらず、言葉をお互いにぶん投げまくっている。
「あ……高良さん」
公園の前に現れた彼女はふわりとワンピースを揺らして、特に焦った様子もなく歩いてきた。
「あれぇ~祥子姉、浴衣着るって言ってなかったっけ」
「あんな面倒なものお店以外で着たくないわよ。それよりみんな早い……待たせた?」
「ううん、今来たところだよ」
「碧はもうちょっと早かったんじゃないか」
「いや、そんなに変わらないって。それよりそろそろ行かないと」
「ふーん……はは、そうだな行こうか。あー結構混んでそうだな」
「まぁ、この辺りでは一番でかいしね。多少は仕方ないってゆーか。でもでも! 絶対に綿あめだけは買うからね! 並んでても買わせてあげるよーお兄ちゃん!」
女子二人が先導して、僕たちは後をついていく形で白河に向かう。大きな川沿いに屋台がずらっと並ぶお祭りで、恐らく同級生もいるだろう。広いから気づかれないといいんだけど……。
がやがやと人が多くなってきた。色とりどりの浴衣が季節を感じさせる景色だ。焼き物の匂いが漂う。この匂いや空気を嗅ぐと、やっぱり夏の風物詩という感じ。
雪乃ちゃんは高良さんの腕をとって駆け出した。少し離れたところで振り返り、こっちにひらひらと手を振る。
「本当にあいつはガキだな……。まぁ見失う方が面倒か」
「はは、まぁ今日ぐらいはね。あれぐらいはしゃいでもいいと思うよ」
「碧も、そうじゃないの」
「えっ?」
「碧もはしゃいでみたら? ……二人になりたいなら、いつでも雪乃引っ張ってくるから」
「……うん」
耳元でこそっと囁くと、前にいる雪乃ちゃんに返事をして歩き出した。僕はまた緊張を思い出して、少しぎこちなくなりながら後を追う。
二人は早速かき氷を買っていた。ニッコリと笑って、こっちにも青いかき氷を渡す。
「ブルーハワイでもいいよね? 雪乃一番好きなんだー」
「うん……ありがとう」
ちらりと横を見ると、赤色のを持っていた。いちご味が好きなのかな……これであの浴衣姿なら、もっと似合っていたんだろう。
周りの音が遠ざかっていく。暑さも忘れるほど……この空間が特別な気がして、僕は彼女を見つめていた。半袖から覗く白い腕の先、そこから運ばれる氷が唇に吸い込まれていく。じわじわと上がってくる熱に、どうしたらいいか分からず目を逸らした。あれが僕のものになるかもしれない。僕が触れても許される存在に……。
「碧? 溶けてるぞ」
「あっ、うん……本当だ」
半分ほど溶けた氷を急いで口に運ぶ。今見てたのがバレてたら恥ずかしい。
「あー! あったあった綿あめ! しかもみみたんの袋だぁー!」
「だから走るなって……」
春昭が早足になったとき、不意に二人になった。振り向くと同じように相手もこちらを見ていて、思わずあっと声に出していた。
「じゃ、じゃあ……行こっか」
「利賀松くん……」
「えっ?」
初めて名前を呼ばれた気がする。ドキドキしながら顔を見つめた。
「ここ、ついてる」
薄く笑いながらティッシュを顔の前に差し出した。それを反射的に受け取ってぼうっとしていると、歩きながら自分の唇の横に指先で触れた。
「かき氷ので青くなってるよ」
「あっ! ああ……えっとここ? あ、これ……ありがとう」
テンパった返ししかできなかったけど、以前に比べたらかなりの成長なんじゃないだろうか。僕がというより、高良さんが少し心を開いてくれたという意味で。
もしかしてこれっていい雰囲気って奴なのか? 顔は心なしか楽しそうに見える。少なくとも学校での無表情とは違う。
「あの……高良、さん」
彼女は少し首を傾げた。
「高良さんと、来れてよかった」
「……っ」
ふと足を止めた彼女に、僕は一瞬の内に今言ったことを頭で繰り返した。
「あっ、その……は、春昭達とそう! 一緒に来て……高良さんと、こうやって知り合えて良かったって思って……ごめん。言いたいことがまとまってなくて」
「……」
少し驚いたような顔を確認してからは、もう見れなかった。どこを向いていいか分からず、恥ずかしさを逃そうと下を見つめる。
「利賀松くん……」
ぽそりと呟く声が聞こえて、顔を上げるのと同時に二人が戻ってきた。
「ふふーん、こっちはお土産用。こっちは祥子姉の! この二つは雪乃の~」
「いくつ買ったの……雪乃ちゃん」
「もう甘いもんはコリゴリだよなぁ。碧、なんかあそこら辺の買ってこようぜ」
「……うん。そうだね」
高良さんは雪乃ちゃんが思い切り口を開けて、綿あめを食べるのを注意しながらも笑っていた。さっき僕のこと呼んだのは空耳じゃないよな。……何を言おうとしていたんだろう。
両手に持ちきれなくなった食べ物たちを整理する為に、少し離れた場所に移動した。ちょうどベンチが空いていて良かったと腰を下ろす。
僕、春昭、高良さん、雪乃ちゃんの並びで横に座ると、少しきつい。勢いでこうなったけど、春昭の位置がここで良かったような、そうでないような複雑な感じだ。
しかしすぐにそんなことは気にならず、ラムネを開けての乾杯が始まった。そうだ、この並びの方が緊張しない。
「あーそうかー。なんか足りないと思ったら花火大会じゃないからかー。ただ食べに来たって感じだね」
もぐもぐと三つ目の綿あめに手を出しながら呟いた。
「花火ならそこのスーパーにでも売ってんじゃねーの」
「でも火つけるものが無いし……ここって花火禁止じゃない?」
「確かにー雑草ぼーぼーだもんね。燃えちゃうかな? ぶわぁーって? やだそれこわーい」
「さっきの公園まで戻れば多分大丈夫じゃないかな」
「そうかー。それでもいいかも……てかそろそろ口が甘い……うぅ」
「お土産の分まで食べてどうするの」
「だってだってー! たこ焼きとか焼きそばとか食べて青ノリついちゃったら嫌じゃーん! あーでもぉ……美味しそうかも」
結局ヤケ食いだ! と食べだした雪乃ちゃんにみんなで笑う。彼女がいると本当に助かることが多い。今こうして楽しく過ごせているのは、二人のおかげだと何度も思う。
僕はストーカーのことや、色々な問題のことを、すっかり忘れて楽しんでいた。絵に描いたような青春みたいな感じで、少し前の僕なら、こうやってはしゃぐ若者のことを面白くない目で見ていただろう。ぱちぱちと弾ける花火の前で改めて、心の中でお礼を言った。
きゃあきゃあとはしゃぐ兄弟を横目に、光に照らされた彼女を見つめる。
僕は……彼女ともっと色々なことをしたい、話したい。いつか僕が幸せにしたいと思う。だけどその為にはまず不安要素を取り除かなきゃ。実は今も何かに怯えているのかもしれないし、ストーカーを退治することができたら、僕のことを頼りにしてくれるだろうか。少し……好きになってくれるだろうか。そしたら告白することを許される……かな。
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