箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

文字の大きさ
12 / 51

12 公爵領のコムギ騒動② ~三日目

しおりを挟む

 マリサのお腹が、ぐぅぅう……と鳴ったのが、いたくツボだったらしいライアンは、ウェスタン帽で顔を隠し、片手でお腹を抱えて笑っていた。


「ははっ、マリサ嬢といると、何と言うか、今が非常時だということを、一瞬忘れそうになるよ」

「そーですか、それはよかったですこと」


 マリサは釈然としないものの、大変な状況の中、ライアン自ら領地を駆けずり回っているとのことなので、今回は大目に見ることにする。


「おい、おい。お嬢さんのなりを見ろ。そんなに細っこいんだ、まともに食べておらんのだろう。そこのワンコロも大きく見えるが、毛皮の中の身体は痩せておるぞ」


 倍くらいの身長のライアンを見上げて、意見するロバジイがなんとも頼もしい。


「ああ、そうだな。マリサ嬢、笑ったりして悪かった。君のおかげで少し気が楽になったのだ」


 ウェスタン帽の下から覗く目が、孤独なライオンを思わせる。

 羞恥でマリサの顔はまだ火照っているが、いいえと首を横に振る。


「シロリンと、それから私も、急いで食べてしまいますね。すみませんが、少しお待ちください」


 マリサが野菜の山へ向かおうとすると、ぐいっと右手を掴まれた。


「ちょっと待つんだ。うちの料理人が作った料理やパンがバスケットにかなり多めに詰めてある。それから、オオカミ犬が食べられるものもある。出発する前に、ここで少し早めのランチにしよう」

「そりゃあいいな。よし、わしもうちのが作ってくれた弁当で腹ごなしとするか」


 マリサが戸惑っている内に、籐で編んだようなテーブルと三脚の椅子が、いつの間にか目の前に出現していた。

 

「ちょっと端を持ってくれ」

「えっ?」


言われるまま、繊細な白いレースのテーブルクロスの端を掴むと、ライアンの合図でふぁさりとテーブルにかける。

その上に、かなり立派なバスケットをライアンが、お重を包んだような茶色い包みをロバジイが乗せた。

白ワイン、水、オレンジ色のジュース?と思しき瓶を、ライアンが虚空から出して置いて行く。

オレンジ色のものはトゲニンジンのジュースで、これにはアルコールが入っていないそうだ。マリサは、皿とグラスとカトラリーを並べるのを手伝った。


「さて、先にグレイスとオオカミ犬に食べさせるから、二人は座って先にはじめてくれ」

「ああ、そうさせてもらおう」


と、ロバジイはどっかりとイスに座り込み、グラスとトゲニンジンジュースを掴む。


「わ、私はシロリンが気になるので、ちょっと見てきますね」


 ロバジイにペコっと頭を下げて、ライアンの後を追いかけていった。


(わー、走らないと追いつけない)


 お腹が減りすぎている上に、筋肉痛で追いかけるのは無謀だった。長すぎるコンパスの持ち主のライアンとの距離が縮まらない。


「ひぃ、はぁ、ふーっ……」


 やっとのことでグレイスとシロリンの元に辿り着けば、もう既に一頭と一匹は、ワシャワシャ、フガフガと食べていた。

シロリンが両前足で押さえるようにしてかぶりついているのは、何かの大きな骨付き肉。グレイスは、パチパチコーンやトゲニンジン、それに青々とした牧草を食んでいた。


「わああ、こんなに大きなお肉を、ありがとうございます」


 マリサは泣きそうになるのをぐっと堪えた。

いずれはシロリンに肉を食べさせてあげたいと思っていたが、何キロもありそうな骨付き肉となると、すぐには調達できなかっただろう。

ライアンの高感度が一気に駆け上がっていった。


「これは、畑を荒らしまくっているワイルドボアの肉だ。肉が硬過ぎる上臭みも強いが、うちのオオカミ犬達・は喜んで食べているから安心するがいい」

「まあ、オオカミ犬もいるんですね!」


ライアンの農場へ行くのは気が重かったが、オオカミ犬がいて、それも複数いるとなると、話が違ってくる。

他にもどんな家畜がいるのかと考えたら、楽しみになってきた現金なマリサだった。

間近で見るグレイスの大きさ、優雅さに見とれていたマリサは、あれっと首をかしげる。


「トゲニンジンと、パチパチコーン、こんなに小ぶりなものがあるんですね」


 グレイスが巨大で野菜が小さく見えるのだとしても、マリサが収穫したものと、明らかに三割以上サイズが小さいのだ。体積にしたら半分にも満たないかもしれないと思うマリサだった。

 ライアンは思いっきり眉を顰めた。


「なにを言っているのだ? これが標準サイズなのだが」

「へっ?」

「ああ、そうか。君は、自分が収穫した野菜がどれも規格外なことを知らないのか?」


 マリサは目を瞬いた。


「あれだけ立派なものが収穫されたというのに、君は、自分の畑の特異さを自覚していないのか? ここは南の領土と違い、土地が痩せているため、土壌が優れているという訳ではないだろう。君自身の力か、それとも、なにか別の法則があるのか。いや、とにかく、オレの農場で、君のやり方を一度見せてくれないか?」

「えっ」


 やり方を見せて欲しいと言われても、普通に種と苗を植えて、水をやったくらいだ。水を撒いたのはシロリンだったが。


(もしかして、豊穣の女神セレース様の例の呪文のおかげかしら……)


「南の領地の被害は甚大だ。いつ農地が復活するかは予測不可能で、復活しても直ぐに収穫は出来ないだろう。公爵領の重要な穀倉地帯であった上、人口も多いため、公爵領だけでは食糧事情を解決することは難しいのだ」

「分かりました。ライアン様の農場へ行きます。お役に立てるかどうかは分かりませんが、私も、協力しますと言った以上できる限りのことをいたします!」


 公爵家の料理人はなかなか良い腕をしているらしい。

 バスケットの蓋を開けると、鶏系の網焼きにされた照り焼き風の肉や、牛に似たローストビーフ風にスライスされたもの、燻してスライスされたサーモンのような川魚が綺麗に並んでいた。

 それらを、薄切りにした酸味のある黒っぽいパンに、葉物野菜と一緒に挟んで食べると絶品だった。

 香辛料や味付けはもう一つ物足りなく思ったが、すきっ腹には丁度いいあっさり具合だ。久しぶりのまともに食事にお腹が満たされて、ほっとしたマリサだった。


 食事を終えて顔を上げたグレイスは、小山のように見え、更に威圧感を漂わせていた。

 クレーン車やショベルカーといった重機のようなサイズのグレイスに、さっと跨るライアンにも驚いた。

 そのライアンの前で、グレイスに横座りするマリサは、悪い夢でも見ているに違いないと納得するのだった。


 マリサは、手綱を握るライアンの腰に腕を回して、はしっとしがみついていた。

 恥じらいとか外聞などなにもない。

 怖いものは怖い。

 それが鬼でも悪魔でも、神様でも公爵様でも、縋れるものならなんにでも縋りつくのが正解なのだ。

 恋人がいない歴二十八年だが、それがどうしたのだと言いたいマリサだった。


「ロバジイ、先に行ってくれるか?」

「おう。こっちはオオカミ犬がやる気になってるから、トニトを休ませて、こいつに荷車を引かせていくよ。じゃああとでな」


(えっ、まっ、まって!)


 グレイスから降りたいマリサだったがもう遅い。

 ロバジイの「ハァ!」という掛け声とともに、シロリンが荷車を引いて走り出す。


「し、シロリンー」

「ヒヒィヒヒヒヒヒィーン!」


 マリサの半泣きの声は、グレイスの嘶きにかき消された。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妖精の森の、日常のおはなし。

華衣
ファンタジー
 気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?  でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。  あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!? 「僕、妖精になってるー!?」  これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。 ・毎日18時投稿、たまに休みます。 ・お気に入り&♡ありがとうございます!

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...