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桜坂の風、君の声
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夜の雨が、静かに屋根を叩いていた。
窓の外は春の終わり。
桜坂の桜は散りかけて、街灯の光の中に、かすかに舞っている。
机の上には、ポチの首輪と日記帳。
美咲はその前で、じっと目を閉じていた。
「……ポチ、今日も夢に出てきてくれないかな」
ポチが旅立ってから、一ヶ月。
毎日が、少し色の抜けた世界のようだった。
学校へ行って、笑って、家に帰って。
でもどこか、心の奥にぽっかりと空いた穴があった。
夜になると、その穴が痛む。
泣き疲れたまま眠る日々が続いた。
その夜――
夢の中で、美咲は見覚えのある坂道に立っていた。
夕暮れ。
空は薄い桃色に染まり、風が桜の花びらを運んでいる。
「……ここ、桜坂だ」
声に出した瞬間、どこからか小さな足音が聞こえた。
タッタッタッ……
振り向くと、花びらの中を駆けてくる影がひとつ。
「ポチ!」
涙が一気にあふれた。
夢だと分かっていても、胸が熱くなる。
ポチは昔のままの姿で、美咲の足元に飛びついた。
毛の感触も、体温も、懐かしい匂いも、全部本物のようだった。
「会いたかったよ……!」
美咲はポチを抱きしめる。
ポチは嬉しそうに舌を出して、顔をぺろりと舐めた。
「ねぇ、あの日、光になってどこ行ったの?」
ポチは一度空を見上げ、尾を振った。
その瞳の奥には、夕暮れの空の色が映っていた。
「ミサキ、泣かないで」
その声が、確かに聞こえた。
口は動いていない。
けれど、美咲の心の中に、まっすぐ届いてくる。
「僕、いつもそばにいるよ」
「……ほんとに?」
「うん。風になって、君のまわりにいる」
美咲の髪が、そよ風に揺れた。
その風が優しくて、どこかポチの匂いがした。
二人は坂の上まで歩いた。
風が桜の花びらを渦のように舞わせる。
ポチは振り返り、美咲を見上げる。
「僕ね、あの時怖くなかったよ」
「え?」
「ミサキが抱いてくれたから。あったかかった」
美咲の頬を、また涙がつたった。
ポチは小さく尻尾を振って、顔を近づけた。
「ミサキ、これからも笑って。
泣いてもいいけど、ちゃんと前を向いてね」
その声は、まるで風の音と一緒に流れていった。
「ポチ……行っちゃうの?」
ポチは首をかしげ、桜の花びらの中をゆっくりと歩き出した。
光の粒がその足元から立ちのぼり、身体を包んでいく。
「待って……まだ言いたいこと、たくさんあるの!」
美咲が駆け寄ると、ポチがふと立ち止まった。
風がふわりと吹き、美咲の頬を撫でる。
「だいじょうぶ。僕は風の中にいる。
君が悲しいとき、風になって寄り添うよ」
光が強くなり、ポチの姿が花びらに溶けるように消えていく。
最後に聞こえた声は――
「ありがとう、ミサキ」
目が覚めた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
美咲は涙で濡れた頬を拭った。
「夢……だったのかな」
机の上のポチの首輪が、風もないのに小さく揺れた。
鈴の音が、かすかに鳴る。
ベランダに出ると、桜坂から朝の風が吹き上がってくる。
その風が髪をなでる。
ポチが言っていた“風の中の声”が、確かにそこにあった。
「……ポチ、ありがとう」
風に向かって微笑む。
頬を伝う涙が、春の光にきらめいた。
そのとき、どこからか花びらが一枚、ふわりと舞ってきた。
指先に乗ると、淡く光った。
それはまるで、ポチの“ありがとう”のかけらだった。
その日、美咲はノートを開いた。
新しいページに、こう書いた。
「風が吹いたら、それはポチの声。
泣いている私を見つけて、“大丈夫”って言ってくれてるんだと思う。」
ペンを置いたあと、窓の外で鈴の音がまた鳴った。
どこまでも優しく、どこまでも切ない音。
桜坂の風が、美咲の髪をそっと揺らす。
その風の中に、確かに――ポチの声が聴こえた。
「ミサキ、笑って」
美咲は空を見上げ、涙の中で笑った。
風が頬を撫で、花びらが舞い上がる。
それは、ポチがもう一度“生きている”と教えてくれる瞬間だった。
窓の外は春の終わり。
桜坂の桜は散りかけて、街灯の光の中に、かすかに舞っている。
机の上には、ポチの首輪と日記帳。
美咲はその前で、じっと目を閉じていた。
「……ポチ、今日も夢に出てきてくれないかな」
ポチが旅立ってから、一ヶ月。
毎日が、少し色の抜けた世界のようだった。
学校へ行って、笑って、家に帰って。
でもどこか、心の奥にぽっかりと空いた穴があった。
夜になると、その穴が痛む。
泣き疲れたまま眠る日々が続いた。
その夜――
夢の中で、美咲は見覚えのある坂道に立っていた。
夕暮れ。
空は薄い桃色に染まり、風が桜の花びらを運んでいる。
「……ここ、桜坂だ」
声に出した瞬間、どこからか小さな足音が聞こえた。
タッタッタッ……
振り向くと、花びらの中を駆けてくる影がひとつ。
「ポチ!」
涙が一気にあふれた。
夢だと分かっていても、胸が熱くなる。
ポチは昔のままの姿で、美咲の足元に飛びついた。
毛の感触も、体温も、懐かしい匂いも、全部本物のようだった。
「会いたかったよ……!」
美咲はポチを抱きしめる。
ポチは嬉しそうに舌を出して、顔をぺろりと舐めた。
「ねぇ、あの日、光になってどこ行ったの?」
ポチは一度空を見上げ、尾を振った。
その瞳の奥には、夕暮れの空の色が映っていた。
「ミサキ、泣かないで」
その声が、確かに聞こえた。
口は動いていない。
けれど、美咲の心の中に、まっすぐ届いてくる。
「僕、いつもそばにいるよ」
「……ほんとに?」
「うん。風になって、君のまわりにいる」
美咲の髪が、そよ風に揺れた。
その風が優しくて、どこかポチの匂いがした。
二人は坂の上まで歩いた。
風が桜の花びらを渦のように舞わせる。
ポチは振り返り、美咲を見上げる。
「僕ね、あの時怖くなかったよ」
「え?」
「ミサキが抱いてくれたから。あったかかった」
美咲の頬を、また涙がつたった。
ポチは小さく尻尾を振って、顔を近づけた。
「ミサキ、これからも笑って。
泣いてもいいけど、ちゃんと前を向いてね」
その声は、まるで風の音と一緒に流れていった。
「ポチ……行っちゃうの?」
ポチは首をかしげ、桜の花びらの中をゆっくりと歩き出した。
光の粒がその足元から立ちのぼり、身体を包んでいく。
「待って……まだ言いたいこと、たくさんあるの!」
美咲が駆け寄ると、ポチがふと立ち止まった。
風がふわりと吹き、美咲の頬を撫でる。
「だいじょうぶ。僕は風の中にいる。
君が悲しいとき、風になって寄り添うよ」
光が強くなり、ポチの姿が花びらに溶けるように消えていく。
最後に聞こえた声は――
「ありがとう、ミサキ」
目が覚めた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
美咲は涙で濡れた頬を拭った。
「夢……だったのかな」
机の上のポチの首輪が、風もないのに小さく揺れた。
鈴の音が、かすかに鳴る。
ベランダに出ると、桜坂から朝の風が吹き上がってくる。
その風が髪をなでる。
ポチが言っていた“風の中の声”が、確かにそこにあった。
「……ポチ、ありがとう」
風に向かって微笑む。
頬を伝う涙が、春の光にきらめいた。
そのとき、どこからか花びらが一枚、ふわりと舞ってきた。
指先に乗ると、淡く光った。
それはまるで、ポチの“ありがとう”のかけらだった。
その日、美咲はノートを開いた。
新しいページに、こう書いた。
「風が吹いたら、それはポチの声。
泣いている私を見つけて、“大丈夫”って言ってくれてるんだと思う。」
ペンを置いたあと、窓の外で鈴の音がまた鳴った。
どこまでも優しく、どこまでも切ない音。
桜坂の風が、美咲の髪をそっと揺らす。
その風の中に、確かに――ポチの声が聴こえた。
「ミサキ、笑って」
美咲は空を見上げ、涙の中で笑った。
風が頬を撫で、花びらが舞い上がる。
それは、ポチがもう一度“生きている”と教えてくれる瞬間だった。
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