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38 帰路にて① ~五日目
しおりを挟む荷車の心地よい振動とリズムに身を任せている内に、どうやらマリサは眠ってしまったらしい。
気が付けば、荷車の中に設えられたゆったりしたソファに突っ伏していた。
「わっ!」
マリサは慌てて起き上がったが、一瞬、ここがどこなのか、どうしてこの場所に自分がいるのか分からなくなりかけた。
「……そうだ、ロバジイの荷車で、領地に戻るところだったんだ」
ライアンと話せなかったのが、まだ心に引っかかっている。
胸のもやもやの正体をマリサは考えあぐねていた。
ふぅーっと溜め息を吐いて、まだぼんやりしている頭を左右に振る。
(南の領地の浄化のお手伝い、ほんとうにしなくてよかったのかな……)
昨夜の内にライアンに聞くつもりだったが、フルゥピュアの農地調査の話し合いに殊の外時間を取られてしまい、尋ねそびれてしまったのだった。
ただし、伝令からの報告で、南の領地の被害はフルゥピュアの比ではなく甚大だということだった。危険の度合いは計り知れないため、今の段階ではまず、毒化した魔物の討伐と、ポイズンバッタの処理が優先されるとの事だった。
王都からの援軍も動員され、毒化した魔物や領地の浄化のため、多くの魔術師が派遣されたという。
それでも何か役に立てたかもと、つい思ってしまう自分自身にマリサは自嘲気味に笑う。行った所で足手纏いになるだけなのもわかっていた。
「どう、どう!」
ロバジイの声が響いた瞬間、荷車の速度が落ち動きを止めた。
荷車の前半分は品物で埋め尽くされているため、前方は確認できない。
今どの辺りだろう、シロリンはロバジイはどんな様子だろうと、マリサは荷車から降りようと、幌の後ろ側の幕を押し上げた。
そこは、広場になっていて、大小の馬車や荷車が数台停まっていた。「道の駅」のようなものだろうか、お腹を刺激するおいしそうな匂いが漂っていて、食べものや雑貨等の屋台が幾つか出ていた。
「えっ、トニト?」
今降りたばかりの荷車とそっくり同じ荷車が目の前にあり、ロバのトニトが繋がれていた。
思わず駆け寄ると、
「グェェエーッ!!」
前歯を剥き出しにして、お前は誰だ? みたいな顔をされる。トニトはヒーヒーギィーギイーとなんともいえない声で鳴くのだが、こんなに拒絶されるはずは無いのだ。
「わーん、トニトってば、少し離れていたせいで、忘れちゃったの?」
しゅんとなったマリサだが、思いついて、アイテムボックスから、大降りのトゲニンジンを取り出した。
「トニト、残り物だけど、うちのトゲニンジンどうぞ。おいしいよ~。お姉さんのこと、もう忘れないでね」
パクッ
トニト?が食らいつき、パリボリとあっという間に食べてしまった。
「ふふふっ、ね、おいしかったでしょ?」
ご機嫌になったらしく、トニト?が頭を撫でさせてくれて、マリサもほくほくの笑顔になった。
「今日はお洒落さんね、リボンかわいいよ」
トニト?の鬣に、ショッキングピンクの大きなリボンが結わえてあった。
トニトは雄だが、リボンを頭に飾ることもあるのかと、マリサはくすっと笑う。
「よーし、よし、かわいいからいいか」
「お嬢さん、お嬢さん」
「はい?」
突然背後から声をかけられて振り向けば、ロバジイがデニムのピンク色のロングスカートを履いて、お化粧までして立っていた。トニトとおそろいのリボンが、一本の三つ編みにした長い髪の先で揺れている。
「えっ? ロバジイ、どうしちゃったんですか?」
「ぶっはははっ! このあたしがロバジイだって?」
「おい嬢ちゃん、冗談はやめとくれ」
「へっ? ロバジイが二人!」
「おい、こんな婆さんと一緒にするのはよせっ! こいつはわしの姉ちゃんの『ロババア』で、こっちは『トニコ』だ」
「それはこっちの台詞だよ。だいたい、誰が『ロババア』なんだって言うのさ。『ロバネエ』と呼びな」
「なにずうずうしいことを言ってやがんだ。ロバジイを名乗るわしの姉ちゃんなんだから、『ロババア』じゃないか」
「きぃーっ、煩いよまったく!」
寝起きでぼんやりしていたマリサの頭の理解がようやく追いついてきた。
トニトだと思ったのはロババアの相棒のロバのトニコで、トニトではなかったらしい。
「いやだ、私ったら。大変失礼しましたっ!」
バサッと音がするほど勢いよく頭を下げて、マリサは平謝りした。
「ロバジイのお姉さまだったのですね。そして、この子はトニコちゃん。間違えてしまってごめんなさい。初めまして、マリサと申します」
「ワフッ、ワフッ!」
いきなり、シロリンが突進してきたが受け止めきれず、マリサは倒れ掛かり、そのマリサをトニコが鼻面で受け止めてくれた。
「シロリンー、重たいよー」
そう言いつつ、もふ毛に埋もれてベロベロ顔を舐められ、後ろからトニコの生ぬるい鼻息を浴びて、まんざらでもないマリサだった。
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今回はエピソード的に短めの内容となっていますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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