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71.※ウィル視点③終
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「やべーの連れてきちまったじゃねぇか……」
「あはは、レジーナ見たとき腰抜かしそうになりましたよ」
一気に血の気の引く俺とは対照的に、アルフレッドが楽しそうに笑う。
直属の部下だったあの頃に比べるとずいぶん砕けた態度になったと思う。
「早く言えよ馬鹿!」
「いやだって彼女が望んであの環境を出たなら大賛成なんで」
母親と思しき人物の態度が気になって、アルからあのあと少し聞いてはいたが、レジーナは家族と上手くいっていなかったらしい。
わからなくはない。
古くから続く伝統的な貴族というものは、保守的な考えから抜け出せないまま凝り固まっていくから。
アーヴァイン家もまさしくそうなのだろう。
そのうえ娘が王妃候補なのだ。何が何でも伝統の型に押し込めた、つまらない淑女に仕立て上げたかったに違いない。
アルの家もそうだった。
だから余計にレジーナに肩入れし、親の抑圧に負けないレジーナを崇め、助けたいと思ったのだろう。
「にしたって俺には言えよ……」
カクンと項垂れて深いため息をつく。
王族に入る予定だった娘を攫ってくるなんて、一級犯罪だ。
自殺志願者と勘違いしたとは言え、本人がけろっとしてるとは言え、それで罪が帳消しになるわけではない。
傍から見れば海賊がレジーナを拉致して軟禁しているようにしか見えないのくらいわかる。
それがバレたら今までの比ではないくらいの追手がつくだろう。
「……気付いて欲しくなかったから」
「あ?」
「いいえなんでも」
何が言いてぇ、と目つきを鋭くするが、アルに堪えた様子はなく、これ以上は言わないという意思を感じる完璧な笑みを見せるだけだった。
こうなったらテコでも動かないのは知っている。
仕方なくアルの言葉は置いといて、改めて考える。
気付けなかったのは確かに不覚だ。
だって少年みたいだったのだ。
それがあんなに手足が伸びて、出るとこは出っ張って、髪も伸びてえらく女らしくなっていた。
老獪な大人だらけの華やかな場所でも臆することなく顔を上げ、負けまいと歯を食いしばっていた。必死さすら感じる、闘志に燃える瞳をしていたのに、再び出会った時にはどこかスッキリした顔になっていた。
それですぐに思い出せという方が無理がある。
「……まぁ攫っちまったもんはしょうがねぇ」
考えた末、俺は悪くない、と結論付けて開き直る。
「あんなとこでフラフラしてんのが悪ぃよな」
同意を求めるように「な」と付け足すと、アルが盛大に噴き出した。
「っくく、……船長のそういうとこ好きです」
「そうかよ」
笑いが収まらないまま言って、いらん告白をしてくる。
男に好かれても嬉しくもなんともない。
「レーナ、絶対降ろさないでくださいね」
あえてレーナと呼ぶことに、レジーナの意思を尊重したいという思惑が読み取れる。
海軍を抜けてすっかりチャラくなってしまったが、たぶんレジーナ以外の女と本気でどうこうするつもりにならないせいなのだろう。
他の女たちと同じような態度で接していても、レジーナを見る目だけは真剣だというのはずいぶん前から気付いていた。
それなのに一切手を出さないのは何故だろう。
最初に俺が船員達に言った「手を出すな」という言いつけを律儀に守っているのか。
それとも、見ているだけでいいなんて殊勝なことを考えているのだろうか。
理解は出来なかったが、なんだかんだ自分以外を優先しがちなアルらしい。
「心配すんな、降ろすつもりはねぇよ」
単純に彼女の出自に驚いただけで、気付いてしまったからじゃあ帰してあげましょうなんていうつもりは毛頭なかった。それくらい、レジーナはもうこの船に欠かせない存在になっている。
そもそもレジーナの言うことが本当ならば、彼女は親にも国にも見捨てられたのだ。
レジーナが望むならまだしも、わざわざそいつらに戻してやる義理もない。
だいたい、こっちはとっくに犯罪者の身だ。今更罪状がひとつやふたつ増えたところでどうということもないのだ。
それよりもレジーナだ。
いいや、もうレーナか。
あいつは大丈夫だろうか。
たぶん、今日、初めて人を殺した。
平気な顔でシャワー室に向かっていったが、見た目の通りに信じていい単純な女ではない。
それはもう嫌というほど知っていた。
知っていたのに。
甲板での祝勝会で、レーナが綺麗に笑うのを。
アルや俺と楽しそうにダンスをするのを見て。
すっかり気を抜いて、やっぱりあいつは強い女なんだと安心しきった自分を殴ってやりたい。
腕の中で震えて泣くレーナは、年相応に細く頼りなく見えた。
あれだけのことを成し遂げた強い女が、たった十八かそこらの少女なのだというのを嫌というほど思い知る。
縋るように抱き着く身体を、衝動的に強く抱き返しそうになるのを堪えて何度も撫でる。
少しずつ震えは収まり、呼吸が落ち着いていく。
それが寝息に変わるまで時間はかからなかった。
起こさないようにそっと腕に力を込め、こめかみのあたりに口づける。
レーナの強さと、同時に抱える脆さを、知って自覚したのは彼女への想いだ。
大事な仲間だとか、面白い女だとか、そういうものとは明確に違う想い。
いま唐突に芽生えたものではない。
それはきっと、もっと前からあった。
二人きりでの会話を繰り返すうちか。
この船に乗せた時からか。
崖の上に佇み、静かに海を眺める後ろ姿を見たときか。
――あるいは、もっと前から。
気付いてしまえば手を離すことも出来ず、悪いと思いつつもレーナごとベッドに潜りこむ。
余程疲弊していたのだろう、体勢を変えても彼女が目を覚ますことはない。
短くなった髪が、顔に掛かっている。
そっと指で梳くようにどかしてやる。
涙の跡が痛々しかった。
目元に口づけると、背に回された手が無意識に俺のシャツを掴んだ。
それだけで胸が引き絞られるように痛む。
苦しくなって細い身体を腕の中に抱き込むと、胸の痛みは余計に強くなった。
翌朝、すぐに鷹を飛ばして今度はレジーナの名で情報収集の依頼をした。
数日で帰ってきた鷹の足に、結ばれた紙片に書かれた情報を見てすぐに破り捨てる。
はらわたが煮えくり返りそうだった。
レーナが追放された経緯を知ってイライラが止まらない。
こんな上等なものを陥れて捨てるなんて、頭が悪すぎて吐き気がする。
レーナを悲しませたもの全て、ぶち壊して思い知らせてやりたいという気持ちが湧き上がった。
反面、こんな恵まれた環境から海賊に甘んじることなんて本当に出来るのかという疑問もあった。
こんなことにさえならなければ、レーナは一国の最高権力者の一人になっていたのだ。
正確にはその夫となるはずだったクリストフという男が王ということになるが、実権を握るのはおそらくレーナであっただろう。
そのための知識も、度胸も、手腕も兼ね備えているというのは情報を見なくても明白だ。
彼女は本当は戻りたいのではないか。
愚か者どもに愛想を尽かして、清々したという態度でいたとしても、それが本音とは限らないのだ。
時折、遠い目をするのに気付いていた。
どこか懐かしむような、愛おしむようなそんな目だ。
あれは彼女の本当の心を映したものではないのか。
もし戻れる環境が整ったとして、それを知ったレーナが帰りたがったら。
彼女の才覚に嫉妬して追い出そうとする暗愚な王と、男を篭絡するしか能のない毒婦。
本当に国のためになる人物が誰だったのか、馬鹿な大人たちが気付くのは時間の問題だ。
その時、そいつらが彼女を探しに来たら。
何を勘違いしたのか、俺を好きだというレーナに頷くことは出来なかった。
手を出せないアルの気持ちを今更理解する。
要は怖気づいたのだ。
いつか離れて行ってしまうのだと思ったから。
在るべきところに帰ってしまうのだと、それがレーナのためなのだと。
その時、そばにいるべき人間はだれか考える。
俺ではない。
それだけは理解できた。
もしいつかレーナが戻りたいと言うことがあれば、持てるコネや能力の全てを使って、状況を整えた上でアルに連れて行ってもらおう。
たとえ王妃にはなれなかったとしても、アルの実家は嫁入りするのに申し分のない家柄だ。
指名手配中の俺と違って、アルは任務中の海難事故での行方不明者という扱いのはずだ。
勝手に海軍に入って勘当寸前だったとはいえ、有能な息子が有能な嫁候補を連れて戻れば歓迎してくれるだろう。
だからレーナは早く間違いに気付くべきだ。
俺ではなく、アルを選ぶべきだということに。
でないと、何もかもめちゃくちゃにしてでも手に入れたくなってしまうから。
「あはは、レジーナ見たとき腰抜かしそうになりましたよ」
一気に血の気の引く俺とは対照的に、アルフレッドが楽しそうに笑う。
直属の部下だったあの頃に比べるとずいぶん砕けた態度になったと思う。
「早く言えよ馬鹿!」
「いやだって彼女が望んであの環境を出たなら大賛成なんで」
母親と思しき人物の態度が気になって、アルからあのあと少し聞いてはいたが、レジーナは家族と上手くいっていなかったらしい。
わからなくはない。
古くから続く伝統的な貴族というものは、保守的な考えから抜け出せないまま凝り固まっていくから。
アーヴァイン家もまさしくそうなのだろう。
そのうえ娘が王妃候補なのだ。何が何でも伝統の型に押し込めた、つまらない淑女に仕立て上げたかったに違いない。
アルの家もそうだった。
だから余計にレジーナに肩入れし、親の抑圧に負けないレジーナを崇め、助けたいと思ったのだろう。
「にしたって俺には言えよ……」
カクンと項垂れて深いため息をつく。
王族に入る予定だった娘を攫ってくるなんて、一級犯罪だ。
自殺志願者と勘違いしたとは言え、本人がけろっとしてるとは言え、それで罪が帳消しになるわけではない。
傍から見れば海賊がレジーナを拉致して軟禁しているようにしか見えないのくらいわかる。
それがバレたら今までの比ではないくらいの追手がつくだろう。
「……気付いて欲しくなかったから」
「あ?」
「いいえなんでも」
何が言いてぇ、と目つきを鋭くするが、アルに堪えた様子はなく、これ以上は言わないという意思を感じる完璧な笑みを見せるだけだった。
こうなったらテコでも動かないのは知っている。
仕方なくアルの言葉は置いといて、改めて考える。
気付けなかったのは確かに不覚だ。
だって少年みたいだったのだ。
それがあんなに手足が伸びて、出るとこは出っ張って、髪も伸びてえらく女らしくなっていた。
老獪な大人だらけの華やかな場所でも臆することなく顔を上げ、負けまいと歯を食いしばっていた。必死さすら感じる、闘志に燃える瞳をしていたのに、再び出会った時にはどこかスッキリした顔になっていた。
それですぐに思い出せという方が無理がある。
「……まぁ攫っちまったもんはしょうがねぇ」
考えた末、俺は悪くない、と結論付けて開き直る。
「あんなとこでフラフラしてんのが悪ぃよな」
同意を求めるように「な」と付け足すと、アルが盛大に噴き出した。
「っくく、……船長のそういうとこ好きです」
「そうかよ」
笑いが収まらないまま言って、いらん告白をしてくる。
男に好かれても嬉しくもなんともない。
「レーナ、絶対降ろさないでくださいね」
あえてレーナと呼ぶことに、レジーナの意思を尊重したいという思惑が読み取れる。
海軍を抜けてすっかりチャラくなってしまったが、たぶんレジーナ以外の女と本気でどうこうするつもりにならないせいなのだろう。
他の女たちと同じような態度で接していても、レジーナを見る目だけは真剣だというのはずいぶん前から気付いていた。
それなのに一切手を出さないのは何故だろう。
最初に俺が船員達に言った「手を出すな」という言いつけを律儀に守っているのか。
それとも、見ているだけでいいなんて殊勝なことを考えているのだろうか。
理解は出来なかったが、なんだかんだ自分以外を優先しがちなアルらしい。
「心配すんな、降ろすつもりはねぇよ」
単純に彼女の出自に驚いただけで、気付いてしまったからじゃあ帰してあげましょうなんていうつもりは毛頭なかった。それくらい、レジーナはもうこの船に欠かせない存在になっている。
そもそもレジーナの言うことが本当ならば、彼女は親にも国にも見捨てられたのだ。
レジーナが望むならまだしも、わざわざそいつらに戻してやる義理もない。
だいたい、こっちはとっくに犯罪者の身だ。今更罪状がひとつやふたつ増えたところでどうということもないのだ。
それよりもレジーナだ。
いいや、もうレーナか。
あいつは大丈夫だろうか。
たぶん、今日、初めて人を殺した。
平気な顔でシャワー室に向かっていったが、見た目の通りに信じていい単純な女ではない。
それはもう嫌というほど知っていた。
知っていたのに。
甲板での祝勝会で、レーナが綺麗に笑うのを。
アルや俺と楽しそうにダンスをするのを見て。
すっかり気を抜いて、やっぱりあいつは強い女なんだと安心しきった自分を殴ってやりたい。
腕の中で震えて泣くレーナは、年相応に細く頼りなく見えた。
あれだけのことを成し遂げた強い女が、たった十八かそこらの少女なのだというのを嫌というほど思い知る。
縋るように抱き着く身体を、衝動的に強く抱き返しそうになるのを堪えて何度も撫でる。
少しずつ震えは収まり、呼吸が落ち着いていく。
それが寝息に変わるまで時間はかからなかった。
起こさないようにそっと腕に力を込め、こめかみのあたりに口づける。
レーナの強さと、同時に抱える脆さを、知って自覚したのは彼女への想いだ。
大事な仲間だとか、面白い女だとか、そういうものとは明確に違う想い。
いま唐突に芽生えたものではない。
それはきっと、もっと前からあった。
二人きりでの会話を繰り返すうちか。
この船に乗せた時からか。
崖の上に佇み、静かに海を眺める後ろ姿を見たときか。
――あるいは、もっと前から。
気付いてしまえば手を離すことも出来ず、悪いと思いつつもレーナごとベッドに潜りこむ。
余程疲弊していたのだろう、体勢を変えても彼女が目を覚ますことはない。
短くなった髪が、顔に掛かっている。
そっと指で梳くようにどかしてやる。
涙の跡が痛々しかった。
目元に口づけると、背に回された手が無意識に俺のシャツを掴んだ。
それだけで胸が引き絞られるように痛む。
苦しくなって細い身体を腕の中に抱き込むと、胸の痛みは余計に強くなった。
翌朝、すぐに鷹を飛ばして今度はレジーナの名で情報収集の依頼をした。
数日で帰ってきた鷹の足に、結ばれた紙片に書かれた情報を見てすぐに破り捨てる。
はらわたが煮えくり返りそうだった。
レーナが追放された経緯を知ってイライラが止まらない。
こんな上等なものを陥れて捨てるなんて、頭が悪すぎて吐き気がする。
レーナを悲しませたもの全て、ぶち壊して思い知らせてやりたいという気持ちが湧き上がった。
反面、こんな恵まれた環境から海賊に甘んじることなんて本当に出来るのかという疑問もあった。
こんなことにさえならなければ、レーナは一国の最高権力者の一人になっていたのだ。
正確にはその夫となるはずだったクリストフという男が王ということになるが、実権を握るのはおそらくレーナであっただろう。
そのための知識も、度胸も、手腕も兼ね備えているというのは情報を見なくても明白だ。
彼女は本当は戻りたいのではないか。
愚か者どもに愛想を尽かして、清々したという態度でいたとしても、それが本音とは限らないのだ。
時折、遠い目をするのに気付いていた。
どこか懐かしむような、愛おしむようなそんな目だ。
あれは彼女の本当の心を映したものではないのか。
もし戻れる環境が整ったとして、それを知ったレーナが帰りたがったら。
彼女の才覚に嫉妬して追い出そうとする暗愚な王と、男を篭絡するしか能のない毒婦。
本当に国のためになる人物が誰だったのか、馬鹿な大人たちが気付くのは時間の問題だ。
その時、そいつらが彼女を探しに来たら。
何を勘違いしたのか、俺を好きだというレーナに頷くことは出来なかった。
手を出せないアルの気持ちを今更理解する。
要は怖気づいたのだ。
いつか離れて行ってしまうのだと思ったから。
在るべきところに帰ってしまうのだと、それがレーナのためなのだと。
その時、そばにいるべき人間はだれか考える。
俺ではない。
それだけは理解できた。
もしいつかレーナが戻りたいと言うことがあれば、持てるコネや能力の全てを使って、状況を整えた上でアルに連れて行ってもらおう。
たとえ王妃にはなれなかったとしても、アルの実家は嫁入りするのに申し分のない家柄だ。
指名手配中の俺と違って、アルは任務中の海難事故での行方不明者という扱いのはずだ。
勝手に海軍に入って勘当寸前だったとはいえ、有能な息子が有能な嫁候補を連れて戻れば歓迎してくれるだろう。
だからレーナは早く間違いに気付くべきだ。
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