27 / 51
26 異変!④ ~四日目
しおりを挟む※序盤に残虐表現ありです。苦手な方はご注意ください。
ザシュッ!
ズザザッ!
赤黒い血飛沫が、シロリンのシルバーホワイトのコート(被毛)に飛び散った。
巨大サイズのポイズン・レッドアントが真っ二つになって転がっている。
その横でうずくまる剣士をひっぱりあげながら、魔術師が賞賛の声を上げる。
「お見事! また一撃ですね」
マリサは顔を引き攣らせながら、魔術師の反対側から剣士の腕を支える。
「お怪我はありませんか?」
毒を帯びた数多の魔物の返り血で、臙脂の軍服はどす黒く染まっているが、見たところ裂傷等はなさそうだった。
「……ありがとうございます。大丈夫です」
「うへぇ、これはまたデカイな」
ロバジイが後ずさりながら、さも気味悪そうに顔を顰めた。
レッドアント自体は小型犬サイズで、この日遭遇した毒に侵されて異変したポイズン・レッドアントは、大抵が大型犬程だった。だが、この個体はシロリンと変わらぬ大きさだ。
(うう……もう無理……)
胃から込み上げそうになり、巨大な虫の残骸からマリサが目を逸らすと、見晴らしのいい少し開けた場所があった。同じ場所を見ていたロバジイが先を行き、草地にどっかりと座り込む。
「おーい、ここいらで少し休むぞ」
「了解しました。教会まではあと四分の一ほどですが、少し息を整えて補給としましょう」
魔術師は言いながら、剣士に肩を貸して太目の間伐材の上に座らせた。
「申し訳ない。我々の認識が甘かった。正直、広場から教会までの僅かな距離で、ここまで毒にやられた魔物と遭遇するとは思わずにいた……」
苦渋の表情を浮かべ剣士が頭を下げる。
「我々がお助けせねばならぬところ、反対に助けられてばかりだな。マリサ様とシロリン君がいなかったら、どうなっていたことか……」
魔術師が魔力ポーションの小瓶をぎゅっと握り緊め頭を下げた。
マリサの光魔法の効果で、毒と瘴気のガスを防ぎ、毒に侵された魔物の血を浴びても、毒が身体に回らない。更に、これまでの道程で、シロリンが半数以上の魔物を倒していた。
シロリンは真っ先に危険を察知し、いの一番に魔物に飛びかかり一撃で倒すわ、複数の魔物を威嚇し戦闘不能に陥らせるわ、八面六臂の大活躍だった。
しかし、マリサの横から魔物が現れた時は、剣士が素早く盾となって薙ぎ払ってくれた。ポイズン・トレントからのカミソリのような木の葉の攻撃では、魔術師のウォーター・ウォール(水の壁)が弾いて防いでくれもした。
十分助けて貰っている、と喉まで出かかってマリサは口を噤む。
マリサと年齢は変わらないだろう若い二人だが、ライアンからの信頼も厚いらしく、マリサの護衛にと昨夜の内に城での晩餐の後で紹介されていた。剣士、魔術師という仕事にプライドを持つ者に、慰めのような言葉は失礼に当たるだろう。
「ロバジイの羽根にも救われたよ」
剣士は、胸に着けた虹色に輝く羽根を指差ししみじみと言った。
ロバジイから借りている、マリサの胸元を飾っている加護付きのコカトリスの羽根は優秀だった。その羽根のおかげで、身のこなしが小学生時代並みに軽く素早くなり、複数の魔物に対峙した時、攻撃をなんとかかわすことができたのだった。
「本当ですね。私、こんなに飛んだり跳ねたりしたのは子供の頃以来です!」
羽根が気にいったマリサは、買い取れないかとロバジイに価格を聞いて薄笑いになった。
通常、金貨十枚は下らないらしく、今身に着けているものならば(使用品・中古)、知り合い価格で「金貨八枚でいい」とにっこりされた。
剣士と魔術師は考えさせてくれと言って悩んでいるようだ。
気を取り直して、ブロックイチゴを取り出してそれぞれに手渡した。他の収穫物は九割方支援に回すが、ブロックイチゴは水分やビタミン補給になるし、シロリンが食べられるので半分確保することにしたのだ。
「おお、嬢ちゃん悪いな」
「あ、すみません」
「いただきます」
なにげに、ロバジイのマリサの呼び方が、『お嬢さん』から、『嬢ちゃん』に変わったのが嬉しいマリサだった。
「フォオン……」
シロリンがマリサの脇にぐいぐいと顔を押し付けてくる。力を加減しているつもりだろうが、そもそもの力が桁外れなので、マリサは横倒しになった。
「ワフゥ……」
途端、シロリンがオロオロ顔になってしまった。
マリサは(脇と地面に打ち付けた腕が少々痛むものの)何でもないようにすぐ起き上がり、シロリンの顎の下をわしわしと撫でる。
「平気だからね。よしよし、シロリンもどうぞ」
一際大きなブロックイチゴを出すや否や、パクッと吸い込んだ。
「アフ、ワフ……」
シロリンは瞬く間に飲み込むと、キラキラの眼でマリサが齧りかけたのを、じっと見つめている。
「ふふふっ、もうっ、仕方ないなあ」
デレッデレの顔で、マリサはブロックイチゴをシロリンに差し出す。
「ワフッ!」
あっという間にマリサの分も一飲みにしてにっこり顔になるシロリンだった。
「いいですねえ、私も従魔がほしいです」
シロリンを見つめていた魔術師が切なげに言う。
「私もです。天翔る従魔もいいですが、シロリン君のような頼もしくもかわいい相棒、憧れますね」
剣士は空を見上げて溜め息をこぼす。
「おい、こいつは、ただのオオカミ犬じゃないぞ。まず探したところで見つからんし、万が一遭遇したところで、ワイバーンを手懐けるより無理な話だわい」
ロバジイが呆れ顔で言った。
剣士の方は公爵家の管理するワイバーンに、騎士と二人で騎乗しこの地へ来た。魔術師も同じくで、二人には専用の從魔がいない。
いざ飼育するとなると、場所と人手と相応の資金が必要になるため、貴族と言えど個人で飼育する者は限られるのだ。
「ははっ、オオカミ犬でも手懐けるのは難しいがな。おまけに奴等は運動量が豊富だし、飯もたらふく食うからなぁ。懐次第ってところだが、興味があるなら紹介できないこともないぞ?」
ロバジイが二人を見てニヤリと笑った。
「オオカミ犬なら何とか飼育できるかと、いいなと思っていたのですが、そうですよね……」
「そう、ですよね……」
剣士と魔術師、二人して遠い目をしている。
マリサは二人の気持ちが痛いほど解るのだった。マリサも動物が大好きなのに、飼えなくて燻り続けていたからだ。
(シロリンは、おりこうで、かわいい。守ってくれて頼もしいし、かわいい。癒されるし、すっごくかわいいから、それは憧れますよね)
むふふ~と、マリサは傍から見れば若干気持ちの悪い笑みを浮かべてシロリンを眺めているが、本人は気付きもしない。
(運動の方は、シロリン自身で走り回ってくれてるからいいのかなって思うけど、確かに、ご飯の確保は大変なんてものじゃないよね……)
横で寝そべるシロリンの耳の近くをパフパフと撫でながら、マリサはふと心配になりなんとも言えない顔になる。
「そ、そうなんですよね。ご飯ですよ、ご飯。もちろん死ぬ気で頑張るつもりですけど、エンゲル係数、やばいんだろうなぁ……」
「「「えんげるけいすう?」」」
剣士と魔術師とロバジイが首をかしげている。
「え、えーっと、食費のことです。おそらくうちは食費の割合が、支出の軽く半分以上になるんじゃないかなと」
「……まあ、そうなるだろうなぁ」
ロバジイが深く頷く。
「ははっ、それは頑張れとしか言いようがないな。さて、そろそろ行くぞ」
三人から同情するような目を向けられ、マリサは若干涙目になりながらシロリンと共に立ち上がった。
0
あなたにおすすめの小説
妖精の森の、日常のおはなし。
華衣
ファンタジー
気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?
でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。
あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!?
「僕、妖精になってるー!?」
これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。
・毎日18時投稿、たまに休みます。
・お気に入り&♡ありがとうございます!
異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。
彩世幻夜
恋愛
エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。
壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。
もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。
これはそんな平穏(……?)な日常の物語。
2021/02/27 完結
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる