春風ドリップ

四瀬

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第三十四話 敗北

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対抗心を燃やし、幼い女の子に大人げなく勝負を挑んだ私。

そして、最初に訪れたお客様はというと……。

「はるちゃん元気してるー? ってあれ?」

時刻は十九時。悲しいことに、それまで一切の来客がなかったのだ。

挙句、女の子からそんな日もあるさと同情される始末。

戦う前から、心が折れそうだった。

「やっとお客さんがきたよー! もう待ちくたびれちゃった」

「あ、昨日の可愛い女の子! そういえば、お名前聞いてなかったね。私は武藤愛、あなたは?」

「あはは、確かに自己紹介をしてなかったね! ボクの名前はれい。気軽に怜って呼んでいいよ!」

「怜ちゃんかー! 可愛い名前だねー!」

そう言いながら、怜と名乗る女の子の頭を撫でる。

「ふふん、よく言われるよ! ボクは可愛いからね!」

「あー自信満々なとこも可愛いー!」

どうやら、武藤さんはお気に召した様子だ。

「さて、それではやりましょうか」

「うん? 何をするのはるちゃん?」

疑問符を浮かべている武藤さんをよそに、私はあらかじめ作ってあったナポリタンを電子レンジで温める。

ナポリタンが盛りつけられた二枚の皿を、武藤さんの前に差し出す。

「何も考えずに、どちらのナポリタンが美味しいか……判定をお願いします」

「え、ええ? まあいいけど……」

そう言いながら、一口ずつナポリタンを頬張る武藤さん。

ちなみに、一回目に差し出したのが私の作った物で、二回目が怜さんの物だ。

「うーん……」

しばし考えた後、武藤さんは言いにくそうに口を開いた。

「二回目に食べた方……かな。こっちの方が、ソースが美味しくて麺にしっかり絡まってたと思う」

「やったー! ふふん、ボクが作ったんだから当然だよねー!」

分かりやすく喜ぶ怜さんと、分かりやすくへこむ私。

「あ……もしかして、私これやらかした……?」

「……私はもう、ナポリタン作りません」

沢崎さんに負け、さらにはこんな女の子にまで負けてしまうとは……義父にあわせる顔がない。

「さ、店長! 約束通り何でも言うことを聞いてもらうよー!」

「はるちゃん……こんな小さい子相手に、そこまで本気の勝負を……?」

どこか冷ややかな武藤さんの眼差しと、歓喜に溢れる怜さんの眼差しを一身に受ける私。

「……良いでしょう、約束は約束ですから」

腹をくくり、仕方なしに立ち上がる。

「さっすが店長! それじゃあ早速……」

あごに人差し指を当てて、可愛らしい仕草で考え込む怜さん。

「ボクを、ここに住まわせてよ!」

「……へ? いやいや、それは流石に」

私より早く、武藤さんが反応する。

「実はさー暴力を振るわれたり、ボクのことを否定してきたり……これ以上いたら殺されると思って、家を飛び出してきたんだ」

淡々とそう語る怜さん。内容が酷い割に、とても辛そうにはみえない。

「……ほ、本当に?」

突拍子もない話に、私も思わず再度問いかける。

「うん、本当だよ。ボクは嘘つかないからね!」

「……ねえ、どうする? はるちゃん」

「どうする……と言われましても、もし本当なら警察に相談した方が……」

「警察だけは駄目! そんなことしたら、絶対に殺される……」

途端に鬼気迫る表情で、警察への相談を拒否する怜さん。

半信半疑ではあるが、万が一本当だとしたら大変なことになりかねない。

ここは、慎重な対応をするべきだろうか。

――そんな時、入店を知らせるベルが店内に響く。

「いらっしゃいま――」

そう言いかけて、私は固まってしまう。

ストレートの黒髪をなびかせ、毅然とした私服の少女。

それは、とても見覚えのある風貌で、まだ二週間だというのに懐かしさすら感じられた。

「はぁ……やっぱりここにいたか」

「さ、沢崎さん……!?」

久しぶりの沢崎さんに、思わず嬉しくなる私と武藤さん。

「……げ」

しかし、それとは反対に……顔面蒼白の怜さん。

「ったく、昨日からどこで何をしてるのかと思いきや……まさか春姉のとこに迷惑かけてるとは。もちろん、覚悟は出来てるんだろうな……怜?」

目尻が吊り上がり、鋭くなる眼差し。久しぶりに見る沢崎さんのキレ顔は、もはや懐かしさすら感じられた。

「真夜ちゃーん!! って、あれ? 何でこの子の名前知ってるの?」

素朴な疑問を、武藤さんが投げかける。

「すみません愛姉さん……そいつ、俺の弟なんです」

「お、弟……!? ということは、男!?」

武藤さんが心底驚いた様子をみせる。流石に私も、驚きを隠せずにはいられなかった。

なるほど……男だったのか。それなら全ての辻褄が合う。

このお店を知っていたことも、ナポリタンが美味しいことまで含めて。

しかし、見た目はあからさまに女の子……思わず、私と武藤さんは怜さんに視線を向けた。

「えへへ……沢崎怜だよ! よろしくね!」

視線を向けられ、可愛らしく腰に手を当てピースしながら、ポーズを決める怜さん。

以前五歳下の弟がいるとは聞いていたけど、まさかこんなタイプだったとは……。

「よろしくね、じゃねえんだよテメー……! 相変わらず男のくせに女みてえな恰好しやがって……。遺言はそれで良いんだな?」

鬼の形相の沢崎さんを前にして、怜さんがそそくさと私の背後に隠れる。

「ほら言ったでしょ店長! 暴力は振るうし、ボクを否定するんだこのヤンキー!」

確かに怜さんの言っていたことは本当だった。想像していた形とは違ったけど。

「て、店長! 何でも言うこと聞いてくれるんだよね! ぼ、ボクを助けてよ!」

「すみません、こればっかりは……相手が悪いです。多分、あけぼの辺りを連れてきても……厳しいかと」

私は諦めたように両手を挙げ、降参の意を示す。

「だからチョイスが古いんだって、はるちゃん」

「とりあえず沢崎さん、ほどほどに……」

「ああ、ほどほどに……な」

その後——怜さんが沢崎さんによってこってり絞られたのは……言うまでもない。

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