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35 シロリンと一緒に⑤~五日目
しおりを挟むマリサは、事前に打ち合わせたように、村の長と司祭と共にロバジイの荷車に乗りこんだ。
尻尾をわさわさ振り、「ワホワホ」と楽しそうに荷車を牽引しているのはシロリンで、御者席に座り手綱を握っているのはロバジイだ。
軽トラ程の荷車には普通の幌が張ってあるが、その中は、五倍以上の空間が広がっていて快適なのだ。
司祭と村の長は横並びにソファに座っており、テーブルを挟んだ向かい側にマリサが座っていた。
「……本日中に収穫ができるというのは、本当なのですね?」
村の長は、半信半疑なのだろう、首を傾げ傾げ言った。
「はい、皆さんお疲れのことでしょうから、大変恐縮ですが、あと十四時間程で収穫可能だとわかりました」
マリサの畑と比べれば収穫可能になるのは数時間遅く、品質も「A-」と少々落ちるが、そこは、浄化したての畑なので止むを得ないだろう。
申し訳ない気持ちでそう伝えると、長も司祭も、いやいやと、驚き混じりといった様子でマリサ以上に恐縮している。
長は、机に額を打ち付けるような勢いで首を垂れた。
「とんでもありません。畑はもう駄目だと、皆、絶望しておったのですよ。それが、以前よりも、土の状態まで良くなっているのですから。こんなに早く、畑仕事に戻れるなどと、誰が想像できたでしょう。どれほど、ありがたいことかしれません。皆、教会の中に閉じこもっていたので、働きたくてうずうずしておったくらいです」
司祭が憧れの存在を前にするような瞳で、マリサを見つめる。
「物資の運搬に、空気と土壌の浄化に枯渇した井戸や水源の復活まで。本当に、何からなにまで、ありがとうございます。私共は、畑が駄目になってしまっては、最悪、この村を捨てなければならないものと覚悟をしておりました。これこそ、女神様の御業でしょう。マリサ様と女神様に心より感謝の祈りを捧げます……」
マリサは緊張と冷や汗で、手が冷たくなってきた。
震える手で、カップの紅茶を包み、一口飲み込んだが、すっかり冷めてしまっていた。
「お二人とも、どうか頭をお上げください。これは、全て、女神様方のお力ですので。それで、先程も少し説明しましたが……」
植えて約半日ほどで収穫はできるが、マリサが植えたものは、畑から茎も根も綺麗さっぱり無くなってしまう。そこは箱庭ゲームそのもの、と言っていいだろう。
だが、念入りに活力を注いだため、すぐさま種を蒔ける上、暫くは土への肥料もほとんど必要ないだろう。
長は、マリサの一瞬で終わる種蒔きと、種の芽吹きの速さに加え、収穫後なにもなくなるという、摩訶不思議な話に目を白黒させながら聞いてくる。
「……不思議なこともあるものですね。収穫後、直ぐに畑は使えるということですが、それはどれほどで収穫できるでしょうか?」
「はい、念のために、土の状態を見てから植えていただければと思います。そして収穫までは、恐れ入りますが、ほぼ通常通りか、少し期間が短くなることがあるかもしれません」
司祭がぶんぶんと首と両手を振る。
「いえいえ、十分すぎるほどでございます。物資も沢山ご協力いただいた上に、通常通り収穫が出来るのです。それも、よい品質のものを。家畜の被害こそありましたが、今回は、幸い人は無事でしたので、復興の目途は立ったも同然です」
その後は魔物が出ることもなく、順調に郊外の農地と牧草地に加え、通りすがりに森を癒やしていった。一行は、昼を告げる教会の鐘がなる一時間ほど前に、無事任務終了となった。
昼食を終えるとライアンの班十名が整列し、点呼の後出立の運びとなる。
テオとケビンは班から抜け、フルゥピュアの警護に当たるためマリサ達と共に見送る形だ。
ライアンの斜め後ろに控えているブランカを見て、マリサは小さく溜め息を吐いた。
ここへ来て、マリサは自分が思った以上に疲れが溜まっていることを実感した。
女神の力を使わせてもらっているものの、発動には自分の魔力を使っている。
魔力の加減にまだ慣れていない上、見知らぬ世界に放り込まれ、めまぐるしくも危険と隣り合わせの生活を送っているのだ。心身共に疲れないわけはない。
疲れたのにはもう一つ理由がある。
昼食の前に、マリサの元にブランカがやってきて、礼を言ってきたのだ。
『ライアン様とわたくし達を助けてくださり、感謝申し上げます……』
それは優美なカーテシーと柔らかな声だった。
テオとケビンの話で知ったが、数年前までブランカは、公爵領と隣り合う子爵家の長女だった。小さな領地ではあったが、海に面した土地柄、交易と商業が発達しており、公爵領よりも都市部は栄え潤っているほどだったという。
ところが、ブランカの父、子爵が外国との先物取引で大きな損失を出し、投機もことごとく失敗。借金で首が回らなくなり、子爵家は没落したのだ。
慌てたのは王家と、隣り合う領を治める公爵家だった。国外に重要な貿易の拠点の一つが買収される前に、王家と公爵家から手が入り、違法な取引に手を出していた子爵は捕縛され、領地と爵位の没収となったという。
子爵の妻は離縁後、実家の男爵家で療養中。できが悪くなく真面目なブランカの弟は、ライアンの口利きで、今は公爵領に吸収された、旧子爵領一、二を争う大店へ婿入りしている。
ブランカは、公爵家の寄子で、伯爵の七十五歳になる母のコンパニオン(付添人兼話し相手)はどうかと打診されたが、断ってしまったらしい。
伯爵家に、王都の学園で一緒に学んだ同い年の娘がいるのを嫌ったのだろう……と言うのは、ブランカより一つ下の学年だったケビンの話だ。
(ブランカさんは、二十四歳ってことね……)
この世界では婚期を逃したと言われる年齢だが、マリサより若い。
同情はされたくないだろうが、ブランカは憂き目に合い、一人で頑張ってきたのだろう。一人で頑張ってきた自分とも重なる気がして、一人っ子のマリサは、ふと考える。
(もしも、妹がいたら、ちょっと憎らしいけど、放っておけないような気持ちになるのかな?)
と。
マリサはにっこりと笑った。
『いいえ、ライアン様にはお世話になっておりますし、私にでも、出来ることがあればと思ってのことですから』
ブランカはその丸い瞳でじっとマリサを見つめて言った。
『一つお聞きしていいかしら?』
『なんでしょう?』
『あなたは、ロンド王国という名の「小説」の人ですか、それとも、「げいむ」とやらの人かしら?』
『えっ?』
マリサはただ絶句するのだった。
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