箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

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17 異変!① 〜四日目

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「準備完了しました!」


 臙脂の軍服に身を包んだ騎士が、ライアンの足元で右膝を付き騎士の礼を取る姿に、マリサは息を詰める。

 血の色に近い臙脂の軍服は、血の最後の一滴が流れるまで戦うという証なのだという。


「わかった。出動を命じる!」

「ワォオォン……」


  マリサの隣でシロリンが緊張気味に吠えた。


(よしよし……)


 シロリンの首元を撫でながら、マリサも自らの緊張を紛らわせるのだった。


 今回の作戦は、公爵家の魔術部隊と騎士部隊、混合での作戦となる。中心となる物資の搬送は、主に魔術部隊の中でも大容量の収納魔法持ちと、大気や土壌の汚染に備え、浄化魔法を扱える者が、それぞれ五班に分かれて編成されている。


 マリサの出で立ちは、以前、ライアンの姉リラが訓練時に着用していた騎士服だった。

  魔術騎士リラは、剣の腕もさることながら、水と風(摩擦)からなる上級魔法、雷魔法の使い手として王都で遊軍部隊の隊長を務めていた。近年は隣国との戦争こそないが、群れとなった魔物の暴走スタンピードでの活躍により、リラは上級騎士爵を戴いている。

 リラは現在、宰相を務める侯爵家嫡男に嫁いでおり、第一子懐妊中のため第一線からは退いていた。




 昨日は湯浴みの後、騎士服を試着することとなった。メイド長のアンナからリラの武勇を聞かされたマリサは気が遠くなりかけた。


『あの、このような大切なお衣装を、私などがお借りするのは申し訳ないです。農作業用の服などに、余りはありませんでしょうか?』


 訓練用と聞いたが、肩から胸にかけて金色のモールがつき、サッシュや、肩にも装飾があり、胸には金ボタンが並んでいる。


(バリバリ中世の軍服仕様じゃない。しかも高級そうな生地。私が着たら、痛いコスプレにしかならないわ!)


 風呂上りのせいもあるのか、マリサは眩暈がした。この日、もし倒れたら三度目となるが、身体よりも心が先に音を上げそうだった。


『何を仰るのですか。お嬢様は、尊い光魔法の使い手であらせられるのに! それに、お嬢様がご着用下さったら、リラ様は感激なさるはずですわ!』


と、眩しいような眼差しで、マリサを見つめるメイド長に、マリサは成す術もなく受け入れる他なかったのだ。

 ただし、お嬢様呼びは気が引けるため、せめて、名前呼びに変える事だけは承諾してもらうのだった。

 その後、試着姿を一度確認したいと言うライアンに渋々見せたところ、


『白い騎士服が似合っているではないか。姉と身長が同じくらいだとは思っていたが、少し直せば着られそうだな』


と、満足気に頷かれた。


『プチサロン(少人数向けの応接間)で待っている』


とライアンは部屋を後にした。


 ディナーの前に、簡単に明日の打ち合わせをすることになっていた。


 リラとは確かに身長は同じくらいらしく、ウエストは丁度よい具合だった。ただし、ヒップとバスト周りがぶかついているのと、ズボンの裾が少し長めで不格好なため、メイドが詰めてくれることとなった。

 この日一番のダメージを食らったように感じるマリサだった。

 朝までに騎士服をきれいに補正してもらい、他にも衣類や下着諸々を準備してくれたり、短い滞在中、あれこれと世話をしてくれたメイドとメイド長アンナに、マリサは深々と頭を下げた。




 南の領地は混迷を極めていた。

 ポイズンバッタを殲滅したとの報告だったが、その大量の死骸の処理が追い付かず、放たれる魔素により魔物を引き寄せる恐れがあり、予断を許さない状況だった。


「ワフ、ワフ、ワフッ!」


 空を見上げたシロリンが吠えたその時、一匹のワイバーンが飛来した。


「伝令、伝令ー!」


 騎士が叫んだ。

 出立しかけていた四つの班の行軍がピタリと止まった。

 ワイバーンは旋回しながら、城内裏手の訓練地中央に降り立った。

 闇夜に染まるマントを翻し伝令の騎士が転がるようにライアンの足元に跪く。

 ライアンの一瞥で斜め後ろに控える副官が短く笛を三度吹くやいなや、四班の指揮官達が疾風のように駆けてくる。

  四人共に身体強化をかけているのだろう、四筋に舞う砂が芝がこちらに向かって伸び、一拍の後ライアンの足元に集った。


「ご報告します」


 騎士が決意したように語り出す。


「南の領地、隣国との国境付近において魔物が出現しました。変異種のポイズントレント、ポイズン・ジャイアントスネイクを複数確認。現地において討伐組織を立ち上げ、王国及び公爵家の国境守備隊と自警団にて交戦中、戦況は五分であります……」


 ピリリと、指揮官達と、次いで集まり後ろに控えていた護衛達から緊張が走る。

 大量のポイズンバッタの処理が追い付かず、生み出された瘴気が周辺の森に溜まり、魔物を呼び寄せ更に異変が起きたらしい。

 北と同じく南の国境も高い山脈で遮られているため、現在、隣国の状態は掴めていない。


「王国への伝達は?」


 騎士へライアンが鋭い視線を向ける。


「はい、只今部下が東の転移魔法陣へ、ワイバーンにて向かっており、到着後、遅くとも昼前には、王都へ伝達予定となっております」


 公爵領第二の町がある東の領地に、王国と結ぶ転移魔法陣があるが、公爵領は広大なため時のかかるのが常だった。


「以上か?」

「いえ、一つ、未確認ではありますが……」

「申せ」

「はっ。西と南の堺にある村、フルゥピュアの森林から農村部に、変色した魔物が出現したとの情報を、中継地の中央領地にて、当地から避難した商人他より聞き及んでいます……」

「なにっ? 被害状況は?」


 ライアンの顔色が明らかに変わった。


「商人によると、変色したトレント複数が毒のようなものを吐く姿を目撃。村人によると、村の外れの農地にて、変色した数種類の魔物が家畜を襲撃。確認できた魔物の内、一つは変色したワイルドボアであったとのこと。また別の村人によると、変色した多数の魔物が集落へ向かって行くのを目撃したとのことであります。しかしながら、単騎での任務のため事実確認はできておりません」

「毒が西の方にまで影響しているとは」


 かっとライアンの目が見開いた。


「作戦変更だ!」


 一班から三班までは、魔物討伐と救助のため隣国との国境地域へ、四班は二班と三班の食料など物資の大半を収納魔法持ちの魔術師ごと請け負い、各地への運搬とポイズンバッタの事後処理を行う事となった。

 残るライアンの指揮する五班は、フルゥピュアへ向けて出発することとなった。

 商人等がフルゥピュアを脱出したのは一日半ほど前のため事は急を要する。


 ロバジイの荷車は、ライアンの大容量収納魔法で運ぶこととなり、トニトは厩舎で留守番となった。

 ロバジイ、マリサ、シロリンは、ライアンと共にグレイスに乗ることとなった。

 階段状になった台の横にグレイスが立つ。グレイスは、人や荷物を固定する魔法のベルト付の、数名運べる鞍のようなものを装備していた。前から順にロバジイ、次にシロリンとマリサがグレイスに乗り、魔法のベルトを装着した。


(ううっ、シートベルトみたいなのがあるし、シロリンが一緒だけど、やっぱり怖い……)


 その後ろにライアンが跨った。


「出動!」


 グレイスがその大きな純白の翼を広げる。ブワッと風が巻き起こり、マリサはシロリンにしがみついてぎゅっと目を閉じる。


「ワフッ、ワフッ!」

「こんな箱庭ゲームいやだーっ!」


   マリサの叫び声は、次々に飛び立つグレイス、ワイバーン、グリフォン、ペガサスが起こす強風と咆哮に虚しくかき消されるのだった。


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