【完結】追放令嬢は海賊生活を謳歌する

当麻リコ

文字の大きさ
74 / 91

74.ひどい男の話

しおりを挟む
記憶の中の彼は無感動で無表情。
誰にも興味がなく、言われたことを淡々とこなすだけの、どこか機械染みた印象だった。
冷たいアイスブルーの瞳は何者も映さず、陶器のような白い肌は傷一つなく、本当に血の通った人間なのかと子供心に不安だった。
髪ももっと、濃厚なハチミツのようなブロンドだったように思う。

「まぁ何年も海にいれば髪も肌も焼けちゃうよねぇ」
「それにしてもその、いろいろ変わりすぎだと思う……」
「あはは俺もそう思う」

隣に座りなおしながら、おどけたようにアルが言う。
衝撃が抜けきらないまま、過去の彼との共通点を探すようにマジマジと見る私に、アルが照れて目を逸らした。

「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど……」

こんな顔も彼はしなかった。
印象が違いすぎて、正体を明かされた今も半信半疑だ。
けれどさっきの会話はよく覚えている。
同じ侯爵家同士、何度か顔を合わせることがあったのに、まともに話したのはその時だけ。
そしてそれが彼との最後の会話だった。

「『私が私であるために。強くならなきゃいけないの』。キミはそう言った」
「……子供の言ったことをよく覚えているのね」
「十歳のキミはもう立派な大人だった。子供だったのは俺の方だ」

懐かしむように言って微笑む。

「俺はずっと親の言いなりで。ずっと頭を押さえつけられてもう反抗する気力もなかった。なのにレジーナは同じような環境にいるはずなのに、いつも前を向いて自分の足でしっかり立ってた。誰になんて言われてもへこたれなかった。自分を曲げなかった。なんで俺ばっかりって思ったよ。なんでレジーナはあんなにって。羨ましかったんだ。嫉妬してた。だから少しでも狼狽える姿が見たくてあんな馬鹿なことを聞いた」
「……全然そんな風に見えなかったわ」
「嫌な奴だろう」

自嘲気味に笑う。
そんな表情も、あの頃のアルフレッドはしなかっただろう。

「でもその答えに救われた。俺はちっとも俺じゃなかった。やりたいこともなりたいものもあったのに、闘うのをやめてしまったんだ」
「……なりたかったものが海軍兵だったの?」

その会話の後。
アルフレッドは侯爵家を出て、海軍の入隊試験に合格したのだと聞いた。

「うん。実はずっと憧れてた。ガキみたいでしょ」
「そんなことない」

どういう経緯で海賊になったのかは分からないが、今のアルフレッドは生き生きとしている。
ならば家を出たことは間違いではなく、彼はそれを何一つ後悔していないということだ。
あの頃の死んだ目をした少年はもうどこにもいない。

きっぱり否定すると、アルフレッドは嬉しそうに目を細めた。

「アルも海軍だったのね。ウィルと一緒に働いてたの?」
「船長、海軍だったことレーナに言ってたんだね……。そう。あの人の部下だった。入隊したときからずっと」
「……海賊になったのもウィルと一緒?」
「うん。勝手に追いかけたんだ。海軍を捨ててね」

アルの瞳に暗い光が宿る。
その表情は、過去を懐かしむようなものとはかけ離れていた。
海軍の話に触れた時のウィルみたいだ。きっと何があったか聞いても話してくれない。
彼らには私の立ち入れない領域があって、それが悲しかった。

「……本当はずっと言わないつもりだった。レジーナがあの場所を捨ててここにいるなら、それを思い出させてしまう俺はもう関わるべきじゃないって」

少し俯き、私から目を逸らして言う。

「けど、レーナ最近ずっと無茶してるだろう。見てられないんだ」
「そんな、無茶なんて」
「してるよ。いつも傷だらけだ」

泣きそうな顔で私の頬に触れる。そこは今日負ったばかりの傷の場所だ。
こんな小さな傷が、私の身体にはいくつもついている。

「大袈裟よ」

苦笑すると、アルの方が痛いみたいな顔をした。

「俺じゃレーナを変えられないのは知ってる。でも覚えておいて。キミが傷付くと悲しむ人がいるって」
「大丈夫だよ、ちゃんとわかってる」

わかってる。
私だって海賊団の誰が傷ついても悲しい。だからその傷全部、出来ることなら私がもらえればいいと思っている。
みんなが大事で、みんなを守りたいから、だから私の傷が少し増えるくらいなんてことないのに。
アルはどうしてだか辛そうな顔をしていた。

「……俺ね、運命だと思ったんだ。レーナがこの船に来た時。こんな場所で巡り合えるなんてって。でも違った。すぐ思い知ったよ。俺が海賊としてここにいる理由も、レーナをここに連れてきたのも、全部船長だ。全部あの人の運命だったんだ。俺はそれに勝手に巻き込まれただけ」
「アル……」
「ウィルが好きだろうレーナ。ずっと見てたからわかるよ。すごい人だよね。俺もずっと憧れてる。女だったら惚れてたかも」

冗談交じりでも、真摯な言葉に泣きそうになる。
私を見透かす青い瞳は、昔と違ってとても優しい。

「……でも、もう振られてるの」
「けど、だからって好きじゃなくなるわけじゃないだろう」

まるで振られたことも知っているみたいにアルが笑う。
同じだからわかるよ、と。

そう、好きな気持ちがなくなることなんかいない。この気持ちを捨てられるはずもない。
ただ好きだと言うのをやめただけ。困った顔を見たくないから、好きじゃないフリをしているだけ。

「うん。ウィルが好き。好きなままだよ。だからごめんなさい、アルの気持ちには応えられない」
「いいんだ、わかってたから。けど、振られても好きだよ」
「……私と一緒ね」
「ふふ。厄介だよね」

泣きそうになりながら言うと、アルが嬉しそうに笑った。

「俺も諦められないし、キミも諦められない」
「……うん」
「そんな簡単に気持ちを切り替えられたら苦労しないよね」
「うん」

頷くことしか出来ない私に、アルが優しく言って微笑む。

「でも、伝えたかったから」
「……好きになってくれてありがとう」
「もし船長に飽きたらさ、俺のこと思い出して乗り換えてくれる可能性がないとも言えないし」

おどけて言うアルに少し笑う。

「そうね。その時は私から告白するわ」
「ホント? じゃあさ、もう一回船長にチャレンジしてみて、やっぱダメだったーってなったら俺ととりあえず付き合ってみない?」

軽い調子の提案は、冗談みたいだったけどたぶん私の背中を押してくれているのだろう。

「でも、言ったらウィルが困るから」
「困らせればよくない? 俺はキミが今困ってるのが嬉しいし楽しい」

悪戯っぽく言われて苦笑する。

「ねえ。あの人俺になんて言ったと思う? レーナが無茶してるって。止められるのはお前だけだどうにかしてこいって」

アルが意味深な笑みを浮かべながら言う言葉に顔が強張る。
そんなこと、ウィルにだけはしてほしくなかった。

「……ウィルがそう言ったの?」
「そう。ひどいよね。レーナが船長好きなの知ってて。俺がレーナを好きなの知ってて。まぁだいたい何を考えての発言かはわかるけど。あの人たまにすごいバカなんだよね」

アルは私の心情を汲み取ってくれたのか、慰めるように私の頭を撫でる。
長い付き合いみたいだからアルは呆れたように笑うが、ウィルが何を考えているかなんて私にはわからない。
私が鬱陶しくて、アルに押し付けようとしたようにしか思えなかった。
諦めきれていないことくらいお見通しだったのだろう。
だからってアルの気持ちも私の気持ちも無視して、こんなのってひどい。

「そんなひどい男に気を遣う必要なんてないでしょ。搔き乱してしっちゃかめっちゃかにしちゃえば。それで早く愛想尽かして俺のところにおいで」
「でも、」
「ほら、行っといで」

微笑みながら優しく言われて、グッと唇を噛む。
アルの気持ちが痛いくらいに伝わって、泣きそうになるのを必死でこらえた。
言いたいことはたくさんあったのに、上手く言葉に出来ない。

「ありがとう。大好きよ」

結局はそれだけしか言えなくて、立ち上がってアルに抱き着く。
すぐに抱き返されて、苦笑交じりに背中をポンポンと叩かれる。

「ひどいな。悪魔のようだ。いいけどさ。こてんぱんに振られて気が済んだら俺のモノになってね」
「いやよ。あなたが私のモノになるの」
「いいね最高」

抱き合ったままで、馬鹿みたいな話をする。
二人して少し泣きそうで、誤魔化すようにそれからしばらくウィルの悪口を言い合った。

月が高く昇って、黒い海を白く照らしていた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。 ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。 しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。 そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。

グリモワールの塔の公爵様【18歳Ver】

屋月 トム伽
恋愛
18歳になり、結婚が近いと思われたプリムローズは、久しぶりに王都の邸にいる婚約者に会いに行っていた。 だけど、義姉クレアと婚約者ジャンのベッドインを目撃してしまい、婚約破棄されてしまったプリムローズ。 プレスコット伯爵家から追い出すための名目で、金持ちの子爵様に売られるも同然の後妻に入ることになったプリムローズ。 そんなある日、夜会で出会ったクライド・レイヴンクロフト次期公爵様から結婚をもうしこまれる。 しかし、クライドにはすでに親の決めた婚約者がおり、第2夫人でいいなら……と、言われる。 後妻に入るよりは、第2夫人のほうがマシかもとか思っていると、約束だ、と頬にキスをされた。 「必ず迎え入れる」と約束をしたのだ。 でも、クライドとのデートの日にプリムローズは来なかった。 約束をすっぽかされたと思ったクライドは、その日から一向にプリムローズと会うことはなかった。 時折出す手紙のやり取り。プリムローズがどうしたいのかわからないクライドは困惑していた。 そして、プレスコット家での現状を知り、クライドはプリムローズをプレスコット伯爵邸から連れ出し、グリモワールの塔に連れて行き……。 最初は、形だけの結婚のつもりかと思っていたのに、公爵様はひどく甘く、独占欲の固まりだった。 ※以前投稿してました作品を【18歳Ver】に書き直したものです。

【完結】王子から婚約解消されましたが、次期公爵様と婚約して、みんなから溺愛されています

金峯蓮華
恋愛
 ヴィオレッタは幼い頃から婚約していた第2王子から真実の愛を見つけたと言って、婚約を解消された。  大嫌いな第2王子と結婚しなくていいとバンザイ三唱していたら、今度は年の離れた。筆頭公爵家の嫡男と婚約させられた。  のんびり過ごしたかったけど、公爵夫妻と両親は仲良しだし、ヴィオレッタのことも可愛がってくれている。まぁいいかと婚約者生活を過ごしていた。  ヴィオレッタは婚約者がプチヤンデレなことには全く気がついてなかった。  そんな天然気味のヴィオレッタとヴィオレッタ命のプチヤンデレユリウスの緩い恋の物語です。  ゆるふわな設定です。  暢気な主人公がハイスペプチヤンデレ男子に溺愛されます。  R15は保険です。

「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ

西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。 エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。 ※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。 2025.5.29 完結いたしました。

処理中です...