箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

文字の大きさ
17 / 51

16 公爵領のコムギ騒動⑥ ~三日目

しおりを挟む


   今夜は公爵邸に泊まるのかと、マリサはぼんやり考えていた。

  因みに、ライアンの言う「決定」というのは、南の領地への同行のことだろう。


(はぁ、私なんかでも、手伝えることがあるのかしら。畑のことなんて素人なのに……)


   ゲームでは、豊穣の女神セレースの呪文は、唱えさえすれば誰でも発動するはずだ。

   それを「光魔法」等と言われても、まるで意味が分からない。

 マリサは不安に飲み込まれそうになりながら、ライアンにエスコートされ、畑の脇に控えていた風格のある馬車に乗車した。



 馬車が動き出す。

   流石公爵家、スプリングが利いているのか揺れの少ない馬車は、よく手入れをされた道を滑らかに進んで行く。

   ぼんやりと車窓に目をやれば、広々とした農園を、起伏のある牧草地がコの字に取り囲んでいた。

   馬車に乗る前、シロリンはちらっとマリサを振り返ったものの、すぐに尻尾をわっさわさ振って、オオカミ犬達と共にトレーナーに連いていってしまったのだった。


(シロリン、平気かな……)


 シロリンの姿を探すが窓からは見えず、思わず溜め息を吐けば、向かい側に座るライアンから声がかかった。


「オオカミ犬は社会性のある生き物だから、行動を共にするのは、君のオオカミ犬のためになるはずだ」


 マリサも頭では分かっているのだ。

   まだ幼いシロリンにとって、同じような種族との触れ合いは社会勉強にもなるし、願ってもないありがたい経験だと理屈では理解していた。


「うちのオオカミ犬達とすっかり溶け込んでいただろう? 心配しなくても大丈夫だ」


 馬車に乗る前に、犬小屋などとはとても言えない立派な犬舎や厩舎等が牧場内に建つのを確認している。ライアンが、あの建物がそうだと、数百メートル離れた犬舎を指で示してくれたのだった。

   犬舎には専門のトレーナーがおり、ドッグランや訓練場がある。動物や魔獣専用ドクターと看護師も近くに常駐しているという。それぞれに区切った広いスペースがあり、シロリンはそこに泊まるため、今夜マリサは一人きりとなる。

   因みにロバのトニトはこれまたゆったりとした厩舎に預けられていて、ロバジイは厩舎すぐ側の宿舎に泊まるらしい。


「はい……」


   困ったような顔のライアンに、申し訳なくなるが、そうは言っても心配なものは心配でどうしようもなかった。


「君は……並外れた魔法の使い手で、強い意志を感じていたが、そのか細い身で、ただ懸命に生きているだけなのだろうな」


   魔法の使い手と言うのはさておき、ライアンの言葉が真をついていて、一瞬うるっときたが、マリサは自嘲気味に笑った。

   身一つでこの世界に放り込まれたのだ、懸命にならざるを得なかった。

   今日は、なんとも目まぐるしい一日だった。女神の呪文が光の魔法だと言われて動揺し、気持ちに余裕がなくなり、シロリンと少し離れただけで、弱気になってしまったようだ。

 だが、社畜だった頃のことを思えば、心の負担は遥かに軽い。


「そうです、懸命ですよ。だって、一人じゃありませんから。シロリンと私は一蓮托生なんです。うん、シロリンがいるから、なんとか頑張れるんです」

「杞憂だったか」


 ライアンが破顔する。

   シロリンと楽しく、幸せな毎日を送るために、今は出来ることをやっていくのだと、そう、自分で決めたことを改めて思い出す。

   マリサは今度はにっこりと笑ってみせた。



   暫く行くと川が流れており、川向こうの城門から跳ね橋が下りていた。 

   橋を渡り堅牢な城壁の門を潜れば、庭園の先に壮麗な城が現れた。


「わあ……!」


(お伽噺の世界だわ。そして目の前に座っているのは城主の息子なのよね……)


 さっきまでの心配と心細さが打って変わって、今度は緊張が襲ってきた。

 普段着の、それもアイロンもかけられないため寄れたシャツにカーディガンを羽織り、ジーパンは薄汚れ、土まみれのスニーカーという己の姿に改めて気付くマリサだった。


(いやだ、こんなゴージャス馬車に汚れたまま乗ってしまったんだわ。どうしよう……。着たきりだしこれしかないし……)


 絶望的な気持ちでライアンを見つめる。


「あの、今更なのですが、私、こんな汚れたなりで、お邪魔できません。すみませんが、ここでおろして下さい。シロリンのいる犬舎へ行きますので」


 できることなら、シロリンと一緒に帰りたい。それが無理なら、シロリンのいる犬舎に泊まれないものだろうかと、マリサは青ざめていた。


「なにを言っているのだ。その土は、尊い労働の証じゃないか。それに、無理に君を連れてきたのだ。きちんともてなしをさせてくれないか?」


 ライアンの、低音でちょっぴりハスキーなこの声と、憂いを帯びたこのゴールドに輝く瞳に、マリサは弱かった。


「は、はい……」


   久しぶりに、むくむくと真面目マリサが顔を出す。「彼に従うのよ。粗相のないようにしなきゃダメよ」

と言いながら、ソワソワワキワキ落ち着きがない。


「権力に阿るなんて、社畜時代と変わらないじゃない。人助けはいいけど、出来ることとできないことははっきり主張するべきよ」

 新マリサが呆れ声で訴えてきた。


   この先、どんな運命が待ち受けているのだろう。全く先が見えないという怖さがある。

   ライアンはただ領民を助けたいがために、マリサのようなどこの馬の骨とも分らぬ娘に対しても、積極的に係ろうとしているのだろう。

   そう、勘違いしてはだめだし、マリサ自身していないつもりだ。


   南の領地へ同行したとして、自ら収穫した野菜を手放すこと以外に、何ができるのかまるで分らないが、全ては被害状況をこの目で見てからになるだろう。


(考えてばかりじゃ沼るしね……)


   宮殿に続く道の左右に、従僕やメイド達が頭を低くし待ちかまえていた。その間を、馬車は緩やかに進んでゆっくりと止まった。


   外から従僕がドアを開けると、ライアンが先に下りて行き、マリサに手を差し伸べた。

   非現実的な世界に身をおきつつ、今はこれ以上深く考えないことにして、マリサはライアンに手を預けた。

    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妖精の森の、日常のおはなし。

華衣
ファンタジー
 気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?  でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。  あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!? 「僕、妖精になってるー!?」  これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。 ・毎日18時投稿、たまに休みます。 ・お気に入り&♡ありがとうございます!

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...