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4.婚約破棄、勘当、そして拉致
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数時間で馬車を降りて森を抜ける。
もう完全に日が沈んで真っ暗だったが、潮騒が聞こえて、すぐそこが海だとわかった。
港からは少し離れた場所だ。
月が雲に隠れているせいで、正確な時間はわからないが、船が出る夜明けまではまだ遠い。
御者の話だと、この近くに小さな宿が一見あるらしい。
幸いなことに今日のパーティの主役だったから、貴金属は山ほど身に着けている。
ピアスだけであと五個はあるし、それだけでも一般国民からすれば一財産だ。
蛇蝎のごとく嫌われてはいたけれど、見栄や体面を気にする両親だったから、ドレスも最上級だ。
全てを売れば、しばらくはお金に困らない生活を送れる。
将来への展望は、割と明るい。
夜明けまであとどれくらいだろう。
見当もつかなかったが、神経が高ぶっているのか眠気はなかった。
崖まで歩いて、黒い海をぼんやり眺める。
崖の下は岩場になっていて、すぐに海へと続いている。
人の気配は全くない。
波の音だけが断続的に聞こえて、落ち着いて物を考えるには最適だ。
黒い水面をスクリーンに、今日一日で起こったことを思い描いてみる。
国家反逆疑惑からの婚約破棄。
それから親友の裏切り。
あの場にいた親からのフォローもなく、冷たい目で見られるばかりだった。
すごい一日だ。
これから先、どんなひどいことが起こったとしても今日よりはマシだと思えるのではないか。
そんなことを考えて苦笑する。
頭を切り替えて、今度はこれからのことを思う。
やりたいことをあれこれ想像すれば、気分が高揚した。
何をやっても自由だし、私がやることを否定する人間はいないのだ。
これから何をしよう。せっかく剣技の腕を鍛えたのだから、一人で冒険に出るのもいいかもしれない。
そういえばこの世界の海って初めてだったなと思い出し、崖の縁ギリギリまで行ってみる。
つま先が崖っぷちにかかって、崩れた石がカラカラと音を立てて落ちていった。
視界一杯に漆黒の海がひらけて、世界は広いんだよなと今更ながら思い知る。
狭い世界で生きて、正しい道を歩んでいるのだと、愚かにも信じていた。
この国のこの価値観が全てなのだと、思い込んで勝手に息苦しさを感じていた。
それももう終わったのだ。
私は今日から新しい私になる。
こぶしを握りしめて心に強く誓えば、明日は明るいものに思えてきた。
唐突に、背後に気配を感じて素早く振り返る。
私がちゃんと国外に出ていったかを確認するために、王宮から派遣されてきた人間だろうか。
警戒しながら、暗闇の中を悠然と歩いてくる人影をじっと見る。
いつの間にか少し雲が薄くなっていて、それが背の高い男だということが分かった。
「よう嬢ちゃん。こんな夜中に散歩かい」
月の明かりを溶かしこんだような艶やかな声が、軽薄なセリフを紡ぐ。
顔の輪郭がはっきりするまで近寄ってきた人物は、セリフの通りに軽薄は笑みを浮かべていた。
「……えぇ。そんなところです」
油断なく男の風体に視線を走らせる。
正確な身長はわからないが、かなりの偉丈夫だ。
ラフな格好はチンピラっぽいのに、不思議と下品な感じがしない。
王宮で働く人間にはとても見えないが、ならばなぜこんな時間にこんな場所に。
一体この男は何者なのだろう。
「こんな時間に女の一人歩きは危険だぜ。ついててやろうか」
「必要ありません。お気遣いいただかなくて結構ですわ」
「夜はまだ冷える。温かいとこに連れてってやる」
「近くに宿をとってありますので」
会話の内容的にはたぶん、ナンパみたいなものだろうか。
強引にどうこうする様子はないが、場違いなこの格好を見て、面白がって寄ってきたのかもしれない。
けれどただのナンパ野郎にしては、妙な余裕があると言うか、下卑たいやらしさのようなものを感じない。
男は、警戒心丸出しの私の視線をものともしない。
それどころか、怯えるでもない私を見て、男は面白そうな表情を浮かべた。
「そうか。じゃあ宿はどこだ? 送ってってやるよ」
「結構です。一人で帰れますわ」
帰る場所はもうないのだけど、とは言わず。
きっぱりと言い放つと、男が笑みを深くした。
その笑みにどこか底知れないものを感じ、変に刺激を与えないように微笑んで見せる。
そうしてドレス越しにそっと太腿に触れて、レッグホルスターに挿してあるナイフの存在を確認する。
「気に入った」
「は?」
「いいねその強気な態度。悪くない」
「なに、なんですの、」
「あんたを攫って行くことにした。いいよな」
「は!? いいわけないでしょ!!」
突然何を言い出したのかと目を白黒させる。
男はやれやれとでも言いたげに肩を竦め首をふり、偉そうに嘆息した。
「生憎許可は必要ない」
「な、」
「欲しいものは奪う主義なんでね」
「きゃあっ」
予備動作もなくグッと距離を縮められ、崖っぷちでそれ以上うしろに逃げることも出来ず、腰に腕が絡みつく。
「ちょっ、」
避けられなかった。
油断はしていなかったのに。
なんならいつでもナイフを掴めるように、身体中に神経を張り巡らせていたのに。
「つかまえた」
戸惑う間に抱き寄せられて、身体が密着する。
胸板の厚みと身長差に、自然と背が反った。
雲が途切れ、月の光が差し込む。
見上げる先で、男が蠱惑的に笑った。
「これでおまえは俺のモノだ」
ただのチンピラでは出せないだろう凄味と色気に、くらりと眩暈がした。
「……あなた、何者なの」
思わず口をついて出た問い。
男はますます面白そうに唇を釣り上げた。
そして一言、ただ簡潔に。
「――海賊だ」
そう告げて、私を抱き上げ駆け出した。
もう完全に日が沈んで真っ暗だったが、潮騒が聞こえて、すぐそこが海だとわかった。
港からは少し離れた場所だ。
月が雲に隠れているせいで、正確な時間はわからないが、船が出る夜明けまではまだ遠い。
御者の話だと、この近くに小さな宿が一見あるらしい。
幸いなことに今日のパーティの主役だったから、貴金属は山ほど身に着けている。
ピアスだけであと五個はあるし、それだけでも一般国民からすれば一財産だ。
蛇蝎のごとく嫌われてはいたけれど、見栄や体面を気にする両親だったから、ドレスも最上級だ。
全てを売れば、しばらくはお金に困らない生活を送れる。
将来への展望は、割と明るい。
夜明けまであとどれくらいだろう。
見当もつかなかったが、神経が高ぶっているのか眠気はなかった。
崖まで歩いて、黒い海をぼんやり眺める。
崖の下は岩場になっていて、すぐに海へと続いている。
人の気配は全くない。
波の音だけが断続的に聞こえて、落ち着いて物を考えるには最適だ。
黒い水面をスクリーンに、今日一日で起こったことを思い描いてみる。
国家反逆疑惑からの婚約破棄。
それから親友の裏切り。
あの場にいた親からのフォローもなく、冷たい目で見られるばかりだった。
すごい一日だ。
これから先、どんなひどいことが起こったとしても今日よりはマシだと思えるのではないか。
そんなことを考えて苦笑する。
頭を切り替えて、今度はこれからのことを思う。
やりたいことをあれこれ想像すれば、気分が高揚した。
何をやっても自由だし、私がやることを否定する人間はいないのだ。
これから何をしよう。せっかく剣技の腕を鍛えたのだから、一人で冒険に出るのもいいかもしれない。
そういえばこの世界の海って初めてだったなと思い出し、崖の縁ギリギリまで行ってみる。
つま先が崖っぷちにかかって、崩れた石がカラカラと音を立てて落ちていった。
視界一杯に漆黒の海がひらけて、世界は広いんだよなと今更ながら思い知る。
狭い世界で生きて、正しい道を歩んでいるのだと、愚かにも信じていた。
この国のこの価値観が全てなのだと、思い込んで勝手に息苦しさを感じていた。
それももう終わったのだ。
私は今日から新しい私になる。
こぶしを握りしめて心に強く誓えば、明日は明るいものに思えてきた。
唐突に、背後に気配を感じて素早く振り返る。
私がちゃんと国外に出ていったかを確認するために、王宮から派遣されてきた人間だろうか。
警戒しながら、暗闇の中を悠然と歩いてくる人影をじっと見る。
いつの間にか少し雲が薄くなっていて、それが背の高い男だということが分かった。
「よう嬢ちゃん。こんな夜中に散歩かい」
月の明かりを溶かしこんだような艶やかな声が、軽薄なセリフを紡ぐ。
顔の輪郭がはっきりするまで近寄ってきた人物は、セリフの通りに軽薄は笑みを浮かべていた。
「……えぇ。そんなところです」
油断なく男の風体に視線を走らせる。
正確な身長はわからないが、かなりの偉丈夫だ。
ラフな格好はチンピラっぽいのに、不思議と下品な感じがしない。
王宮で働く人間にはとても見えないが、ならばなぜこんな時間にこんな場所に。
一体この男は何者なのだろう。
「こんな時間に女の一人歩きは危険だぜ。ついててやろうか」
「必要ありません。お気遣いいただかなくて結構ですわ」
「夜はまだ冷える。温かいとこに連れてってやる」
「近くに宿をとってありますので」
会話の内容的にはたぶん、ナンパみたいなものだろうか。
強引にどうこうする様子はないが、場違いなこの格好を見て、面白がって寄ってきたのかもしれない。
けれどただのナンパ野郎にしては、妙な余裕があると言うか、下卑たいやらしさのようなものを感じない。
男は、警戒心丸出しの私の視線をものともしない。
それどころか、怯えるでもない私を見て、男は面白そうな表情を浮かべた。
「そうか。じゃあ宿はどこだ? 送ってってやるよ」
「結構です。一人で帰れますわ」
帰る場所はもうないのだけど、とは言わず。
きっぱりと言い放つと、男が笑みを深くした。
その笑みにどこか底知れないものを感じ、変に刺激を与えないように微笑んで見せる。
そうしてドレス越しにそっと太腿に触れて、レッグホルスターに挿してあるナイフの存在を確認する。
「気に入った」
「は?」
「いいねその強気な態度。悪くない」
「なに、なんですの、」
「あんたを攫って行くことにした。いいよな」
「は!? いいわけないでしょ!!」
突然何を言い出したのかと目を白黒させる。
男はやれやれとでも言いたげに肩を竦め首をふり、偉そうに嘆息した。
「生憎許可は必要ない」
「な、」
「欲しいものは奪う主義なんでね」
「きゃあっ」
予備動作もなくグッと距離を縮められ、崖っぷちでそれ以上うしろに逃げることも出来ず、腰に腕が絡みつく。
「ちょっ、」
避けられなかった。
油断はしていなかったのに。
なんならいつでもナイフを掴めるように、身体中に神経を張り巡らせていたのに。
「つかまえた」
戸惑う間に抱き寄せられて、身体が密着する。
胸板の厚みと身長差に、自然と背が反った。
雲が途切れ、月の光が差し込む。
見上げる先で、男が蠱惑的に笑った。
「これでおまえは俺のモノだ」
ただのチンピラでは出せないだろう凄味と色気に、くらりと眩暈がした。
「……あなた、何者なの」
思わず口をついて出た問い。
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