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第4話 三〇〇ラインの序奏
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草原は未だに朝靄に包まれていました。
先頭を行くディオンは、父ガリアスが遺した古びた地図を広げ、指先でこれからの道程をなぞった。
「ここから聖都『ルーン・ヴィーク』までは、およそ300ライン(300km )。まずは今日中に60ライン(60km )先の草原の休憩所『フェル・フヴィーラ』を目指そう。……長い旅になるな」
その言葉に、後ろを歩く仲間たちが息を呑みました。
「60ライン……。まるで歩行行軍の騎士団が、誰かを救出に行くような強行軍ですね。しかし、これを使えば夕方過ぎには可能でしょう」
ライナスが眼鏡の奥の瞳を細め、静かに詠唱を始め杖を掲げた。
「《ラウフェン・シュネル・ウント・ライト》!(疾風の如く、羽の如く!)」
ライナスの放った淡い緑の光が一行の足を包み込みます。
歩行速度を通常の1.8倍近くに向上させ、疲労を軽減する補助魔法だ。
ディオンは魔法により軽くなった足取りを確かめながら、前を見据えたまま言葉を継ぎました。
「実はね。僕は昨日の夜まで、本気で独りで村を出るつもりだったんだ。昨夜、酒場でバハルにそれを言ったら、『独りで深手を負ったら、誰が治療するんだ?自分で薬草でも塗るのか?骨折や魔傷は?』と詰め寄られてね。薬草を多めに持てばいいと考えていた僕に、バハルは『村では希少な薬草は沢山あったか?』と笑われたんだよ」
「ちょっとちょっと! バハルがそんなこと言ったの!?」
アルベローゼが横から強引に割り込み、ディオンの顔を覗き込みました。
「バハルの言う通りだよ! それにさ、空飛ぶ敵が来たらどうするつもりだったの? 魔法しか効かないヴィルヘル(魔物)に囲まれたら? 剣一本でどうにかできるほど、外の世界は甘くないんだからね!」
「ああ……。バハルにも、全く同じことを言われたよ。それを聞いた時、僕は自分の浅はかさを思い知ったんだ。薬草の予備を持つことしか、頭になかったからね」
「ほらね! やっぱり私がいないとダメじゃん!」
アルベローゼはニシシと笑い、自慢の長弓を軽く鳴らしました。
「バハルさん、凄いですわ。まさかあなたから、そんなに理に適った戦術的な指摘が出てくるなんて……」
エリカが感心したようにバハルを見上げると、バハルは照れくさそうに大きな頭をかいた。
「へへっ、よせやいエリカ! 俺はただ、ディオンが一人で死に急いでるのが気に入らなかっただけだぜ!」
「そう、ディオンさんが初級魔法と剣を同時に使えるのは知っていましたが、大型や心霊系ヴィルヘルは困難でしょうね」
エリカが、杖を肩に掲げながらウィンクしました。
エリカは頷き、それから一行全員に聞こえるよう、凛とした声で釘を刺しました。
「バハルさんの言う通り、私たちは運命共同体です。ライナスさんの魔法があるとはいえ、今日、何としても60ライン先の『休憩所』へ辿り着かねばならない理由を、皆さんは正しく理解していますか?」
「……ヴィルヘルの夜襲を避けるため、ですよね?」
ディオンの問いに、エリカは深く頷き、解説を始めました。
「その通りです。私たちの村のように、守護職の魔導騎士や騎士、魔導士が配置された居住区とは違い、街道は危険に満ちています。しかし、『休憩所』として定められた場所は、街道巡回役騎士団や魔道師団街道警護大隊が定期的に巡回するため、比較的安全に夜を越せます。もしそこへ辿り着けず、それ以外の場所で野営をするとなれば、三名一組で見張りに立ち、狙撃を避ける死角を確保しながら交代で眠るのが常識。夜行性のヴィルヘルの群れに狙われれば、全滅もあり得ます。この世界では、騎士団の管轄外で生き残っているのは、狂暴なヴィルヘルだけですから」
エリカの話にバハルが顔をしかめました。
「……なら、最悪その辺の魔物を狩って肉を食えば、荷物も軽くなるんじゃないか?」
「バハルさん、それは絶対に禁忌ですわ」
エリカの声が一段と厳しくなりました。
「魔物の肉には凝縮された不安定な『魔』が残留しています。それを人が食べれば『魔中毒』を起こしますよ。魔中毒は知ってますよね? 全身の魔力回路に不安定な魔力が入り込んで、とっても気持ちが悪くなるんですから。特に術者が口にすれば、体内の魔力循環が汚染され、魔法回路が不安定になりますので数日間は魔法が使えません。最悪の場合は自らの魔力が暴走して命を落とします」
「げっ、それは御免だぜ!」
バハルの叫びに、アルベローゼも「それは勘弁だね」と耳をぴくつかせました。
「理解できたなら、これからは算術も大事です。15ラインごとに10セグ(10分)休憩を挟むとして、目的地の60ラインまであと何度休憩が必要か。素材の売却益を5人でどう分けるのか。……後で算術の復習をしましょうね。計算ができないと、商人に買い叩かれてしまいますよ?」
「げぇっ、また算数かよ! ……ええい、とにかく肉は食わねえ、素材は売る! それでいいだろ!」
「はいはい、算術は後! 高く売れそうな『獲物』が来たよ!」
アルベローゼが鋭く叫び、弓を構えた。魔物の素材は高額で売却できるのだ。
草むらを割り、青い光を放つ雷蹄獣『フリョル・ヴィンド』が躍り出ました。さらに巨大な蚊のような姿の鋏翅蚊『シェーレン・ムッケ』、そして裂鎌鳥『ガザル・ヴォルド』が数匹、同時に飛来した。
「エリカ、来るぞ!」
「ええ! ……《ヴォーゲン・イグニ》!(火焔よ、飛べ!)」
エリカの火球が雷撃を相殺し、ディオンが斬り込む。ディオンが負傷するが即座にライナスの回復魔法、《ヘルサ・ヴェーア》!が傷を塞ぎ、アルベローゼの矢が空を制し、バハルが盾となって敵を押し返した。
夕刻、早朝から走り抜けた一行は、ライナスの魔法の恩恵もあり、無事に『フェル・フヴィーラ』に到着しました。
「……60ライン。一人だったら、きっとここまで辿り着けなかった」
ディオンの言葉に、エリカは静かに微笑みました。
「バハルさんに感謝しなくてはいけませんね。この旅は、皆の知恵と力があって初めて成立するものなのですから」
先頭を行くディオンは、父ガリアスが遺した古びた地図を広げ、指先でこれからの道程をなぞった。
「ここから聖都『ルーン・ヴィーク』までは、およそ300ライン(300km )。まずは今日中に60ライン(60km )先の草原の休憩所『フェル・フヴィーラ』を目指そう。……長い旅になるな」
その言葉に、後ろを歩く仲間たちが息を呑みました。
「60ライン……。まるで歩行行軍の騎士団が、誰かを救出に行くような強行軍ですね。しかし、これを使えば夕方過ぎには可能でしょう」
ライナスが眼鏡の奥の瞳を細め、静かに詠唱を始め杖を掲げた。
「《ラウフェン・シュネル・ウント・ライト》!(疾風の如く、羽の如く!)」
ライナスの放った淡い緑の光が一行の足を包み込みます。
歩行速度を通常の1.8倍近くに向上させ、疲労を軽減する補助魔法だ。
ディオンは魔法により軽くなった足取りを確かめながら、前を見据えたまま言葉を継ぎました。
「実はね。僕は昨日の夜まで、本気で独りで村を出るつもりだったんだ。昨夜、酒場でバハルにそれを言ったら、『独りで深手を負ったら、誰が治療するんだ?自分で薬草でも塗るのか?骨折や魔傷は?』と詰め寄られてね。薬草を多めに持てばいいと考えていた僕に、バハルは『村では希少な薬草は沢山あったか?』と笑われたんだよ」
「ちょっとちょっと! バハルがそんなこと言ったの!?」
アルベローゼが横から強引に割り込み、ディオンの顔を覗き込みました。
「バハルの言う通りだよ! それにさ、空飛ぶ敵が来たらどうするつもりだったの? 魔法しか効かないヴィルヘル(魔物)に囲まれたら? 剣一本でどうにかできるほど、外の世界は甘くないんだからね!」
「ああ……。バハルにも、全く同じことを言われたよ。それを聞いた時、僕は自分の浅はかさを思い知ったんだ。薬草の予備を持つことしか、頭になかったからね」
「ほらね! やっぱり私がいないとダメじゃん!」
アルベローゼはニシシと笑い、自慢の長弓を軽く鳴らしました。
「バハルさん、凄いですわ。まさかあなたから、そんなに理に適った戦術的な指摘が出てくるなんて……」
エリカが感心したようにバハルを見上げると、バハルは照れくさそうに大きな頭をかいた。
「へへっ、よせやいエリカ! 俺はただ、ディオンが一人で死に急いでるのが気に入らなかっただけだぜ!」
「そう、ディオンさんが初級魔法と剣を同時に使えるのは知っていましたが、大型や心霊系ヴィルヘルは困難でしょうね」
エリカが、杖を肩に掲げながらウィンクしました。
エリカは頷き、それから一行全員に聞こえるよう、凛とした声で釘を刺しました。
「バハルさんの言う通り、私たちは運命共同体です。ライナスさんの魔法があるとはいえ、今日、何としても60ライン先の『休憩所』へ辿り着かねばならない理由を、皆さんは正しく理解していますか?」
「……ヴィルヘルの夜襲を避けるため、ですよね?」
ディオンの問いに、エリカは深く頷き、解説を始めました。
「その通りです。私たちの村のように、守護職の魔導騎士や騎士、魔導士が配置された居住区とは違い、街道は危険に満ちています。しかし、『休憩所』として定められた場所は、街道巡回役騎士団や魔道師団街道警護大隊が定期的に巡回するため、比較的安全に夜を越せます。もしそこへ辿り着けず、それ以外の場所で野営をするとなれば、三名一組で見張りに立ち、狙撃を避ける死角を確保しながら交代で眠るのが常識。夜行性のヴィルヘルの群れに狙われれば、全滅もあり得ます。この世界では、騎士団の管轄外で生き残っているのは、狂暴なヴィルヘルだけですから」
エリカの話にバハルが顔をしかめました。
「……なら、最悪その辺の魔物を狩って肉を食えば、荷物も軽くなるんじゃないか?」
「バハルさん、それは絶対に禁忌ですわ」
エリカの声が一段と厳しくなりました。
「魔物の肉には凝縮された不安定な『魔』が残留しています。それを人が食べれば『魔中毒』を起こしますよ。魔中毒は知ってますよね? 全身の魔力回路に不安定な魔力が入り込んで、とっても気持ちが悪くなるんですから。特に術者が口にすれば、体内の魔力循環が汚染され、魔法回路が不安定になりますので数日間は魔法が使えません。最悪の場合は自らの魔力が暴走して命を落とします」
「げっ、それは御免だぜ!」
バハルの叫びに、アルベローゼも「それは勘弁だね」と耳をぴくつかせました。
「理解できたなら、これからは算術も大事です。15ラインごとに10セグ(10分)休憩を挟むとして、目的地の60ラインまであと何度休憩が必要か。素材の売却益を5人でどう分けるのか。……後で算術の復習をしましょうね。計算ができないと、商人に買い叩かれてしまいますよ?」
「げぇっ、また算数かよ! ……ええい、とにかく肉は食わねえ、素材は売る! それでいいだろ!」
「はいはい、算術は後! 高く売れそうな『獲物』が来たよ!」
アルベローゼが鋭く叫び、弓を構えた。魔物の素材は高額で売却できるのだ。
草むらを割り、青い光を放つ雷蹄獣『フリョル・ヴィンド』が躍り出ました。さらに巨大な蚊のような姿の鋏翅蚊『シェーレン・ムッケ』、そして裂鎌鳥『ガザル・ヴォルド』が数匹、同時に飛来した。
「エリカ、来るぞ!」
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夕刻、早朝から走り抜けた一行は、ライナスの魔法の恩恵もあり、無事に『フェル・フヴィーラ』に到着しました。
「……60ライン。一人だったら、きっとここまで辿り着けなかった」
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