春風ドリップ

四瀬

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第十三話 思案

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「ひゃっほう! 風が気持ちいいっすー!」

移動中の車内。窓を開けて風を感じながら、相変わらずテンションが高い白井さん。

「坊主君もそう思うっすよね?」

「え? ぼ、坊主君?」

白井さんの隣に座る坊主頭の男子が、いきなり話しかけられて戸惑う。

「だって名前知らないんすもん。だから坊主君っす! あ、うちのことは白井でいいっすよ!」

「いや、俺は谷村って言うんだけど……う、うっす!!」

「あはは! やっぱ男は元気が一番っす!」

「それくらいにしてやれ、白井……」

圧倒的なコミュニケーション能力を見せつける白井さんを、沢崎さんがなだめる。

「えー! だって盛り上がりたいじゃないっすか! オタク君もそう思うっすよね?」

「お、オタク君……?」

「あれ、違うんすか?」

「いや、お、俺にはまず天野という名前がだな……その……」

唐突に話を振られ、戸惑うインドア系男子、もとい天野。

そんな中、沢崎さんが頭をかきながら苦言を呈す。

「あーじれったい! 男ならもう少しシャキッとしろ! はっきり喋れ!」

「お、おい! 良くないぞ、今の時代男だからとか、女だからとかいう発言はだな……!」

「うるせえ、俺は女々しい男は嫌いなんだ!」

沢崎さんの理不尽な言葉に一蹴されるインドア系男子、もとい天野。

バックミラー越しに見ながら、流石にこれは可哀そうと同情する私。

「……沢崎さん、流石にそれは理不尽のような」

「だってよー、こいつ男のくせに髪なげーしよ……!」

見かねてなだめようとするも、不満だらだらの沢崎さん。

「もう、ダメよー真夜ちゃん。自分の価値観を押し付けちゃ」

「真夜ちゃんが男らしい人を好きなのは良いけど、それを周りの男性に『男はこうあるべき』という考えを押し付けるのは、ちょーっと違うんじゃない?」

「う……」

「それに、私はイイと思うけどなー。知的な男子も、ウブな男子もね!」

「「む、武藤さん……!」」

男子二人が、声を揃えて喜びを示す。それを見て、伊田さんはどこか呆れているような、乾いた笑みを浮かべていた。

「……チッ」

あまり納得がいっていないのか、不満げな沢崎さん。露骨に不機嫌だ。

「ま、まったく! お前も男らしさを相手に求めるなら、お前だって女らしくあるべきだぞ! そんな小さいム――」

武藤さんのフォローによって調子づいてしまったオタク君、もとい天野が、ここぞとばかりに反撃を試みる。

しかし、言いかけたところで沢崎さんの手が天野の口に伸び、がっちりと掴んで離さない。

残念ながら、その発言は私と沢崎さんには悪手である。

まるで握りつぶすかのごとき勢いと迫力。容赦のない力で抑えながら、沢崎さんがボソッと彼に耳打ちする。

「何だ、今すぐ降りたいのか? 良いぜ、降りたきゃ降ろしてやるよ……! ま、車は止まってくれねえけどなァ……!!」

「っ!!!!」

まるで修羅のごとき圧と、もう片方の手でドアのカギを開け、本気度を見せつける沢崎さんに、全力で首を横に振りながら謝罪を訴えるインドア系男子、天野。

「沢崎さん……やり過ぎです」

淡々と私がそう呟くとすぐに手を引っ込め、そっぽを向く沢崎さん。

まあ、言いかけた言葉を最後まで放っていたら、私は止めなかったかもしれない。

「命拾いしたな。春姉がいなかったら今頃、県道十七号がお前の墓場になっているところだったぜ」

「県道十七号……?」

疑問に感じた私は、道路の標識に視線を向ける。なるほど、どうやらここの通りの名称らしい。

「こ、これだから暴力女は……!」

「はいそこー、喧嘩しなーい。喧嘩するんだったら降りてやってねー?」

沢崎さんを制止するように、トーンを下げて言い放つ武藤さん。

「これから先、喧嘩した人はもれなく降ろすからねー? 皆同い年なんでしょ? 仲良くしなってばー!」

「あ、うちは十六っす!」

「え、まさかの年下!?」

白井さんの衝撃発言に、坊主男子、もとい谷村が驚く。

「そっすよー! せ・ん・ぱ・いっ☆」

これみよがしに、わざとらしく先輩呼びをする白井さん。

何だかんだ楽しくやれているようで良かった。と、一旦思うことにして意識を運転席の武藤さんに戻す。

さて、助手席に座っている以上、運転手のサポートをしなくては。

昨日の夜寝れない中、実はネットで予習をしておいたのだ。

どうやら運転手は、助手席の人にサポートしてもらえると嬉しいらしい。

「えっと、御浜海水浴場でしたっけ?」

「そそ、御浜ビーチ! はるちゃん知ってる?」

「行ったことはないですが、名前は知ってます」

そもそも海なんて行ったことないけれど、この名前は聞いたことがある。

「ま、この辺だと有名だよねー」

何てことない会話を交わしながら、私は信号で止まったのを見計らい、お茶を武藤さんに手渡す。

「お、気が利くねぇ! しかもちゃんとフタを開けて渡してくれるなんて、完璧」

「これも、助手席の役目ですから」

したり顔でそう答える私。やはり褒められると嬉しいものだ。

そんな中、嬉しそうにお茶を飲む武藤さん。数口飲んで、ペットボトルを私に返す。

「それより、良かったの? あっちに混ざらなくて」

「はい、助手席の方が好きなので」

「ふーん?」

後部座席では、また何やら沢崎さんたちが騒いでいる。

さっきのように喧嘩ムードではないから、きっと今回は大丈夫だろう。

「良いのー? 色男、取られちゃうかもよ?」

信号が青になり、再び車はゆっくりと加速し始める。

「構いません。そもそも、私のではありませんし」

風を感じ、移りゆく外の景色に目線を向けながら、平静に答える。

「海沿いの道路、良いですね」

「いや、海見えるの私の方だし。そっち住宅街しか見えないでしょ。もー、話題転換があからさまだなぁ……」

「……うるさいですよ」

ほんの少しだけ、心がざわついたことに蓋をして、私は変わらず窓の外を見る。

正直に言ってしまえば、未だに分からない。

私にとって、伊田俊樹という存在は、何なのだろうという問い。

後部座席から聞こえる喧騒と、カーオーディオから流れる曲に耳を傾けながら――

私は、答えの出ないことに考えを巡らせる。

「……あのさ、さっきから言おうと思っていたんだけど」

ひと息おいて、私の返答を待たず武藤さんが問いかける。

「この選曲、はるちゃんだよね? 勝手にシンドバッド……」

「名曲ですよね。海といえば、やはりこの曲が合うと思いまして」

「いつの間にCD入れてたのよ……。それに、ここ湘南じゃないんだけど」

呆れながらツッコミをいれる武藤さんをよそに、私はサビを静かに口ずさむ。

――今日も、呆れるほどに快晴だ。
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