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第一章
午後14時50分
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あと一回でゴールドカードだ。
黄花荘のすぐ隣の人がすれ違えるかどうかくらいの急勾配を下って、しばし歩いたところにあるインドカレースタンド「ヨガカリー」。部屋に食品がなく、どうもうだつの上がらない日常にスパイスを与えてくれるそのカレーは、私にとっての最高の滋養強壮剤だ。イヤホンの音楽に噛み付いてくる、店内は南アジア風の陽気なBGMが流れ、油で滑りやすい床に、やけに重い椅子が8個L字方カウンターに並べられている。ヨガカリーの食券を買い、食券を店員に渡す。
「オコノミ、ドウシマスカ?」
「3辛大で。」
「シルバーカードハ?」
「ピクルス玉ねぎでお願いします。」
「アイ、チキンカリ、サンカラダイ、タマネギね」とオーナーに声を掛け、インド人風の店員が元気に去っていく。先程注いだ冷や水の氷が既に無くなってしまった。新しい氷と水を注ぎ足し、冷え切らないプラスチックのコップの杯を乾かす。
昨日買った新品の服の白いTシャツをどうしても着て行きたかった私は結局のところ、なんとなくいつもの道を通り、いつものカレー屋から喫茶店にこもり、夕方散歩して帰る線路の上を歩き出してしまった。しかし、先程からどうも外が暗くなり、次第に土砂降りになった。チキンカリサンカラダイタマネギを口に運びながら、ぼんやりと外の雨目をやる。
新しい白いシャツの袖口から白く薄くなった魂が抜け殻に目配せしながら、窓によって切り取られた、灰色のストライプの額豚に手を伸ばそうとする。その手が触れるか触れないかの瞬間、急に光を帯びて、外の濡れたアスファルトが現れた。
食後の1分ほどカレーの旨さを現世に伝えてくれた先人に合掌し、店を出た。遠くには入道雲、反対の空には青空が広がっている。食後のヨーグルトを買い、コンビニエンスストアから出ると、目前の停留所にバスが滑り込んできた。ほんの少し逡巡し、バスに乗り込む。
魂は抜け殻潜り込み、体は西へ向かう路線へシフトした。
新宿駅西口に到着し、駅前の喫煙所で空を見上げると、京王線入口が見えた。なんの迷いもなく、改札を通り、多摩川方面の電車に乗り込んだ。
風景は、都心の地下から抜け、住宅地、多摩川を渡る橋を渡り、より緑の濃い方向へと向かっていく。車内は清楚な若い女性と、文庫本に集中している初老の男性と私のみになり、終点、山麓の駅に到着した。
メインの山道から外れ、ランニングシューズで山深いルートを進む、吊橋の辺りで杖をついてゆっくり下山する白髪の男性とすれ違った以外に、平日にここを歩く人は滅多にいないのかもしれない。人間より遥かに生命力の強い木の根が横から這い出す道を運動不足の健脚で登り続ける。
魂は抜け殻の端にへばり付いたまま、通り過ぎる木々を丁寧に見つめ、ノートを取ることに夢中なようだ。
脚が棒になる前には、大汗を拭ったタオルは絞れる程になり、山頂へ到着した。私は、しばらくは登りきった達成感のようなものを発しながら、遠く続く山並みに目を向けて、どちらが都心かとか、あちらに富士が見えるはずだとか、ウロウロしていたが、疲労から端に腰を休めた。
西の太陽も橙色になりつつあり、その鮮やかさは、汚れた抜け殻を透けて見せる。僅かな白い紐のようになった魂は形を潜め、何も無いはずの抜け殻の奥底から懐かしい品を持ち出し、ジッとこれを眺めている。
桜の開花と共に始まり、ヒグラシが似合う頃合いまで続かなかった2人の世界で、本とパンが好きだったあの彼女はどうしているのだろうか。久しぶりにそのような事が頭を過ってすぐに取り消した。きっと良い男性と、忙しくも、素晴らしい日々の間に、悲しさよりは軽く、嬉しさよりは少し冷たい気持ちでいるだろう。これがこの気持ちを消し去るスイッチだ。決して、彼女の唇や少し丸みを帯びた肩の感触など考える事などあってはいけないのだ。
下山しようと腰を上げるにはやや早いが、この場所から立ち去る事は私にとって必要なことなのだったのだろう。
黄花荘のすぐ隣の人がすれ違えるかどうかくらいの急勾配を下って、しばし歩いたところにあるインドカレースタンド「ヨガカリー」。部屋に食品がなく、どうもうだつの上がらない日常にスパイスを与えてくれるそのカレーは、私にとっての最高の滋養強壮剤だ。イヤホンの音楽に噛み付いてくる、店内は南アジア風の陽気なBGMが流れ、油で滑りやすい床に、やけに重い椅子が8個L字方カウンターに並べられている。ヨガカリーの食券を買い、食券を店員に渡す。
「オコノミ、ドウシマスカ?」
「3辛大で。」
「シルバーカードハ?」
「ピクルス玉ねぎでお願いします。」
「アイ、チキンカリ、サンカラダイ、タマネギね」とオーナーに声を掛け、インド人風の店員が元気に去っていく。先程注いだ冷や水の氷が既に無くなってしまった。新しい氷と水を注ぎ足し、冷え切らないプラスチックのコップの杯を乾かす。
昨日買った新品の服の白いTシャツをどうしても着て行きたかった私は結局のところ、なんとなくいつもの道を通り、いつものカレー屋から喫茶店にこもり、夕方散歩して帰る線路の上を歩き出してしまった。しかし、先程からどうも外が暗くなり、次第に土砂降りになった。チキンカリサンカラダイタマネギを口に運びながら、ぼんやりと外の雨目をやる。
新しい白いシャツの袖口から白く薄くなった魂が抜け殻に目配せしながら、窓によって切り取られた、灰色のストライプの額豚に手を伸ばそうとする。その手が触れるか触れないかの瞬間、急に光を帯びて、外の濡れたアスファルトが現れた。
食後の1分ほどカレーの旨さを現世に伝えてくれた先人に合掌し、店を出た。遠くには入道雲、反対の空には青空が広がっている。食後のヨーグルトを買い、コンビニエンスストアから出ると、目前の停留所にバスが滑り込んできた。ほんの少し逡巡し、バスに乗り込む。
魂は抜け殻潜り込み、体は西へ向かう路線へシフトした。
新宿駅西口に到着し、駅前の喫煙所で空を見上げると、京王線入口が見えた。なんの迷いもなく、改札を通り、多摩川方面の電車に乗り込んだ。
風景は、都心の地下から抜け、住宅地、多摩川を渡る橋を渡り、より緑の濃い方向へと向かっていく。車内は清楚な若い女性と、文庫本に集中している初老の男性と私のみになり、終点、山麓の駅に到着した。
メインの山道から外れ、ランニングシューズで山深いルートを進む、吊橋の辺りで杖をついてゆっくり下山する白髪の男性とすれ違った以外に、平日にここを歩く人は滅多にいないのかもしれない。人間より遥かに生命力の強い木の根が横から這い出す道を運動不足の健脚で登り続ける。
魂は抜け殻の端にへばり付いたまま、通り過ぎる木々を丁寧に見つめ、ノートを取ることに夢中なようだ。
脚が棒になる前には、大汗を拭ったタオルは絞れる程になり、山頂へ到着した。私は、しばらくは登りきった達成感のようなものを発しながら、遠く続く山並みに目を向けて、どちらが都心かとか、あちらに富士が見えるはずだとか、ウロウロしていたが、疲労から端に腰を休めた。
西の太陽も橙色になりつつあり、その鮮やかさは、汚れた抜け殻を透けて見せる。僅かな白い紐のようになった魂は形を潜め、何も無いはずの抜け殻の奥底から懐かしい品を持ち出し、ジッとこれを眺めている。
桜の開花と共に始まり、ヒグラシが似合う頃合いまで続かなかった2人の世界で、本とパンが好きだったあの彼女はどうしているのだろうか。久しぶりにそのような事が頭を過ってすぐに取り消した。きっと良い男性と、忙しくも、素晴らしい日々の間に、悲しさよりは軽く、嬉しさよりは少し冷たい気持ちでいるだろう。これがこの気持ちを消し去るスイッチだ。決して、彼女の唇や少し丸みを帯びた肩の感触など考える事などあってはいけないのだ。
下山しようと腰を上げるにはやや早いが、この場所から立ち去る事は私にとって必要なことなのだったのだろう。
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