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第15話 器の条件、赦されざる母の涙
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群青の浸食(十九時)。
『白亜の揺り籠亭』の静かな廊下に、控えめながらも重みのあるノックの音が響きました。
現れたのは、上級司祭サミュエル・ラドクリフだ。彼は一行を前に、深い敬意を込めて一礼しました。
「夜分に失礼いたします。ヴァルディス大司教の命により参りました。明日、陽光の行進(九時)、王都中央大聖堂へお越しください。皆さまの運命に関わる、全ての真実をお話しする用意が整いました」
その真剣な眼差しに、ディオンは無言で頷くしかありませんでした。
翌朝。
案内されたのは大聖堂の最深部、『極星大聖魔道の間』である。
広さは約五十ガルク四方。
天井は気が遠くなるほど高く、その中央には、巨大な水晶の結晶にも似たクリスタルが静かに浮遊していました。
ディオンとエリカがその部屋に入った瞬間、クリスタルの輝きに反応するように、二人の身体からドロリとした不気味な黒い煙が立ち上る。
それを見たヴァルディス大司教は、確信を持って呟きました。
「……ああ、やはり間違いありません。この聖結界は、いかなる邪悪も消滅させる、現在の人類の魔導技術でできる最強の破邪魔法技術。これで消滅せず、煙として見えるような邪悪があるならば、それはもはや人類が対抗できる存在ではないという証なのです」
大司教は、震える一行に向き直り、静かに語り始めました。
「あなた方の故郷、アイナル村の守護職カイルや村長より、全てを聞いています。今から、諸君の血脈に刻まれた過酷な真実を、全てお話ししましょう」
「ライナス様、ディオン様。あなた方の血族は、二〇〇〇年続く古代エルフ族の末裔です。混血が進み見た目は人間となりましたが、一族に継承されたのは『魔王封印の魔法』。封印すべき対象は、魔王アニマ=ゼロ。肉体を持たぬ霊体であり、人に憑依して体を簒奪し、世を統べようとする災厄です。二〇〇〇年前にこの世界の文明が興ったのと時を同じくして現れたこの魔王は、あなた方の村のどこかに、一族によって代々封印されてきたのです」
「あなた方の父ガリアス様が一族の正統後継者であり、その先妻でライナス様の母セレスティナ様は、ガリアス様の異母妹でした。そして後妻のイゾルデ様はセレスティナ様の実妹。一族は血統と秘術を守るため、代々その絆を結び、村の守護職として魔王を見守る『檻の番人』を務めてきたのです。ガリアス様が授けた剣術や魔術が既存のものと違うのは、それが魔王を御するための秘術そのものだったからに他なりません」
「惨劇は、エリカ様が三歳の時に始まりました。古い封印が解け、魔王の意識が最も近くにいたあなたに憑依した。セレスティナ様は命を失うことを承知で封印を試みましたが、魔王の力はあまりに強すぎた。そこで彼女は、魔王の意識を二つに分断し、半分を十歳のライナス様へ、もう半分をエリカ様の中に構築した『封印の檻』へと閉じ込めたのです」
「伝承によれば、魔王の器となり得るのは一族の血を引く十五歳以下の子供のみ。大人の完成された魂では、魔王の強大な自我に触れた瞬間、拒絶反応で器ごと砕け散ってしまう。未完成な子供の魂でなければ、この異物を内包し続けることはできないのです。『ライナス、ごめんね……』。セレスティナ様はそう繰り返しながら絶命されました」
「エリカ様に封印を続けたのは代替え手段がなかったからですが、奇跡的に封印が適合したと記録されています。おそらく、エリカ様は遠い縁戚に当たるのかもしれません」
「その数年後、ライナス様の封印が限界を迎えました。四散しそうなライナス様の体を救うため、イゾルデ様はライナス様の中の魔王を、生まれたばかりの我が子、ディオン様へと移し替えた。彼女もまた、『ディオン、ごめんなさい』と死の瞬間まで繰り返しながら亡くなったのです。一族の血を絶やさぬため、そして呪いを引き受けるために」
「月が太陽と重なり、莫大な魔力が自然発生する特別な夜。その魔力に当てられ、ディオン様は発狂しました。さらに時を同じくして魔法学校に通われていたエリカ様が里帰り中に、実家で発狂されました。ガリアス様は、今、命をかけて封印を施さねば我が子が死ぬ。秘術を授けることが出来ない事を心残りにして、私宛に詳細を記した手紙を用意しました。そして、自らの命を媒介にしてディオン様とエリカ様の『封印の殻』を強化し、息を引き取りました」
「ガリアス様がアイナル村にいる事、一族がいる事自体が、全て王家の機密事項なのです。今回お話しした内容も、全て国家機密事項案件として纏める事が困難でして、それぞれの正式な日付等についてはお調べする事が出来ませんでした」
大司教は深く頭を下げました。
「あなた方は、世界を破滅から救い続けてきた英雄の一族です。そして、魔王を封印する秘術は失われてしまいました。もし解決方法として、お二人を殺せば魔王は目覚め、世界を蹂躙し、生かしておいても封印は少しずつ壊れていく。二〇〇〇年前の災厄に対し、もはや対応策は分かりません」
「しかし……これだけは忘れないでください。ガリアス様、セレスティナ様、イゾルデ様。彼ら三人は、間違いなくこの世界を、そして何よりあなた方を守り抜いた、真の英雄なのです」
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現れたのは、上級司祭サミュエル・ラドクリフだ。彼は一行を前に、深い敬意を込めて一礼しました。
「夜分に失礼いたします。ヴァルディス大司教の命により参りました。明日、陽光の行進(九時)、王都中央大聖堂へお越しください。皆さまの運命に関わる、全ての真実をお話しする用意が整いました」
その真剣な眼差しに、ディオンは無言で頷くしかありませんでした。
翌朝。
案内されたのは大聖堂の最深部、『極星大聖魔道の間』である。
広さは約五十ガルク四方。
天井は気が遠くなるほど高く、その中央には、巨大な水晶の結晶にも似たクリスタルが静かに浮遊していました。
ディオンとエリカがその部屋に入った瞬間、クリスタルの輝きに反応するように、二人の身体からドロリとした不気味な黒い煙が立ち上る。
それを見たヴァルディス大司教は、確信を持って呟きました。
「……ああ、やはり間違いありません。この聖結界は、いかなる邪悪も消滅させる、現在の人類の魔導技術でできる最強の破邪魔法技術。これで消滅せず、煙として見えるような邪悪があるならば、それはもはや人類が対抗できる存在ではないという証なのです」
大司教は、震える一行に向き直り、静かに語り始めました。
「あなた方の故郷、アイナル村の守護職カイルや村長より、全てを聞いています。今から、諸君の血脈に刻まれた過酷な真実を、全てお話ししましょう」
「ライナス様、ディオン様。あなた方の血族は、二〇〇〇年続く古代エルフ族の末裔です。混血が進み見た目は人間となりましたが、一族に継承されたのは『魔王封印の魔法』。封印すべき対象は、魔王アニマ=ゼロ。肉体を持たぬ霊体であり、人に憑依して体を簒奪し、世を統べようとする災厄です。二〇〇〇年前にこの世界の文明が興ったのと時を同じくして現れたこの魔王は、あなた方の村のどこかに、一族によって代々封印されてきたのです」
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「惨劇は、エリカ様が三歳の時に始まりました。古い封印が解け、魔王の意識が最も近くにいたあなたに憑依した。セレスティナ様は命を失うことを承知で封印を試みましたが、魔王の力はあまりに強すぎた。そこで彼女は、魔王の意識を二つに分断し、半分を十歳のライナス様へ、もう半分をエリカ様の中に構築した『封印の檻』へと閉じ込めたのです」
「伝承によれば、魔王の器となり得るのは一族の血を引く十五歳以下の子供のみ。大人の完成された魂では、魔王の強大な自我に触れた瞬間、拒絶反応で器ごと砕け散ってしまう。未完成な子供の魂でなければ、この異物を内包し続けることはできないのです。『ライナス、ごめんね……』。セレスティナ様はそう繰り返しながら絶命されました」
「エリカ様に封印を続けたのは代替え手段がなかったからですが、奇跡的に封印が適合したと記録されています。おそらく、エリカ様は遠い縁戚に当たるのかもしれません」
「その数年後、ライナス様の封印が限界を迎えました。四散しそうなライナス様の体を救うため、イゾルデ様はライナス様の中の魔王を、生まれたばかりの我が子、ディオン様へと移し替えた。彼女もまた、『ディオン、ごめんなさい』と死の瞬間まで繰り返しながら亡くなったのです。一族の血を絶やさぬため、そして呪いを引き受けるために」
「月が太陽と重なり、莫大な魔力が自然発生する特別な夜。その魔力に当てられ、ディオン様は発狂しました。さらに時を同じくして魔法学校に通われていたエリカ様が里帰り中に、実家で発狂されました。ガリアス様は、今、命をかけて封印を施さねば我が子が死ぬ。秘術を授けることが出来ない事を心残りにして、私宛に詳細を記した手紙を用意しました。そして、自らの命を媒介にしてディオン様とエリカ様の『封印の殻』を強化し、息を引き取りました」
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