ホラーエッセイ365

緑縁翁☆りょくえんおう

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祇園精舎の鐘、いまも鳴る

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深夜零時。
京都・祇園の片隅を歩いていると、どこからともなく「ごぉぉん」と鐘の音が響くことがある。
それは、知恩院の鐘ではない。
観光客が撮影する映えスポットの鐘でもない。
あれは——誰も知らない場所から、この世の外側で鳴っている音だ。

人はそれを「祇園精舎の鐘」と呼ぶ。
しかし、本当は“精舎”など、とうの昔に焼け落ちている。
燃えたのは木材ではない。時の層そのものだ。
燃え残ったのは、かつての“声”たち。
滅びを悟らぬまま散った者たちの、名を呼ぶ声だ。

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」
その文句を、あなたは子供の頃から何度も耳にしてきただろう。
けれど、本当に“あの響き”を聞いた者は、ほとんどいない。
なぜなら、それを耳にした瞬間、
人はこの世から一つ分だけ、時をずらされるからだ。

歩いている道が、わずかに光を失う。
風が逆に流れる。
足音が、半拍遅れて返ってくる。
——その瞬間、あなたはすでに“風の前の塵”になりつつある。

平清盛の骸は、海の底でいまも赤く泡立っているという。
その熱は千年を経ても消えず、
毎年夏のある夜、海面にゆらめく“人の顔”を浮かべる。
それは、奢り高ぶった者の末路を見せるだけでなく、
**我々の中に宿る「同じ傲慢」**を映す鏡でもある。

平家は滅びたのではない。
傲慢という名の病が、形を変えてこの国に残っているのだ。
企業の会議室にも、政治家の演壇にも、
そして——深夜にこの文章を読んでいる、あなたの胸の奥にも。

「勢いのあった者も、ついには滅びぬる」
その言葉は決して昔話ではない。
あの鐘が鳴るたび、
ひとつの“時代”が、また一つ、誰にも気づかれぬまま崩れ落ちている。

あなたのスマートフォンのカメラ越しに、
誰もいないはずの夜の街で、
もし遠くに赤い光が瞬くのを見たら——
それは車のテールランプではない。

あれは、平家の炎の残像だ。
今夜もまた、祇園精舎の鐘が鳴る。
あなたの耳の奥で。
あなたの、終わりの時を告げるために。
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