想い出キャンディの作り方

武田花梨

文字の大きさ
28 / 46
第三章

12

しおりを挟む
「大人がいないと何も出来ないから、淳悟にわけを話して、それで本格的にここに拠点を決めたの。元々別荘にでもしようと思って、水回りのリフォームをしたばかりだし、電気ガスはあらかじめ通っていたしね。週に一回は管理人に清掃を頼んでおいたから小奇麗でしょ。生活用品の買出しとネット環境を整えて、さぁこれから、って時に梨緒子がノコノコきたわけよ」
「ノコノコって何よ、いちいちムカツクこと言うんだから」
 しかし、その憎まれ口で重苦しかった場が元に戻った。変なの。普通こんな事を言い合ったら険悪なムードになるものなのに。
 学校の友達とも、こうやって会話できたらいいのにな。
「つまりは、何も進展していないってことだね。一応私なりに調べてみたけれど、模造品、って見つけるの難しくない?」
 模造品は、簡単に言えばコピーだ。著作権のきれた名画のカラーコピー。安く売っているから、お金持ちに限らず誰にでも手に入る。本物でも贋作でもない。カラーコピーの品なんて世界中にいくらでもある。
 もし、それをなくしても、同じものを見つけるのは難しい。何せ、元々同じものがある商品だから、どれを見ても探している本物に見えるだろう。
「梨緒子って、携帯電話もないって言っていたけど、そういうことは調べられるのね」
「お父さんに頼んで一緒に調べたの。何も知らないで、協力は出来ないと思ったから」
 へぇ、と瑠々は眉をあげて唇をあげた。意外だと思ったのか、少し嬉しそうに見えた。
「勉強してきてくれたのね。話が早くなるから助かるわ。そうなのよねぇ。どこから手をつけていいか途方にくれているの」
 肘をテーブルにつき、瑠々は指を組んでそこに顎をのせた。やっぱり、仕草が古い。昔のマンガみたいだ。
「『雨傘』くらい有名な作品なら、また模造品を買えばいいだけじゃない。さすがに本物は無理だけど」
 疑問に思っていた事をぶつけてみた。しかし、瑠々は顔をしかめて首を横に振る。
「梨緒子は子どもね。そういう問題じゃないの。いくら流通していても、それでなくては嫌だっていう想い出の品はあるのよ」
 自分より幼い顔立ちの少女に「子ども」言われると腹立たしい。けれど、言っていることが本当なら、中身は六十九才のおばあちゃんなのだ、と気持ちを落ち着かせる。まさに、私は孫の年齢なんだから。
「好きで嫁いだわけじゃないけれど、あの絵は夫が私の為に購入してくれた最初で最後のものなの。模造品だけれど、私は『雨傘』が好きだった。絵はもちろん、描かれた背景も含めてね」
 描かれた背景は、家で調べてきた。
 『雨傘』は、ルノワールが苦悩の末書き上げた作品。
 ルノワールは、光を描く印象派の画家。
 印象派とは、輪郭がはっきりしていない、ぼやかしたような作風だと私なりに感じた。色味が薄く、明るい。
 しかし『雨傘』は、ルノワールが人間の豊かな内面を描きたい、と考え、描き始めた作品だった。
 そのはずが、気がつけば光を追っていた。いつもの自分の作風から抜け出すことが出来ず、ルノワールは苦悩する。
 半分を描いたところで、旅に出て模索した。自分のやりたいことはなんなのかと。
 そうして四年の月日を経て、再び描き始めた。未完成の左側は、印象派の描き方とは違い、きっちりと輪郭をとって流れるようなタッチで描いた。異なる二つの手法で描かれた『雨傘』は、人生と通ずるのではないか――と、ネットのコラム記事に書いてあった。
 向かって右側は、光で描いた少女が柔らかく微笑み、青い傘をさした女性がその姿を優しく見つめている。「傘に入りなさい」と声をかけているようだ。
 左側は、傘はさしておらずカゴを持っている女性。にわか雨に少し戸惑っているようだ。
 青を基調とした、光と人間の内面を描いた一枚。
 迷って、悩んで、そこで生まれた新しい世界。苦悩から生まれたものは美しいと感じた。
 瑠々の中身である妙さんは、ルノワールの考えに共感したのかもしれない。
 目指すものがすぐに出来なかったとしても、途中で自分を見失ったとしても、信じていればきっと新しい道は見つかる。
「描かれた背景も調べてきた。瑠々が気に入ったのもわかる」
 共感の言葉をもらい、瑠々は絵画の中の女性のように微笑んだ。
「わかってくれる? どんなに辛くとも、投げ出したくとも、人生は自分の手できっちり仕上げるべき。私はこの絵を見て自分を奮い立たせたの。逃げてもいい。悩んでもいい。いつか、新しい道が見つかると信じて。そうやって美しい絵に励まされ続けてきたわ」
 夢見るような瞳で、瑠々は少し上の方を見つめた。
「模造品だから別のものを買い直せば良い、ってわけではないの。あの絵は私の人生そのもの」
 なんだか申し訳ない気持ちで、私は肩を落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...