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第四話 不良
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夏も終盤に差し掛かる八月の下旬、ようやく暑さも落ち着きをみせ始めた頃。
時刻は既に十七時。秋の到来を予感させるような風が、頬を掠める。
まだ店を開ける時間まで余裕がある私は、近所の公園まで散歩していた。
暑さも収まり始め、涼しくなってきたからこそ出来る事である。
そんな事を思いながら歩いていると、ベンチで空を見上げる少女が目についた。
……厳密には、虚ろな目で空を見上げているのだが。
「あぁ……終わった……」
心底絶望した様子でそんな事を呟く少女。歳は私とさほど変わらなく見える。
腰ほどまで伸びた金髪、ワイシャツのボタンは第二まで開けられ、スカートは所々 皺になっている様子。
多分、この着崩した身なり的に髪は染めらたモノで、おそらく私とは対極に位置する人間だろうと予感した。
「──ねえ、そこのあんた」
少し低めの声で、私に話しかける不良少女。
まずい、話しかけられてしまった。
「……な、なんでしょう?」
急に声をかけられ、思わず声が上ずる。
「俺を見てどう思う?」
彼女は唐突に、そんな事を問いかけてきた。
一人称が俺……これは筋金入りの不良かもしれない。
「ど、どうと言われましても……」
「頼む、真剣なんだ」
真面目な眼差しを向けながら、私にそう問いかける。
「……怒りませんか?」
「もちろん」
「柄の悪いヤンキーにみえます」
とりあえず、私は正直に言ってみる事にした。
「何だとっ!?」
反感を買ってしまい、勢いよく胸倉を掴まれる私。
「っとすまん、つい反射で……」
そう自戒すると、すぐに私の胸元から手を離し謝罪する少女。
「い、いえ……」
「こんな調子のせいでな、バイトの面接にも受かんない始末さ」
「は、はあ」
いきなり何の話だろうか、なんて野暮なことは言わない私。
「直したいと思ってるんだけど、中々上手くいかなくて」
「……お言葉かもしれないですが、身なりが問題では?」
少女は虚をつかれたような表情を浮かべ、固まった。
「その髪の色を戻したり、制服を着崩したりしなければ、少なくともヤンキーに見られることはないと思うのですが」
「だ、だけど黒髪とかダセェだろ!」
「別にダサくないと思いますけど」
「ボタン開けてないと暑いだろ?」
「閉めて下さい。はしたないし、だらしないので」
急な冷たい眼差しと声色にあてられ、ヤンキー少女がすくむ。
女性が外で、はしたない格好をするものじゃない。
「お、おう……」
しかし、どこか納得いかない様子の少女。
「ま、まあいいや。にしても……そうかー」
まるで、その発想はなかったとでも言わんばかりの表情。
いや、言われなくても分かると思うんだけど……。
「ありがとな、これで今度こそ面接はバッチリだと思うわ!」
綺麗な笑顔で私にそう告げ、早々と去って行ったヤンキー少女。
「はぁ……疲れた」
深い溜息をつきながら、思わず呟く。
結局無駄に疲労を蓄えて、店へ戻る羽目となった私だった。
「ふぅー! 今日もお疲れーはるちゃん!」
疲れを吹き飛ばすように、アイスコーヒーを一気飲みする武藤さん。
時刻は十九時、いつものように仕事帰りから、こちらへ顔を出してくれたようである。
「やっぱりビールもいいけど、ここのアイスコーヒーが一番だねぇ!」
二十代の筈なのに、発言がまるで中年男性なのはいかがなものだろうか。
「まあ、こちらとしては悪い気はしませんが」
「……会社の人と、飲み会とか行かないんですか?」
「行くわけないでしょあんなの!」
ストローでグラスの中にある氷をかき回しながら、武藤さんが反論する。
「あんなの上司のご機嫌取りか、同期の愚痴に付き合うかのどっちかよ? 何で仕事終わってからも、職場の人間といなきゃいけないのって話よ全く」
変なスイッチを私が押してしまったのか、武藤さんの愚痴が湯水の如く溢れ始める。
「そういうのに参加しないだけで、付き合い悪いのどうのってさー! ほんっとイライラするんだよねー! まあでも、最近は何故か社内で神格化されて……誘われる事すらなくなったんだけど」
そう話す武藤さんの表情は、どこか憮然とした様子。
「それはそれで凄いですね……」
陰でとやかく言う人間を、仕事の技量で黙らせた、という事だろうか?
何はともあれ、武藤さんらしい話である。
「でも、確かに見た目綺麗な人で尚且つ仕事も出来たら、萎縮しちゃいますよね」
「おやおや? はるちゃんが褒めてくれるなんて珍しいね」
「事実ですから。中身はさておき」
「ん? 今なんかしれっと馬鹿にしなかった?」
さりげなく小声で言ったつもりだったが、どうやら聞き逃さなかったようだ。
「唐突に小説家になるとか言い出したり、発言や行動が時々残念だったりと……挙げればキリがありません」
「ぬぬ……はるちゃんめー……」
恨めしそうに私を見つめながら、不満を漏らす武藤さん。
「自分が男と良い感じだからって、調子に乗りおってー……」
「いや、別に良い感じではないですけど」
おそらく武藤さんは、あの花火大会の件について言ってるんだろう。
「良い感じでしょー! そんな二人きりで花火なんか見ちゃってさー! 青春しちゃってさーもー!」
どこか悔しがるように、そう唸る武藤さん。
「確かに花火は楽しかったですが、それ以上でもそれ以下でもないですよ。あれから、特になにもないですし」
「えぇ!? 何もないの!?」
予想以上に驚いた様子を見せる武藤さん。
そんなに驚かれる事だっただろうか。
「フツーそっから連絡先交換して、次のデートの予定立てて、ひと夏のアバンチュールと洒落込むんじゃないの!?」
「そうなんでしょうか……?」
武藤さんの台詞に、あまり納得がいかない私。
それにしてもアバンチュールなんて言葉、久しぶりに聞いた気がする。
「そりゃーそうよ! 高校生なんてそんなもんでしょ?」
「はあ……」
「ま、私はそんな夏を過ごした記憶はないんだけど」
口笛を吹きながら、無責任な事を言う武藤さん。
「説得力がまるでないんですが……」
「まー良いじゃない細かいことは。これも年上からの助言だと思えば、それっぽく聞こえるでしょ?」
「どうやっても、年長者の失敗談っぽくしか聞こえないですけど……」
「はぁ……これだから頭のおカタイ人は」
溜息混じりに、呆れた様子で武藤さんがぼやく。
「まま、そんな事より! あの時何があったか、具体的に教えなさいはるちゃん」
「ここで集合して、屋台で食べ物を買ったり花火を見たりして終わりましたが」
「おおう、そんな早口で捲し立てるって事は、何かあったね……?」
私の些細な変化を見逃さず、にやりと嫌な笑みを浮かべながら武藤さんが呟く。
「……何もないです」
「花火の後に、違う花火打ち上げられちゃった?」
「打ち上げられてません」
「もしくは神社の裏とかで、MYねずみ花火を披露されちゃった?」
「されてません。というより何ですかMYねずみ花火って」
……前者はともかく、後者に至ってはまるで意味がわからない。
「そう聞くって事は、最初のネタの意味はちゃんと分かったって事だよね?」
にやにやしながら、そんな事を言ってくる武藤さん。もはや発言が中年男性である。
「……セクハラというやつですね、これは」
ジト目で武藤さんを睨みながらそう言い返す。
「ほほぉ? 一体はるちゃんは、どんな想像をしたのかなー?」
「まあでも、はるちゃんもお年頃だし? 私もそれ位の頃には……こ、頃に……は……」
段々とトーンダウンしていき、次第に目が虚ろになっていく武藤さん。
「ああ、思い出さなくてもいい事を思い出してしまった……」
どうやら過去のトラウマを思い出したらしく、両手で顔を覆い隠しながら悶絶する武藤さん。
正直に言わせてもらうと、ただの自爆である。
そんな中、私が返すべき言葉はこれしか思いつかなかった。
「なるほど、MYねずみ花火を披露されちゃったんですね」
「されてないわっ!」
結局、いつものように実のない会話をだらだらと続け、今日も夜が更けていくのだった。
「はぁ……」
思わず、溜息が漏れる。
あれから武藤さんは帰宅し、店の中にあるレトロな時計が二十一時を指している頃。
最近、地味に客足が少ない事が悩みの種だったりする私は、カップを拭きながら今後の事を考えていた。
原因は恐らく、宣伝を一切といっていい程していない事。
立地的な問題や外観等が、きっと新規のお客さんが増えない理由だろうとも予想している。
「でも、増えたら増えたで私一人しか居ないから、どのみち回せないか……」
これは思い切って、宣伝も兼ねてバイトの募集をしてみるか。
今までバイトを雇った事がなく、もちろん誰かを教えると言った経験もなければ、後輩と呼ばれる存在も……。
「まあ、そもそも応募が来るか分からないし、それは来た時にまた考えれば……」
拭いていたカップを棚に片付け、私は深く考えるのを止めた。
とりあえず、おもむろにペンと紙を広げる。
「ポスター、か……」
いざ道具を広げてみたものの、一切レイアウトが浮かばない。
別段、デザインのセンスがあるわけでもない事を失念していた私。
今日は長い夜になるだろう、これは覚悟する必要がありそうだ。
「──なんとか、形に」
あれから夜が明け、現在の時刻はちょうど正午を迎えた頃。
結局深夜の三時までポスター作りに励んでいた私は、見事に昼頃まで寝過ごしてしまっていた。
カウンターで乱雑に放置されている紙束とペンの数々、昨日の奮闘が思い出される。
「せめて片付けてから、寝るべきだった……」
やりっぱなしの状態を見るだけで、気分が滅入る。
深い溜息を零しながらも私は、ポスターやらペンを整頓し、掃除を始める。
「これで誰も募集に来なかったら……とりあえず武藤さんを恨みますか」
完成したポスターを眺めながら、そんな事を呟く。
店名、住所、電話番号、時給、待遇など簡潔に書き、真ん中には馴染みやすさ目的の簡単なイラスト。
この店の看板マークでもある、開いた窓に寄り添う二匹の黒猫のデザイン。
センスがないなりに試行錯誤し頑張った結果、シンプルこそ至高という答えに至った。
「後は、店の扉や商店街、電柱にでもこれを貼れば」
実際無許可で貼っていいものか分からないので、商店街にある役所にでも聞いてからやるとしよう。
やがて掃除を終え、私は一旦シャワーを浴びて着替えてから、ポスター片手に役所へと向かうのだった。
「……やっと終わった」
役所での手続きを済ませ、ポスターを貼り終えた私は店でひと段落ついていた。
徹夜も相まって結構な疲労感であるが、これで客足が増え、バイトの人が見つかるなら、目を瞑ろう。
途中、コンビニに寄って買った野菜ジュースを飲みながら、そんな事を考える。
ちなみに現在は、開店中であるけれどもお客さんは居ない。
時刻は午後三時。お昼時を過ぎ、何とも微妙な時間帯ではあるけども。
実は一応コーヒーの他に看板メニューとしてスパゲティがあるのだが、私があまり再現出来ず、強く推してはいない。
義父が居た頃は、お昼時も結構客足があったので、おそらく私の実力が原因だと思われる。
これは少しずつ武藤さんに注文を促して、練習を図らねば。
そんな中、唐突に来店を知らせる扉のベルが鳴る。
物珍しそうな様子で、辺りを見回しながら入店する少女。
「いらっしゃいませ」
変わらない態度でお客さんを出迎える。
「……あ」
思わず声に出てしまった。理由はもちろん、彼女に見覚えがあったからだ。
「あ、あんたはこの前の!」
相手も同じく見覚えがあったのか、同じような態度を見せる。
そう、以前面接に悩んでいた、あのヤンキー少女である。
アドバイスを参考にしてくれたのか、髪は黒に戻っており、きちんと身なりも整えられている。
「……ここで、バイトしてるのか?」
「えーっと……そ、そんな感じです」
一応店長代理であるけど、あえて私は伏せる事にした。
「そうだったのか……いや、バイト募集の貼り紙をみて来たんだけども」
案の定、と言うべきか。やはりバイトの希望だったようだ。
「ちなみになんですが……履歴書とかって」
「もちろん持ってきてるぞ!」
ヤンキー少女が、意気揚々と取り出した封筒をこちらに差し出す。
細い茶封筒の中には、丁寧に折りたたまれた履歴書がしっかり入っていた。
「あ、ありがとうございます」
一通り目を通したのち、とりあえずまずは面接をしてみようと決めた私。
「では、私が店長の代わりに面接しましょう」
「え? い、良いのか?」
「はい、代理ではありますけど一応権限ありますし」
「そ、そうなのか……では、よろしく頼む」
テーブル席に着席を促し、私はそのまま向かい合わせで面接を始める事にした。
「さて……ええと、じゃあまずは名前からお願いします」
「な、名前は沢崎真夜だ」
「沢崎真夜さん……ですね。他に何かバイトの経験ってあったりしますか?」
名前が、意外にも可愛い事に一瞬動揺するも、変わらず話を続ける。
「い、一応色んなバイトをやりはしたんだが、すぐクビになってな……」
歯切れ悪く、言いにくそうに沢崎さんが呟く。
「差し支えなければ、理由とか聞いてもいいですか?」
「く、口調とか……生意気な客を……しばいたりとか」
「し、しばく……?」
あまり日常で聞き慣れない言葉に、違和感を感じる私。
というより、身なり以外にも原因があったのか。
「チャラい男に貧乳だと馬鹿にされてな、つい手が出ちまって」
「なるほど。それなら仕方ありませんね」
思わず、強く頷く私。むしろ、死してなお余りある罪とさえ思う。
「まあ……そんな感じで、まともに雇ってもらえないのが現状なんだ」
「そうですね……お客さんに敬語さえ使ってくれれば、私としては大丈夫なんですけど」
正直、敬語なんて練習していけばおのずと身に付くものだと、私は思っている。
「敬語の練習をしながらと言う事で……試しに、ここで働いてみますか?」
「ほ、ホントか! 俺を雇ってくれるのか!」
「可能であればもう明日から、研修と言う事でいかがでしょうか?」
「あ……ありがとう! 精一杯頑張らせてもらうぜ!」
半ば涙目でそう感謝の意を表す沢崎さんに、やや引きつった笑みを浮かべつつも私は握手を交わす。
──こうして、我がミニドリップに新たな従業員が増えたのだった。
時刻は既に十七時。秋の到来を予感させるような風が、頬を掠める。
まだ店を開ける時間まで余裕がある私は、近所の公園まで散歩していた。
暑さも収まり始め、涼しくなってきたからこそ出来る事である。
そんな事を思いながら歩いていると、ベンチで空を見上げる少女が目についた。
……厳密には、虚ろな目で空を見上げているのだが。
「あぁ……終わった……」
心底絶望した様子でそんな事を呟く少女。歳は私とさほど変わらなく見える。
腰ほどまで伸びた金髪、ワイシャツのボタンは第二まで開けられ、スカートは所々 皺になっている様子。
多分、この着崩した身なり的に髪は染めらたモノで、おそらく私とは対極に位置する人間だろうと予感した。
「──ねえ、そこのあんた」
少し低めの声で、私に話しかける不良少女。
まずい、話しかけられてしまった。
「……な、なんでしょう?」
急に声をかけられ、思わず声が上ずる。
「俺を見てどう思う?」
彼女は唐突に、そんな事を問いかけてきた。
一人称が俺……これは筋金入りの不良かもしれない。
「ど、どうと言われましても……」
「頼む、真剣なんだ」
真面目な眼差しを向けながら、私にそう問いかける。
「……怒りませんか?」
「もちろん」
「柄の悪いヤンキーにみえます」
とりあえず、私は正直に言ってみる事にした。
「何だとっ!?」
反感を買ってしまい、勢いよく胸倉を掴まれる私。
「っとすまん、つい反射で……」
そう自戒すると、すぐに私の胸元から手を離し謝罪する少女。
「い、いえ……」
「こんな調子のせいでな、バイトの面接にも受かんない始末さ」
「は、はあ」
いきなり何の話だろうか、なんて野暮なことは言わない私。
「直したいと思ってるんだけど、中々上手くいかなくて」
「……お言葉かもしれないですが、身なりが問題では?」
少女は虚をつかれたような表情を浮かべ、固まった。
「その髪の色を戻したり、制服を着崩したりしなければ、少なくともヤンキーに見られることはないと思うのですが」
「だ、だけど黒髪とかダセェだろ!」
「別にダサくないと思いますけど」
「ボタン開けてないと暑いだろ?」
「閉めて下さい。はしたないし、だらしないので」
急な冷たい眼差しと声色にあてられ、ヤンキー少女がすくむ。
女性が外で、はしたない格好をするものじゃない。
「お、おう……」
しかし、どこか納得いかない様子の少女。
「ま、まあいいや。にしても……そうかー」
まるで、その発想はなかったとでも言わんばかりの表情。
いや、言われなくても分かると思うんだけど……。
「ありがとな、これで今度こそ面接はバッチリだと思うわ!」
綺麗な笑顔で私にそう告げ、早々と去って行ったヤンキー少女。
「はぁ……疲れた」
深い溜息をつきながら、思わず呟く。
結局無駄に疲労を蓄えて、店へ戻る羽目となった私だった。
「ふぅー! 今日もお疲れーはるちゃん!」
疲れを吹き飛ばすように、アイスコーヒーを一気飲みする武藤さん。
時刻は十九時、いつものように仕事帰りから、こちらへ顔を出してくれたようである。
「やっぱりビールもいいけど、ここのアイスコーヒーが一番だねぇ!」
二十代の筈なのに、発言がまるで中年男性なのはいかがなものだろうか。
「まあ、こちらとしては悪い気はしませんが」
「……会社の人と、飲み会とか行かないんですか?」
「行くわけないでしょあんなの!」
ストローでグラスの中にある氷をかき回しながら、武藤さんが反論する。
「あんなの上司のご機嫌取りか、同期の愚痴に付き合うかのどっちかよ? 何で仕事終わってからも、職場の人間といなきゃいけないのって話よ全く」
変なスイッチを私が押してしまったのか、武藤さんの愚痴が湯水の如く溢れ始める。
「そういうのに参加しないだけで、付き合い悪いのどうのってさー! ほんっとイライラするんだよねー! まあでも、最近は何故か社内で神格化されて……誘われる事すらなくなったんだけど」
そう話す武藤さんの表情は、どこか憮然とした様子。
「それはそれで凄いですね……」
陰でとやかく言う人間を、仕事の技量で黙らせた、という事だろうか?
何はともあれ、武藤さんらしい話である。
「でも、確かに見た目綺麗な人で尚且つ仕事も出来たら、萎縮しちゃいますよね」
「おやおや? はるちゃんが褒めてくれるなんて珍しいね」
「事実ですから。中身はさておき」
「ん? 今なんかしれっと馬鹿にしなかった?」
さりげなく小声で言ったつもりだったが、どうやら聞き逃さなかったようだ。
「唐突に小説家になるとか言い出したり、発言や行動が時々残念だったりと……挙げればキリがありません」
「ぬぬ……はるちゃんめー……」
恨めしそうに私を見つめながら、不満を漏らす武藤さん。
「自分が男と良い感じだからって、調子に乗りおってー……」
「いや、別に良い感じではないですけど」
おそらく武藤さんは、あの花火大会の件について言ってるんだろう。
「良い感じでしょー! そんな二人きりで花火なんか見ちゃってさー! 青春しちゃってさーもー!」
どこか悔しがるように、そう唸る武藤さん。
「確かに花火は楽しかったですが、それ以上でもそれ以下でもないですよ。あれから、特になにもないですし」
「えぇ!? 何もないの!?」
予想以上に驚いた様子を見せる武藤さん。
そんなに驚かれる事だっただろうか。
「フツーそっから連絡先交換して、次のデートの予定立てて、ひと夏のアバンチュールと洒落込むんじゃないの!?」
「そうなんでしょうか……?」
武藤さんの台詞に、あまり納得がいかない私。
それにしてもアバンチュールなんて言葉、久しぶりに聞いた気がする。
「そりゃーそうよ! 高校生なんてそんなもんでしょ?」
「はあ……」
「ま、私はそんな夏を過ごした記憶はないんだけど」
口笛を吹きながら、無責任な事を言う武藤さん。
「説得力がまるでないんですが……」
「まー良いじゃない細かいことは。これも年上からの助言だと思えば、それっぽく聞こえるでしょ?」
「どうやっても、年長者の失敗談っぽくしか聞こえないですけど……」
「はぁ……これだから頭のおカタイ人は」
溜息混じりに、呆れた様子で武藤さんがぼやく。
「まま、そんな事より! あの時何があったか、具体的に教えなさいはるちゃん」
「ここで集合して、屋台で食べ物を買ったり花火を見たりして終わりましたが」
「おおう、そんな早口で捲し立てるって事は、何かあったね……?」
私の些細な変化を見逃さず、にやりと嫌な笑みを浮かべながら武藤さんが呟く。
「……何もないです」
「花火の後に、違う花火打ち上げられちゃった?」
「打ち上げられてません」
「もしくは神社の裏とかで、MYねずみ花火を披露されちゃった?」
「されてません。というより何ですかMYねずみ花火って」
……前者はともかく、後者に至ってはまるで意味がわからない。
「そう聞くって事は、最初のネタの意味はちゃんと分かったって事だよね?」
にやにやしながら、そんな事を言ってくる武藤さん。もはや発言が中年男性である。
「……セクハラというやつですね、これは」
ジト目で武藤さんを睨みながらそう言い返す。
「ほほぉ? 一体はるちゃんは、どんな想像をしたのかなー?」
「まあでも、はるちゃんもお年頃だし? 私もそれ位の頃には……こ、頃に……は……」
段々とトーンダウンしていき、次第に目が虚ろになっていく武藤さん。
「ああ、思い出さなくてもいい事を思い出してしまった……」
どうやら過去のトラウマを思い出したらしく、両手で顔を覆い隠しながら悶絶する武藤さん。
正直に言わせてもらうと、ただの自爆である。
そんな中、私が返すべき言葉はこれしか思いつかなかった。
「なるほど、MYねずみ花火を披露されちゃったんですね」
「されてないわっ!」
結局、いつものように実のない会話をだらだらと続け、今日も夜が更けていくのだった。
「はぁ……」
思わず、溜息が漏れる。
あれから武藤さんは帰宅し、店の中にあるレトロな時計が二十一時を指している頃。
最近、地味に客足が少ない事が悩みの種だったりする私は、カップを拭きながら今後の事を考えていた。
原因は恐らく、宣伝を一切といっていい程していない事。
立地的な問題や外観等が、きっと新規のお客さんが増えない理由だろうとも予想している。
「でも、増えたら増えたで私一人しか居ないから、どのみち回せないか……」
これは思い切って、宣伝も兼ねてバイトの募集をしてみるか。
今までバイトを雇った事がなく、もちろん誰かを教えると言った経験もなければ、後輩と呼ばれる存在も……。
「まあ、そもそも応募が来るか分からないし、それは来た時にまた考えれば……」
拭いていたカップを棚に片付け、私は深く考えるのを止めた。
とりあえず、おもむろにペンと紙を広げる。
「ポスター、か……」
いざ道具を広げてみたものの、一切レイアウトが浮かばない。
別段、デザインのセンスがあるわけでもない事を失念していた私。
今日は長い夜になるだろう、これは覚悟する必要がありそうだ。
「──なんとか、形に」
あれから夜が明け、現在の時刻はちょうど正午を迎えた頃。
結局深夜の三時までポスター作りに励んでいた私は、見事に昼頃まで寝過ごしてしまっていた。
カウンターで乱雑に放置されている紙束とペンの数々、昨日の奮闘が思い出される。
「せめて片付けてから、寝るべきだった……」
やりっぱなしの状態を見るだけで、気分が滅入る。
深い溜息を零しながらも私は、ポスターやらペンを整頓し、掃除を始める。
「これで誰も募集に来なかったら……とりあえず武藤さんを恨みますか」
完成したポスターを眺めながら、そんな事を呟く。
店名、住所、電話番号、時給、待遇など簡潔に書き、真ん中には馴染みやすさ目的の簡単なイラスト。
この店の看板マークでもある、開いた窓に寄り添う二匹の黒猫のデザイン。
センスがないなりに試行錯誤し頑張った結果、シンプルこそ至高という答えに至った。
「後は、店の扉や商店街、電柱にでもこれを貼れば」
実際無許可で貼っていいものか分からないので、商店街にある役所にでも聞いてからやるとしよう。
やがて掃除を終え、私は一旦シャワーを浴びて着替えてから、ポスター片手に役所へと向かうのだった。
「……やっと終わった」
役所での手続きを済ませ、ポスターを貼り終えた私は店でひと段落ついていた。
徹夜も相まって結構な疲労感であるが、これで客足が増え、バイトの人が見つかるなら、目を瞑ろう。
途中、コンビニに寄って買った野菜ジュースを飲みながら、そんな事を考える。
ちなみに現在は、開店中であるけれどもお客さんは居ない。
時刻は午後三時。お昼時を過ぎ、何とも微妙な時間帯ではあるけども。
実は一応コーヒーの他に看板メニューとしてスパゲティがあるのだが、私があまり再現出来ず、強く推してはいない。
義父が居た頃は、お昼時も結構客足があったので、おそらく私の実力が原因だと思われる。
これは少しずつ武藤さんに注文を促して、練習を図らねば。
そんな中、唐突に来店を知らせる扉のベルが鳴る。
物珍しそうな様子で、辺りを見回しながら入店する少女。
「いらっしゃいませ」
変わらない態度でお客さんを出迎える。
「……あ」
思わず声に出てしまった。理由はもちろん、彼女に見覚えがあったからだ。
「あ、あんたはこの前の!」
相手も同じく見覚えがあったのか、同じような態度を見せる。
そう、以前面接に悩んでいた、あのヤンキー少女である。
アドバイスを参考にしてくれたのか、髪は黒に戻っており、きちんと身なりも整えられている。
「……ここで、バイトしてるのか?」
「えーっと……そ、そんな感じです」
一応店長代理であるけど、あえて私は伏せる事にした。
「そうだったのか……いや、バイト募集の貼り紙をみて来たんだけども」
案の定、と言うべきか。やはりバイトの希望だったようだ。
「ちなみになんですが……履歴書とかって」
「もちろん持ってきてるぞ!」
ヤンキー少女が、意気揚々と取り出した封筒をこちらに差し出す。
細い茶封筒の中には、丁寧に折りたたまれた履歴書がしっかり入っていた。
「あ、ありがとうございます」
一通り目を通したのち、とりあえずまずは面接をしてみようと決めた私。
「では、私が店長の代わりに面接しましょう」
「え? い、良いのか?」
「はい、代理ではありますけど一応権限ありますし」
「そ、そうなのか……では、よろしく頼む」
テーブル席に着席を促し、私はそのまま向かい合わせで面接を始める事にした。
「さて……ええと、じゃあまずは名前からお願いします」
「な、名前は沢崎真夜だ」
「沢崎真夜さん……ですね。他に何かバイトの経験ってあったりしますか?」
名前が、意外にも可愛い事に一瞬動揺するも、変わらず話を続ける。
「い、一応色んなバイトをやりはしたんだが、すぐクビになってな……」
歯切れ悪く、言いにくそうに沢崎さんが呟く。
「差し支えなければ、理由とか聞いてもいいですか?」
「く、口調とか……生意気な客を……しばいたりとか」
「し、しばく……?」
あまり日常で聞き慣れない言葉に、違和感を感じる私。
というより、身なり以外にも原因があったのか。
「チャラい男に貧乳だと馬鹿にされてな、つい手が出ちまって」
「なるほど。それなら仕方ありませんね」
思わず、強く頷く私。むしろ、死してなお余りある罪とさえ思う。
「まあ……そんな感じで、まともに雇ってもらえないのが現状なんだ」
「そうですね……お客さんに敬語さえ使ってくれれば、私としては大丈夫なんですけど」
正直、敬語なんて練習していけばおのずと身に付くものだと、私は思っている。
「敬語の練習をしながらと言う事で……試しに、ここで働いてみますか?」
「ほ、ホントか! 俺を雇ってくれるのか!」
「可能であればもう明日から、研修と言う事でいかがでしょうか?」
「あ……ありがとう! 精一杯頑張らせてもらうぜ!」
半ば涙目でそう感謝の意を表す沢崎さんに、やや引きつった笑みを浮かべつつも私は握手を交わす。
──こうして、我がミニドリップに新たな従業員が増えたのだった。
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実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
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春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
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