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第六章「東方の英雄」

第115話 まつろわざる衆の長

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 双魔の顔が、珍しく青くなった。鏡華の中の魔力、生気が尋常ではない勢いで抜け出ているように感じる。

 「おい……鏡華に何をした」

 口調こそ冷静さを保っているが、内心、双魔は激昂して冷静さを失っていた。その証左に怨霊鬼に見せた背中ががら空きだ。

 この一瞬、怨霊鬼が長剣を構えなおし、振り下ろせば双魔の命は一刀、一閃で両断され、廃れ果てた庭園に散るだろう。

 その様子を見て、山縣はまたもへらへらと笑って見せた。

 「まあま、話は最後まで聞くもんでさあ。あっしが作ったのは真の意味での”生き針死に針”じゃあない…………あっしが作ったのは”生きる者に刺せばその魂を抜く針”と”死せる者に刺せばその体内に魄を授ける針”この二つでさぁ!」
 「…………なん……だと?」

 山縣の言葉に双魔は戦慄した。

 つまりだ、山縣は彷徨える生霊と俗に言う中華の生ける屍、僵屍きょうし、すなわちチャンシーの類を自由に生み出せるということだ。

 しかも、術の難易度が高く、術者に危険が及ぶ僵屍の使役よりも遥かに簡単にだ。

 特に前者について、双魔は奥歯が砕けるであろう程強く歯を噛みしめて後悔した。

 何故なら、自分は昨日、あの川原で抜け出た魂が帰ってこられる可能性を秘めた器である魄の残った身体を凍結し、その生命活動を安らかにとは言え停止させてしまったのだ。

 これは、最早双魔が罪なき人々を殺めたと認識しても何ら間違いはない。

 「ま、そこのお嬢さんに刺したのは魂を抜く方の針だ。そして、よっと!」
 「ッ!?」

 山縣が手にした針を双魔目掛けて投擲する。咄嗟に避けたソレは双魔には刺さらずに、その背後で立ち尽くしていた怨霊鬼の身体に刺さった。

 「…………ガ……ガ、ガ、ガ、ガガガガガガ…………ガアァァァァア!」

 それまで、山野の巌のように静かで、そこにあるだけだった、怨霊鬼から瘴気が噴き出しはじめた。黒い気がその巨体を覆い、仮面の奥の眼が赤く光った。

 怨霊鬼は苦しむようにその身を震わせて絶叫する。

 「なにをした!?」
 「いやいや、こいつはあっしも知らなかったんですがね?魄を入れる方の針は、その屍に強い念が残っていると、その念も増幅するらしいんでさぁ…………つまりだ、その屍の主、京に住む者共に千年を越える恨みを持ち続けた者、すなわち…………」

 「蝦夷えみしの雄、阿弖流為あてるいやろ?」

 山縣の言葉を奪うように、澄んだ声が響いた。

 「な!?…………お嬢さん…………あっしの針が確かに刺さったはず!なぜ!?」

 魂を抜かれ、生きた死体と化したはずの鏡華が口を開いた。

 今度は山縣が驚愕し、狼狽する番だった。無意識だろう、動揺が過ぎて一、二歩後ろに後ずさりしている。

 「……双魔」
 「ん、どうした!?大丈夫か!?」

 双魔に抱き留められたままの鏡華が呼び掛けながら双魔の顔を見る。ダメージが全くないという訳ではないらしく、その声は少し弱々しい。身体も全身に力が入らないのかぐったりとしている。

 「この針…………抜いて?……力……抜けてしゃーないわ……」
 「ん、わかった」

 鏡華は気怠そうに針の刺さったところが双魔に見えやすいように首を動かした。

 「少し、我慢してくれ」
 「うん…………早う……」

 双魔は着物の襟元を少しはだけさせた。白く綺麗な鏡華の肌に禍々しく、どこか神々しさもあるような針が突き立っている。

 「…………」

 針の腹を持って素早く引き抜く。血の通っていない場所に刺さっていたのか、幸い血は出なかった。

 「んっ…………ふう…………」
 「大丈夫か?」
 「うん、ありがとう……だいぶ楽になったわ…………よいしょっと!」

 鏡華は身体に力を入れて自分の足でしっかりと立つ。

 「な、なぜ……なぜ、何ともないんだ!」

 その様子を見ていた山縣は余裕をなくし、恐慌状態に陥っていた。

 「あ、あっしの技術は完璧のはずだ!何のために多くの犠牲を払ったと思っている!う、噓だ…………あっしは信じない!うわあああ!」

 裁縫箱を取り落とし、手元に隠していた針を手当たり次第に投げつけてくる。恐らく魂を抜く方の針だろう。

 「シッ!」

 双魔はティルフィングの剣気を放ち打ち落とす。漏れた数本はティルフィング振るって直接弾く。が、弾いた針が怨霊鬼、否、阿弖流為の身体に刺さる。

 「ヴ…………ヴ、ヴァ…………怨ミ……忘レジ…………弾圧ヲ……鏖殺ヲ…………支配ヲ…………後裔ハ…………滅ボスベシ!ガアァァァァア!」

 ”阿弖流為”とは日ノ本が朝廷によって統一されていなかった平安の初期に、まつろわぬ民であった、今の東北を拠点とした蝦夷たちの首長であった人物だ。

 朝廷による支配下に置かれることをよしとしない蝦夷たちは阿弖流為を中心にして朝廷に激しく抗った。
阿弖流為は奮戦し、互角、否、朝廷勢力を僅かに圧倒するほどの成果を挙げていた。

 しかし、朝廷から当時、最強と謳われた一人の将軍が派遣されると、奮戦虚しく敗北が続き、蝦夷の勢力は撤退せざるを得なくなり、ついには阿弖流為は降伏。その後京に連行された彼は処刑された。

 人となりはほとんど伝わっていないが、京の人々、過去の朝廷に対する恨みを残して死んだはずだ。

 今の状態は山縣の話が確かならば、怨念が針の効力で暴走している。

 追加で刺さった針が、川原で僅かに見せた生前の理性を完全に塗りつぶしてしまったのか阿弖流為の手足の筋肉は太く、強靭に膨れ上がり、赤黒く発光する。

 身に纏った瘴気はさらに濃くなり、長剣も瘴気によって、伝説級遺物の一歩手前ほどの剣気を放ちはじめている。

 「双魔」
 「なんだ!?」
 「うちは山縣はんのお相手や、阿弖流為はんは頼んだよ?」
 「ん、了解した!」

 互いに二言だけの短いやり取り。それでも、双魔と鏡華に十分だ。改めて背中を預け合い、目の前の相手を見据えた。
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