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第五章

夏に向けたお惣菜開発

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「あら、来なくていいって言ったのに。掃除手伝ってくれるの?」


 店舗内の大掃除をしている朋子が、裏口から入った由加を見て驚いた表情を見せた。

「配達業務、あたしがやる」

 由加の珍しい物言いに、朋子は表情を引き締めた。

「珍しいこともあるもんねぇ」

 どこまで真剣なのか測りかねるのか、少し茶化したように言う。

「あたしも、このお店の役に立ちたいの」

 公園から小走りに向かってきて、汗ばんだ頬を手で拭う。メイクが流れてしまったけど、気にしない。

「……その真剣な決意とやらを聞かせてちょうだい。冷たいお茶でも出すわ」

 作業を止め、朋子は手を洗う。お店の入り口や窓はブラインドが下げられていて、電気をつけている厨房以外は昼間なのに薄暗かった。でも、珍しくやる気になっている自分を見られるのが恥ずかしいから、ちょうどいいのかもしれない。

「お腹空いてる?」

「あ、うん」

「さっきまで、試作品を作っていたの。食べてみて」

 仕事熱心だ。ゴールデンウイークだと浮かれて掃除すら手伝っていなかった自分が恥ずかしくなる。でも、気分転換も大事だから……と、自分を嫌いにならないよう無理やり納得させた。

 食事をするならばと、椅子とテーブルを並べる。

 朋子は、冷蔵庫からガラスのタッパーをいくつか取り出し、小皿にあけていく。

「これから暑いでしょ。傷みにくくて冷蔵庫に入れていても美味しい味付けを目指したんだけど、意見をちょうだい」

 テーブルの上に、氷の入った緑茶と、小皿と割りばしが並べられた。

「これはアボカドとプチトマトの粒マスタードサラダでしょ、こっちがかつお梅きゅうり、こっちがリニューアル予定の切干大根の煮物」

 テーブルの上が一気に華やぐ。

「おいしそう! いただきます」

 冷たいお茶でノドを潤おしてから、アボカドとプチトマトのサラダを口にする。

 口の中に、クリーミーなアボカドとトマトのみずみずしさが広がる。冷たさも、清涼感があっていい。ぴりっとした粒マスタードの辛さとレモンの酸味で飽きの来ない味になっている。

「うん、おいしい。冷たいけど、マスタードの味がしっかりついているからちゃんとおかずになるね」

「よかった。アボカドの色が悪くならないようにレモンをいれるんだけど、防腐効果も期待できるかなって」

 安心したように朋子が笑顔を見せる。

「緑と赤の彩りが夏っぽいし、女性にウケそう。なんだかんだ、からあげとかコロッケとか茶色いものが増えがちだしね」

「そうなの、結構リクエストいただくのよ。ヘルシーなサラダを増やしてほしいって」

「ま、そういわれて作っても、売れるのは結局茶色いものばっかりなんだけどね!」

 朋子と由加が、顔を見合わせて笑う。

 ヘルシーなものを求める人はいるけれど、結局人気にはなりにくい。でも、求めている人がいるなら応えたいと思うのが朋子だ。

 続いて、かつお梅きゅうりに手を伸ばす。

 梅の酸味とかつお節の香ばしさのなかに、みずみずしいきゅうりを感じる。

「さわやか! 夏場で汗をかいたときに食べると熱中症対策になりそう。箸休めにもなるね」

「きゅうりはたたいて一口大にして、味が染み込むようにしたの。梅とかつお節だけでなく、ゴマとかしそを入れてもいいかなって思うんだけど……」

「ゴマとしその両方を入れると、味が複雑になっちゃいそう。日替わりで、ゴマを入れたりしそを入れたりしてみたらどうかな」

「いいわね。採用!」

 ペンでメモをする素振りをして、朋子が提案を受け入れてくれた。

 意見を取り入れてくれるだけで、認められた気がしてうれしくなる。

 最後は、リニューアルした切干し大根の煮物。すでに結のお惣菜として人気のある商品だけど、どう味を変えたのだろうか。

 口にしてみると、ひんやりとした中に甘じょっぱさがある。

「冷えると味が感じにくいから、味を濃いめにしたの。最近取り寄せた九州の甘口醤油を使ってみたんだけど……」

「確かに濃いめで、甘くなったね。うーん、あたしは今までの味が好きかな……。白米に合わせるならいいけど、おにぎりと一緒だと塩分摂りすぎだなって思っちゃう」

「そっか」

 朋子が、しゅんと肩を落とす。基本的に前向きで元気すぎてうっとおしい朋子だが、たまに落ち込まれて由加が焦ってしまうことがある。

「おいしくないってわけじゃなくて……」

 フォローに入ろうとすると、朋子は勢いよく立ち上がる。

「もう一回作るわ!」

「え、今?」

「今!」

「待って待って、あたしの決意を聞いてよ!」

「えぇ!?」

 厨房に向かおうとする朋子が足をとめ、振り返る。そして、我に返ったように戻ってきて椅子に座った。

「忘れてた」

「もう、自分のことしか興味ないんだから」

「そりゃあ、人間自分が一番好きでしょ?」

 悪びれることなく、朋子は冷たいお茶をすする。

「そうだとしても、普通は人の言葉に耳を傾けるものだよ」

 由加の言葉に、朋子はふん、と鼻で笑う。

「やぁね。令和だってのに、まだ普通は~とか言うの?」

 意地の悪そうな顔で由加を見てくる。

(くっそ~! 腹立つ!)

 非常にムカつくが、ここで本気で怒ったところで朋子には何も響かないし、怒るだけ損なのだ。

 三十年生きてきて、イヤというほど学んだ。深呼吸を三回。不条理を逃がす。

「宅配って言っても、由加は車の免許ないじゃない。免許とるまで結構時間かかりそうじゃないの。要領悪いし」

 怒らない怒らない。

「……車の免許はいずれとるとして、自転車でもいけるんじゃないかって思ったわけ」

「あー、なんちゃらイーツ的な」

 由加はテーブルの上の小皿を片付け、その代わりパソコンを持ってきた。

 通販サイトを開き、宅配用の大きなリュックとおにぎりを入れるフードパックを別タブで開く。

「大きさから計算するに宅配用のリュックに、おにぎり二個とお惣菜が入るサイズのフードパックが三十個以上は入るんじゃないかと」

「三十も運べれば十分ね」

 パソコンのディスプレイを覗きこみ、朋子は前向きに検討してくれているようだ。

「最近乗ってないけど、とりあえずママチャリもあるし近所に配達するなら行けると思う。さすがに何十キロも走るのは難しいけど」

 熱を入れてプレゼンする由加を、朋子は目を細めて見つめる。

「……何よ」

「なんでもなぁい。でも、ごめんね。やる気を出してくれたところ悪いけど、宅配で由加がいない時間があるとちょっと困るんだわ。別の方法を考えましょう」

 却下された。せっかく、考えたのに。

 不服そうな由加を見て、朋子があやすような口ぶりで言う。

「イートインスペースの展開だけでも大変だからさ。お母さんを助けると思って、ね」

 いつまでも子ども扱いだ。でも、子ども扱いを甘んじて受け入れて実家暮らしを満喫している由加に、大人の振りは許されない。
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