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第三章
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「自分はもう死ぬのだ、やり残したことがたくさんある人生だったと嘆いて、夢の中を彷徨っているとね、瑠々が目の前に現れて言うの。『おばあちゃま。自分には夏休みに遊ぶ友達もいない。両親はホテル経営で忙しい。中身が変わっても誰も気がつかないよ。私の体を使って』って。悲しいことを言うの。孫にそんなことを言わせるなんてさ、私はおばあちゃん失格よ。だからこそ、瑠々の体を借りることにしたの」
瑠々から、おばあちゃま、って呼ばれているんだ、と関係ないことをぼんやり思った。
「だから、友達が作りたい、って淳悟さんが勧誘してきたんですか」
瑠々はそれ以上口を開かなかった。その時は「拾ってきた」と酷い言われようで、私も怒ってしまった。
「それが、今の状況よ。ま、理解はできないでしょうけどね。私もよくわかってないもの」
試すように、私を見てくる。
そう簡単に理解など出来るわけない。
思いつつも、ここでそう言ってしまえば頭の固い、つまらない人間だと思われてしまう気がした。瑠々には、自分の意見を押し通す力があるから、反対するにはそれなりに私にも力がないと何も言い返せない。
それに、こんなにもよくしてもらっておいて「信用しません」じゃ気まずい。
「これから、あなたのことは瑠々ではなく、妙さんと呼べばいいの?」
しぶしぶ話に乗る、という私の様子を見て、少し意外そうに瑠々は眉をあげた。
「いいえ。瑠々の想い出の一ページになる為にも、瑠々として接して欲しい。これからも、細かいことは気にせずに瑠々の友人になってほしいから」
「飲み込んでくださって、よかったです。ねぇ」
私にも瑠々にも言うように、淳悟さんはほっとした口調で安堵した。
全然飲み込んでないけど、ここは乗らないことにはいけない雰囲気になってしまった。でも、嘘だとも思えなかった。
不思議な状況だけど、言うとおりであればしっくりきてしまう。
「ごめん、まだ信じてないんだけど……でも瑠々と淳悟さんのことは信じてるから」
「信じてないけど信じてる、って何よ」
愉快そうに、瑠々は口を手で押さえて笑った。
それは妙としての笑顔なのか、瑠々の笑顔なのか。
違和感に体がむずむずするけれど、深く考えずに今後も同じように付き合えばいい、か。
いいのかそれで、と自分に問いかける。いいも悪いも、乗りかかった船という奴で、降りたらそこでおぼれてしまう。
「でも、さ。妙さんは、今……」
聞いておかないといけない。私はもぞもそ、体を揺らしながら尋ねた。
「今際の際にいるわ。まだ生きているけれどね。お見舞いにかけつけた淳悟をつかまえて、今回は共犯者として巻き込んだの」
いまわのきわ、ってなんだろう。まだ生きていることは確かなようだけど。
淳悟さんがその時の事を思い出したように、懐かしむ目になった。
「びっくりしました。病院に行ったら、いとこの瑠々ちゃんが僕に言うんですよ。あんた、ふらふらしてやることないなら協力しなさいよって。そんな口のきき方をする子じゃなかったはずだし、僕は夢でも見ているのかと思いました」
愉快そうに笑うけれど、今まさに、私がその状態なんだけどな。
「その、妙さんが、もし……もし……」
亡くなったらどうなるの、と聞きたかったけれど、本人を前にして言葉に出来なかった。「死んじゃうんだから、まぁそういうことよ」
声のトーンを落とさないように気を遣ったのか、瑠々はからっとした口ぶりで言った。
「そっか」
聞かなくてもわかってる。
せっかく友達になっても辛い別れが待っているのだと思うと、この先どういう風に接するべきか。
ダイニングには重苦しい空気が流れた。
「いいのよ。気なんかつかわなくて。本当なら、意識もなくベッドの上で死を待つだけ。こうして、孫が二人も協力してくれて、人生のロスタイムというのを経験できているわけだからありがたいものよ。現世で頑張って生きたご褒美かしらね。徳は積んでおくものだわ」
「今はアディショナルタイムって言うの」
指摘すると、瑠々は苦々しい顔で麦茶を飲んだ。
上を向いた時のフェイスラインが、とても美しかった。中身が大人だから醸し出される色気、というものであろうか。首筋からいい匂いがしそう。甘い匂いではなく、スパイシーでセクシーな匂い。
「アデ……何、その長ったらしい名前。いちいち名称変えるのやめて欲しいわ。ばーちゃんはついていけない」
憎まれ口を叩くけれど、瑠々はきっと、サッカー用語使って私に合わせてくれたんだ、と勝手に思う。瑠々のさまざまな気遣いは、ホテルの女将だった経験からなんだな、と感心した。これまでのもてなしも、そう考えればおかしくはない。部屋の改装をするにはやりすぎだけど。
「事情はわかったところで、目的は『雨傘』を探すことでしょう? 今までどう探してきたの?」
「今まで、って言ってもね。梨緒子が来る前の日に私も瑠々になったもんだから、何も」
口を尖らせ、瑠々は肩をすくめた。
瑠々から、おばあちゃま、って呼ばれているんだ、と関係ないことをぼんやり思った。
「だから、友達が作りたい、って淳悟さんが勧誘してきたんですか」
瑠々はそれ以上口を開かなかった。その時は「拾ってきた」と酷い言われようで、私も怒ってしまった。
「それが、今の状況よ。ま、理解はできないでしょうけどね。私もよくわかってないもの」
試すように、私を見てくる。
そう簡単に理解など出来るわけない。
思いつつも、ここでそう言ってしまえば頭の固い、つまらない人間だと思われてしまう気がした。瑠々には、自分の意見を押し通す力があるから、反対するにはそれなりに私にも力がないと何も言い返せない。
それに、こんなにもよくしてもらっておいて「信用しません」じゃ気まずい。
「これから、あなたのことは瑠々ではなく、妙さんと呼べばいいの?」
しぶしぶ話に乗る、という私の様子を見て、少し意外そうに瑠々は眉をあげた。
「いいえ。瑠々の想い出の一ページになる為にも、瑠々として接して欲しい。これからも、細かいことは気にせずに瑠々の友人になってほしいから」
「飲み込んでくださって、よかったです。ねぇ」
私にも瑠々にも言うように、淳悟さんはほっとした口調で安堵した。
全然飲み込んでないけど、ここは乗らないことにはいけない雰囲気になってしまった。でも、嘘だとも思えなかった。
不思議な状況だけど、言うとおりであればしっくりきてしまう。
「ごめん、まだ信じてないんだけど……でも瑠々と淳悟さんのことは信じてるから」
「信じてないけど信じてる、って何よ」
愉快そうに、瑠々は口を手で押さえて笑った。
それは妙としての笑顔なのか、瑠々の笑顔なのか。
違和感に体がむずむずするけれど、深く考えずに今後も同じように付き合えばいい、か。
いいのかそれで、と自分に問いかける。いいも悪いも、乗りかかった船という奴で、降りたらそこでおぼれてしまう。
「でも、さ。妙さんは、今……」
聞いておかないといけない。私はもぞもそ、体を揺らしながら尋ねた。
「今際の際にいるわ。まだ生きているけれどね。お見舞いにかけつけた淳悟をつかまえて、今回は共犯者として巻き込んだの」
いまわのきわ、ってなんだろう。まだ生きていることは確かなようだけど。
淳悟さんがその時の事を思い出したように、懐かしむ目になった。
「びっくりしました。病院に行ったら、いとこの瑠々ちゃんが僕に言うんですよ。あんた、ふらふらしてやることないなら協力しなさいよって。そんな口のきき方をする子じゃなかったはずだし、僕は夢でも見ているのかと思いました」
愉快そうに笑うけれど、今まさに、私がその状態なんだけどな。
「その、妙さんが、もし……もし……」
亡くなったらどうなるの、と聞きたかったけれど、本人を前にして言葉に出来なかった。「死んじゃうんだから、まぁそういうことよ」
声のトーンを落とさないように気を遣ったのか、瑠々はからっとした口ぶりで言った。
「そっか」
聞かなくてもわかってる。
せっかく友達になっても辛い別れが待っているのだと思うと、この先どういう風に接するべきか。
ダイニングには重苦しい空気が流れた。
「いいのよ。気なんかつかわなくて。本当なら、意識もなくベッドの上で死を待つだけ。こうして、孫が二人も協力してくれて、人生のロスタイムというのを経験できているわけだからありがたいものよ。現世で頑張って生きたご褒美かしらね。徳は積んでおくものだわ」
「今はアディショナルタイムって言うの」
指摘すると、瑠々は苦々しい顔で麦茶を飲んだ。
上を向いた時のフェイスラインが、とても美しかった。中身が大人だから醸し出される色気、というものであろうか。首筋からいい匂いがしそう。甘い匂いではなく、スパイシーでセクシーな匂い。
「アデ……何、その長ったらしい名前。いちいち名称変えるのやめて欲しいわ。ばーちゃんはついていけない」
憎まれ口を叩くけれど、瑠々はきっと、サッカー用語使って私に合わせてくれたんだ、と勝手に思う。瑠々のさまざまな気遣いは、ホテルの女将だった経験からなんだな、と感心した。これまでのもてなしも、そう考えればおかしくはない。部屋の改装をするにはやりすぎだけど。
「事情はわかったところで、目的は『雨傘』を探すことでしょう? 今までどう探してきたの?」
「今まで、って言ってもね。梨緒子が来る前の日に私も瑠々になったもんだから、何も」
口を尖らせ、瑠々は肩をすくめた。
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