上 下
22 / 30

22.祝福を

しおりを挟む
「舞踏会?」

 それは、穏やかな午後のこと。フィンが集まった令嬢の一人一人に、招待状を持ってきた。クリーム色の封筒に丁寧に真っ赤な封蝋までされている。

 メリルの顔がパッと輝いた。前から舞踏会とか社交の場が大好きだったものね。

「と、いうことはいよいよ最終決戦ね」

 セレスティは招待状を弄びながら、冷ややかに呟いた。

「そうなの?」

「どう考えてもそうでしょう、これガーランド家からの招待状よ」

 見て分からないの? と意地悪そうに笑っている。
 
「なんだか、緊張しちゃうわね」

 ケイティは頬に手を当てて、困ったように首を傾げた。

「私……気分が優れないから少し部屋に戻るわ」

「まあ、大丈夫? 部屋まで付き合いましょうか」

 ケイティが心配そうに駆け寄った。顔色は毎日良くないが、今日のセレスティはそれ以上に真っ青だった。

「結構よ、一人で大丈夫」

 そう言いながらも、足元はふらふらと覚束ない。

「セレスティ様、私がお部屋までお供します」

 ロイドがいつになくキリッとした声で言った。

「……どうぞ、ご勝手に」

 冷ややかに返しながらも、ロイドの差し出した手に素直に掴まりながらよろよろと歩き出した。まったく素直じゃない。


 それから数分経っても、ロイドが帰って来ない。前回のこともあるから心配なのだが、ケイティもメリルも気にしている風でもない。いつの間にかフィンの姿もなかった。

 二人に悟られぬよう、わたしはそっと部屋を出た。

 セレスティの部屋はここから遠くはない。もう部屋の前まで来てしまった。ノックをすべきか、もう少し待っているか、悩んでいるうちに扉が開いた。

「ジゼル様、どうされました? お部屋にお戻りになりますか?」

「……戻るわ」

 随分と遅かったじゃない、と文句を言いたいのをグッと堪えて、自分たちの部屋へと歩き出した。

「ロイド」

 呼び止めたのはフィンだった。

「少し話せるか?」

 囁くように言うと、ロイドは頷いた。

「ああ。ジゼル、部屋で待ってろ」

 二人は足早に下の階に降りて行ってしまった。一人取り残された私は、仕方なく言われた通りに部屋に籠ることにした。

 一人では広すぎる部屋。大きなベッドに横たわると、天井がどこまでも遠い。そういえば、この部屋でたった一人で過ごすのは初めてかもしれない。そうと決まれば……。
 
「お風呂に入っちゃおう!」

 ロイドがいたから、あまりゆったりとお風呂に浸かることが出来なかった。彼は気にしないというけど、やっぱり気が引けてしまう。どうせフィンとの話は長くなりそうだし、そうでなくても今なら絶好の機会だ。
 お湯の溜め方はスプリング家と同じだった。用意された薔薇の花弁を浮かべると、浴室中にふんわりといい香りが漂よう。

 この瞬間が本当に幸せだ。

 温かいお湯がじんわりと染み込んでいく。あとでロイドにもゆっくり浸かるように勧めよう。男の人って本当にチャチャっと済ませてしまうのだから。

 セレスティが言うように、これが本当に最終決戦だというならここでの生活もあと僅かということだ。

 誰が妃になるのか、それとも今回も誰も選ばれないのか。大した引っ掻き回しも、フィンの目の代わりになってもいないような気もする。

 ぽちゃん、とお湯の中に身を沈ませる。自分の心臓の音と、水温だけが聞こえる、贅沢で静かな時間。

 の、はずだった。ガタン、と部屋の扉に何かがぶつかった音がした。ロイドはもっと静かに入ってくる。いつも、一切の音をさせないことに対して逆に怒るくらいだ。

「……」

 仕方なく湯船から静かに上がると、大きなバスタオルで身を隠しながらそっと、浴室から様子を窺った。扉の向こうには明らかに人の気配がある。

 バスタオルをしっかり巻き直すと、私は意を決して扉を少しだけ開けた。

「……何をしてらっしゃるのですか?」

 外にいたのはテオ王子だった。部屋の前で大きな箱を抱えて蹲ってる。

「君こそ……この時間はみんな談話室にいるものだろう」

「そんなことまでご存知なんですね」

「それより、ごめんね。お取り込み中だったかな?」

「……!」

 私は慌てて部屋に戻り、手近にあった簡単なワンピースに着替えた。

「部屋には入れてくれないんだ」

「ええ、貴方は特にね」

「ひどいなあ。ああ、そうだ。君に贈り物をしたくてね」

「まあ、これは……?」

 さっきまで抱えていた箱を渡される。どうやら、部屋の前のどこに置こうか迷っていたらしい。

 それは大粒のダイヤのネックレスと、ティアラだった。細くて繊細なティアラは、近頃人気のデザインのものだった。さすが、流行を抑えている。

「協力するって言っただろう」

「口だけかと」

「まあ、半分ね。でも、君って意外とやるなぁと思ってさ」

「……? なんのことでしょう?」

「一晩に俺と、兄上とも出会うなんて運命じゃないか」

「見ていたのですか」

「医務室の電気が点いていたから気になってね。君の従者はもう平気なの?」

「ええ、大丈夫です。ご心配をありがとうございます」

「良かった、君も気をつけなよ。迂闊にあんな格好で部屋から出てきちゃ危ない。俺だから良かったもの……」

 貴方も十分に危なかったわ、と思ったが心配してくれているのは本当のようだから黙っておいた。

「でも、どうして私に……?」

「舞踏会があるだろう、だからだ」

 テオ王子は肩をすくめて、当然とも言うように答えた。

「最後は綺麗に着飾ってこそだろう。女性は美しくあれ、それがみんなの幸せだ」

 なんとも乱暴で彼らしい理論に笑ってしまう。

「……ありがとうございます」

「いいんだ、それを着けて俺と一回踊って……危ないっ!」

 突然、テオ王子が私を庇う様に覆い被さった。何が起きたのか理解出来なかった。ただ、私の顔の真隣に深々と矢が突き刺さっていた。彼がいなかったら顔面のど真ん中に刺さっていたかもしれない。

「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫。ありがとうございます、テオ王子がいなかったら、顔面のど真ん中でしたわね」

 テオ王子は矢が放たれた方角を探していた。上の階のから放たれたらしい。

 しばらく様子を見ていたが、二発目が放たれることはなかった。

「一体誰がこんなことを……」

 心当たりが全くないわけではない。私は震えていることに気付かれたくなくて、ぎゅっと自分の体を抱き締めた。




しおりを挟む

処理中です...