箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

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39 帰路にて② ~五日目

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「南の領地へ行ったってのは本当だったのか」


 ロバジイが目をひん剥いてロババアに詰め寄った。


「ああ、そうだ。羨ましいかい?」


 ロババアが負けじとロバジイに顔を突き出してニヤリと笑った。

 屋台の前のテーブルを、ロバジイと、ロババアとマリサが囲んでいる。マリサの足元にシロリンが寝そべっていたが、ロバジイ、ロババア姉弟の険悪なムードにビクッと起き上がってお座りした。

  テーブルの上でいい匂いと共に湯気を上げているのは、お好み焼きとピザが一緒くたになったような、一辺が五十センチくらいある四角形の食べ物だ。それが三枚乗っている。生地には刻んだ野菜が混ぜてあり、トッピングに数種類の魚介と、謎のそぼろ状の肉と、バジルに似た匂いの葉と、蕩けたチーズが乗るそれは、「なんでも焼き」と言うらしい。

  尚、シロリンは水と塊肉をロバジイから貰って一瞬で平らげているが、なんでも焼を目の前にして、涎がすごいことになっている。


「で、どうだったんだ?」


  ロバジイが発砲白ワインの入ったジョッキを呷ってガツンとテーブルに置く。


「ああ、ざっとだが、息子と、弟達と手分けをして全体を見てきたが、酷い有様だったねぇ。暫くは休む暇も無いだろうよ」


 酷い有様と口にする割に、顔は黒い笑いを浮かべている。


「おいおい、姉ちゃん、商売人の悪い面になってるぞ」

「人聞きの悪い。これは、人助けに燃えている顔だよ」


  ロバジイの一族は、王国を飛び越え世界中で一大ネットワークを築いて活躍する、大商人であり流通業の王者とも言われている。

 その話をケビンとテオに聞いた時、「だからロバジイは神出鬼没なのね」とマリサは妙に納得したのだった。

  因みに、長男のロバジイは主に公爵領を拠点とし、長女のロババアは同じく公爵領の東の端から隣接する伯爵領を拠点としている。

  今回、ロババアの南の領地行きの決断は早かった。

  たまたま公爵領の中央に出張していた息子からの先触れ燕で、ポイズンバッタの一報を聞くや否や、荷車にありったけの物資を積み込み、後は他の子供と部下に任せて出発した。弟(三男)とその娘、そして中央で待機させていた息子等を引連れ、それぞれ荷車を飛ばし南の領地へ駆けつけ、物資を運びながら現場の惨状をつぶさに見てきたという。

  確かに、公爵家の精鋭である魔術部隊の速やかな働きにより、ポイズンバッタの殲滅はほぼなされた。だが、公爵領最大の穀倉地帯に広がるポイズンバッタの死骸の処理まで手が回っていないのが現状だった。


――充満した毒に引き寄せられた魔物はその毒を帯び凶暴化し、更に魔素を大量に生み濃度を増した魔素はやがて瘴気となる――


  未だ放置を余儀なくされた死骸からは毒ガスが放たれ続け、その毒を帯び凶暴化した魔物が次々に発生しているという。

  暫くは、公爵家の私兵の魔術師と騎士、王国と公爵家からなる国境守備隊、領民からなる自警団で討伐の任に当たっていたが予断を許さない状況だった。そのため、王国軍から多くの魔術師と騎士が増強されたのだ。


「南は絶望的だね。人的被害も出ているんだ」


 ロババアの顔が陰る。

 公爵領にとっても、王国にとっても重要な穀倉地帯の一つが大打撃を受けているのだ。

 南の領地の惨状をロババアに聞くにつれ、マリサはじっとしていられない気持ちになった。フルゥピュアを出発して以来、なにも食べていないためお腹が空いていたのだが、一気に食欲が引っ込んでしまった。


「嬢ちゃん、心配してもなるようにしかならんよ」

「だが、あたしは、あの土地はまだまだ終わっちゃいないと判断したよ。お嬢さん、あんたにもやれることがあるだろうよ。その時のために準備と覚悟をしておくことだね」


 こくんとマリサは頷く。


「まずはしっかり食うことだ。さっさと食わないと、そのワンコロが干上がっちまいそうだ」


 ハッと気付けば足元はシロリンの涎の水溜りになっていて、三角の耳が両方ともペタンと垂れ下がっている。


「ワフゥゥゥ……」

「ありゃ、シロリン、ちょっと待ってて」


 シロリンは犬っぽい見かけだが、人の食べるものなら何でも口にできるらしい。とはいえ、塩分は控えめにした方がいいだろうとマリサはなんでも焼を味見しつつ思うのだった。


「いただきます。……うん、結構、いけるかも。……このトマトと魚醤を混ぜたようなソース、少し落としたらあげるからね」


 半分に割いた生地から、ソースのみをフォークでこそげ取りシロリンに差し出す。

 瞬殺(一飲み)だった。


「ふんっ、悪いがわしも公爵様の城でトニトを拾ったら、姉ちゃんより先に南へ行くぜ」

「呆れたねぇ。お前はどうせ様子見でトニトを温存していたんだろう? トニトもトニコも外見はロバだが、中身は猛るグリフォンみたいな武闘派だからね」

「えっ!」


 長い睫の優しい眼差しのトニトやトニコが武闘派にはとても見えず、マリサは思わず声に出てしまった。


「まあ、言っても公爵様のグレイスには及ばないがな」

「あたしは一旦拠点に戻って物資詰めたら南に戻るが、そのワンコロで北へ戻るのに二日はかかるんじゃないかい?」


 うひゃひゃと笑うロババアに、マリサはムッとするが、口出しするのはやめておいた。


「ハハハッ! どこに目ぇつけてんだよ。体力的にはまだまだだが、こいつの脚はトニトやトニコの倍速いし、グレイス並に強いぞ」

「ああ、ちょいと鎌をかけただけさ。このワンコロは化けるだろうねぇ」


 ロババアがじっとシロリンを見つめている。

 マリサにジリジリとくっついてきたシロリンは、タジタジだった。


⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆


少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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