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29 教会の女神像② ~四日目
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ブランカの言動を思い出して、マリサがちょっぴり沈んでいると、
「うおっ、忘れるところだったぜ。そうだ、ちょっと姉ちゃん!」
見張りの強面おっちゃんが、突然、教会の向かって右側を指した。
「あ、はい、なんでしょう?」 「その奥に井戸があるんだけどよ、ちょいと覗いて水が出るか見てくんねぇか? オイラ、司祭様に確認してくれって頼まれてたのを、うっかり忘れちまってたんだ」
この村は、数十キロ先の町より水道橋を介して水の供給を受けているものの、これだけでは水量が乏しいため井戸の水が不可欠らしい。
そのため、教会では朝の務めとして教会に従事する者や奉公人が井戸の水を汲み、幾つかの大樽に水を蓄えることになっていた。
ところが、ポイズンバッタと魔物の襲撃が起こる数日前より、井戸の水位がじわじわと下がり続けていたらしい。また、ここ数日は井戸の水汲みが出来ないでいたため、水不足に陥っているという。
「わかりました。確認しますね」
「悪いなぁー」
マリサが井戸に向かうとシロリンも着いてきた。
石が丸く詰まれた井戸の向こうに、二十センチほどの、小さな石彫りの女神像が据え置かれていた。
(ユートゥルナ様だわ)
その女神の名前も知らず、像や絵姿を見たことも無いはずなのに、マリサの心をぽっと灯すように女神の名前が浮かんでいた。
そして、それを疑問に思うことなく、女神像に会釈をしてから井戸の中を覗き込む。
教会の建物の影のせいもあり、奥は暗く、水を確認することが出来なかった。
「ワフゥウ……」
シロリンも覗いて、暫し鼻をむすむすやったがすぐに諦めて首を傾げてしまった。
駄目もとで釣瓶ツルベを落としてみたが、水に触れる様子もなく、桶を手にしても雫一つ付かなかった。
「枯れちゃってるね」
すると、
「おーい、姉ちゃん、どうだったかぁ?」
バリケードから強面おっちゃんが手を振っている。
マリサは首を横に振って、腕で大きく×を示して声を張り上げた。
「駄目です! 枯れてしまっています!」
「あちゃーっ!」
顔を片手で覆って天を仰いだおっちゃんは、隣の見張りに声をかけて、こちらに駆けて来た。
「うわー、本当に枯れちまってるぞ。いつもはもっと水位が高くて、水が見えてるって言うのに……」
うーむとおっちゃんが首を捻っている横で、マリサは女神ユートゥルナ像を見つめていた。
「あらっ? 今、女神様が微笑まれていませんでした?」
「えっ? ほんとうか?」
おっちゃんが女神像に顔を近付けて、まじまじと見つつ首を捻っている。
マリサには、ユートゥルナ像の頬の辺りがふわっと緩んで、その瞳に光が宿ったように見えたのだ。
「あの、呪文を、女神様に、お願いしてみてもいいですか? 二柱の女神様への祈りとなりますし、初めての事なので、願いが届くかどうかは分かりませんが……」
村周辺の大地には、毒や瘴気の汚染が及んでいると考えた方が良いだろうとマリサは感じていた。
もし、水の精霊がいたとして、穢れを恐れるあまり水が滞ってしまったとしたら……。
いずれ、ライアンと公爵家の私兵や、王国軍(国境守備隊等)が討伐を成し遂げ、毒や瘴気の原因も取り除かれるだろう。
少し先回りになるが呪文で大地や水を浄化し、暫くは汚されないよう浄化の維持ができるようにする。
水は生命線を確保するために一番重要なものだ。
マリサのできる範囲で、もしできるのなら良いかもしれないと決心する。
マリサはアイテムボックスから魔力ポーションを取り出すと、ぐいっと一気に飲み干した。
「お、おおっ! それはぜひとも頼むっ。姉ちゃんなら、女神様が応えてくれるかもしれねえしな。っておい、ねーちゃん、顔! すっげぇしかめっ面になってるぞ。どこか痛むのか?」
「ううっ……、いえ、ポーションが、激ニガなだけですぅぅ……」
おっちゃんがお腹をかかえて笑いだす。マリサは涙目になりつつなんとか気持ちを整えようと笑って見せる。
そんなマリサを、シロリンは目をキラキラさせて見つめている。
「ワフ、オフッ♪」
マリサもシロリンを見つめて頷く。
「よし、お願いしてみるからね。シロリンも、それに、おっちゃんも、祈っていてくださいね」
さっきの呪文で、大気だけでなく、教会を中心に半径数十メートルの地表と、そして地中にも、浄化の影響が及んでいるのがマリサには解っていた。
(大地の女神様は……オプス様だわ。そして、水の女神、ユートゥルナ様に祈りましょう)
女神像に一礼をすると、マリサはすうっと息を吸いこみ、手を胸の前で組んで目を閉じた。
「堂々たる大地の女神、オプス様、オプス様、オプス様、どうぞその大きな御心にて、この大地を目覚めさせ、命を育む活力をお与えください!」
地面から放射状に、イエローゴールドの光りが立ち上り、足元から土の匂いと温もりがふわりと漂う中、マリサはすうーっと息を吐いて再び祈りを捧げる。
「清澄なる水の女神、ユートゥルナ様、ユートゥルナ様、ユートゥルナ様、どうか、地下深く眠りに付く水脈を目覚めさせ、癒しと活力をお与えください。そして、清らかなる流れをこの井戸へとお導きください!」
透明な水色の光が、大小様々な泡の形となり虹を煌めかせながら、マリサの中心から広がっていく。
大地の微振動と共に、しっとりとした水の気配、透き通った水の匂いが周辺に広がっていった。
バタン! と、教会のドアが開き、転げるように中から何人もの人が出てきた。
「お、おお、女神様!」
最初に声を発したのは司祭だ。彼は片膝を着き、頭を垂れ両手を組んで祈りを捧げた。
ついで村の者達や、剣士と魔術師も加わり祈りを捧げる。
迷ったように目が泳いだブランカも、蒼白な顔ではあるが膝を折り祈りを捧げる。
「マリサ嬢!」
その時、ライアンの声が響いた。
マリサが目を開けると、ライアン以下、騎士や魔術師達が、続々と丘をやってくるところだった。
(よかった、ライアン様……)
マリサがライアンの元へ歩き出そうとした時、
「ライアン様っ!」
ブランカがライアンの甲冑へと縋りついた。
「ああ、ブランカ、無事で良かった。よく、よく頑張ったな」
ライアンがブランカを優しく抱きとめる。
それは、大勢のギャラリーがいたとしても、そこに、たった二人しか存在しないと感じるほど、美しい一幅の絵画のようだとマリサは思うのだった。
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