箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

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30 教会の女神像③ ~四日目

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 マリサは教会の中で跪き、女神像に向かって祈りを捧げていた。

 作法も分からず、どんな言葉で感謝を伝えたらいいのかも知らないため、司祭に尋ねた。


『作法などありません。素直な気持ちで語りかければいいのですよ』


とのことだった。

 この世界に来てから、マリサは様々な呪文を唱えてきた。ゲームの解説と裏技が載ったSNSを読んでいて良かったと改めて思う。

   ただ、この世界に来るまで知らなかった女神の名前まで浮かぶとは思わなかったが……。

   セレースを始め全ての女神と、見ず知らずの解説者に、心を込めて感謝の気持ちを祈るのだった。

 南の領地に近いこの土地は農地が多いためだろう、祀られているのは豊穣の女神セレースだった。井戸に祀られていたユートゥルナのように、セレース像が柔らかな微笑みを湛えていた。


(この世界に来てから、目まぐるしい日々を送っているけれど、見守ってくださっているようだし、私のやってきたことも間違っていない気がするわ)


   女神像に祈りを捧げた後、討伐から戻ったライアン達をマリサは呪文で癒し、次いで今、軽い怪我や疲労が見える村人を癒したばかりだ。

   マリサが祈りを捧げ、癒しを顕現させる度に、村人達は感嘆の声を上げ天を仰いだ。


「おおっ、女神様……」

「女神様の御業だ」


 彼らは畏怖や羨望の色を瞳に宿し、額を床に擦りつけるのだった。


「おやめください! どうぞ、私ではなく、女神様にお祈りください」


 居心地が悪くなるばかりのマリサは、交代して間もないのに、そそくさと教会から外へ脱出した。

 司祭のミシェールもかなり腰が低い。マリサを女神そのもののように称え崇め、村人達以上にキラキラした瞳で見つめてくるため、とても気が休まらないのだ。


(動物好きの勘で、失礼だけど、自分と同じ匂いがするって、親しくなれそうだと思ったんだけどな)


「はぁ……」


   いっそ、感情のない目でマリサを見る、ブランカの視線の方が楽なくらいだ。


(今日は一日外にいようかな。寝袋も持ってるし、シロリンのモフモフもあるし。さて、シロリンに、さっきロバジイからいただいた干し肉をあげて、ついでにシロリンチャージしよっと)


 シロリンと魔術師のテオのところへ行こうと歩き出す。

 魔術師と剣士の名前は、さっき教えて貰ったばかりだ。テオは、コストスソリィス公爵家の寄子の男爵家次男。

   剣士はケビン。同じく公爵家の寄子の騎士爵家長男だ。

   昨夜、公爵の城で二人に会った時は、「兵士その一、その二」と紹介され名乗りはなかった。詳しくは聞かなかったが、マリサと物資を教会まで送り届けることに徹する任務故のことらしい。

   だが、ライアンが戻った時、教会から出てきた二人に、マリサから、「差し支えがなければ名前を教えてほしい」と願ったところ、揃って光栄だとばかりに、すぐさま自己紹介をしてくれたのだった。

   マリサは、二人が照れながらも教えてくれたことが嬉しかった。この世界に来てから知り合った人達は良い人ばかりだ。

   数メートル先のバリケード前におっちゃんと共にいる、シロリンとテオに声をかけようとした瞬間、背後から右の手首を取られた。

 つんのめりそうになって振り向けば、ライアンだった。


「ひゃっ! あっ、お疲れ様です……」


 引き止めるのは、声をかけてからにして欲しい。しかめっ面になりながら、心拍数が上がった胸をもう片方の手で押さえる。


「びっくりするじゃないですか!」


 ジロリと睨むが、ライアンの方はどこ吹く風で柔らかな笑顔を向けてきた。


「ああ、怪我もなにもないようで安心した。道中大変だったと聞いたが、怖い思いをさせて申し訳なかったな」

「いえ、テオ様とケビン様、ロバジイにも助けていただいたので、それほど大変ではありませんでした。それに、シロリンが守ってくれましたから!」


 つい自慢げに言ってしまったが、スポーツは愚か散歩すらしなかったマリサが、何事もなくここまで辿り着けたのは、シロリンや皆に助けてもらったお陰だ。とは言え、登山のような起伏のある道程は少々きつかった。

 マリサの手首を握るライアンの手に力が入る。


「ライアン様、ちょっと痛いです」

「ん? ああ、すまない……」


 ライアンは、目を窄め考えるような顔になる。


「テオとケビンから名前を教えられたのか?」

「あ、はい。仲良くなれたのに、お名前を知らないのが残念で、私から教えて欲しいとお願いしました」

「そうか……」


 マリサは、改めて自己紹介をしてくれた二人を思い出してふふっと笑った。その時の二人の様子が、なんだか普通の青年って感じで、失礼だが可愛らしかったのだ。


『僕は、男爵家次男のテオ・バザルスソリィス。二十二歳で、得意なのは水魔法だ。あと、土魔法を練習中で、訓練以外では大好きな魔法の研究をしているよ』

『俺は、騎士爵家の長男で、ケビン・フィーデスソリィスと言う。二十三歳。騎士志望だったが、騎乗して戦うよりやっぱ陸がよくて、ありがたいことに足が速いおかげで、こうして現地で駆け回ってるんだ』


 二人共「私」から、「僕」「俺」呼びになっているのも打ち解けてくれたみたいで嬉しかった。

   ただ、同じ位の年齢だと思っていたのが、五、六歳も年下だったのには驚いた。マリサの方が年上だからショックだったということより、自分が生まれた日本の同世代よりも、とても大人びて見えたせいだ。


(魔物と実際に戦っているし、国や領地の防衛と言う職業柄、しっかりせざるを得ないのかもだけど……)


「マリサ嬢」

「は、はい」


 気がつけは、もう一方の手首もライアンに握られていた。ライアンを前にしているのに、つい考え事をしてしまっていた。


「えっと、なんでしょう?」

「いや、この世界に来て間もない君に、物資の荷運びや女神様の癒しまで、大変な無理を強いてしまったと今更ながら反省している。だが、それ以上に、君に来てもらって本当に良かったと思っている。感謝しきれないほどだ」

「いいえ、僅かでもお力になれているなら嬉しいです。それに、ライアン様や討伐隊の皆さんの大変さとは比べ物になりませんので」


 神秘的に煌めくゴールドの瞳がマリサを射抜く。極めつけ、間近で浴びるライアンの声に、マリサは妙にドキドキしていた。

   異性の接近に対して耐性のないマリサはいっぱいいっぱいだ。なんとか握られたままの手を回収しなくてはと、話題をかえてみることにする。


「そ、そうでした! この土地は、農地が多くポイズンバッタの被害も甚大とのことですが、畑等に浸潤した毒や大気に停滞するガスを、女神様の呪文で癒せたらと考えていました。可能かどうかはやってみなければわかりませんが、いかがでしょう?」

「ああ、そうしてもらえるとありがたい。この教会周辺の澄んだ空気には驚いたし、枯渇した水を復活させた君なら、出来るに違いないよ。早速だが、明朝、頼めるだろうか?」

「はい、了解です!」

「ありがとう。それが終われば、君は領地へ戻りなさい。明日の護衛には、今度こそオレが加わるよ」

 そう言って、バチンとウィンクしたライアンを見て硬直していたら、


「ライアン様」


 教会のドアが開き、ブランカが出てきた。

 マリサと目が合うが、ついと外され、駆け寄ってきたブランカはライアンの右腕を両腕で抱え込んだ。 

   そのため、ライアンが握っていたマリサの左の手首が解放された。

「ブランカ、どうしたのだ?」

「急に出て行かれたので、少し不安になったのです」


   ブランカは、ちょっと口を窄めて上目遣いにライアンを見ている。眼光の鋭いライアンだが、ブランカを見るその眼差しはどこまでも優しい。


「なんて、ごめんなさい。大切なお話でしたか?」

「いや、話は今終わったところだ」

「良かった! 夕食の用意が出来ましたので、少し早いですがご一緒しましょう?」


 そう言ってブランカはライアンの腕を引いた。


『甘え媚びている』


と分かっているが、それでも、同じ女から見ても可愛らしいし、マリサはなんだ負けたような、ここに一秒でもいたくないような気分になる。


「あ、よろしければ、マリサ様もどうぞ」

「はい、お心遣いありがとうございます。私は、シロリンに何か食べさせてやってからにします」


 マリサはぺこりと頭を下げてぎこちなく微笑むと、右腕を掴むライアンの手を左手でそっと剥がした。


「それでは、失礼します。ライアン様、また明日」


 マリサはシロリンの元へ駆け出した。



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