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#19 跪く王子様
しおりを挟むやがて甘やかなキスが終わっていた。
けれどもどうにも離れがたくて、レオンの胸に顔を埋めたまま、夢見心地でキスの余韻に浸っていると。
「本当に不思議だなぁ。ノゾミとこうしていると心がとても安らぐというか、癒やされるというか。とても心地が良くて、ノゾミと片時も離れたくないなんて、身勝手なことを思ってしまうだよね」
不意に降らされたレオンの甘やかな声音によって鼓膜を擽られた。
ーー私も。私も同じだ。
こうしてレオンとくっついているだけで、とっても安心できる。ずっとこうしていたいくらいだ。
それはレオンがまだ狼の子供の姿だった時から、ずっとそうだった。
レオンと同じ気持ちだったことが、どうしようもなく嬉しくて。
私は、知らずレオンの背中にまわしていた両腕を引き寄せ、ぎゅっとしがみついてしまう。
けれどそこに続けざまに紡がれたレオンの次の言葉によって、状況は一変することとなる。
「ノゾミの傍にいると、こう、身体の奥底から内なるパワーが漲ってくるような、そんな気がするんだ。やっぱり、聖女であるノゾミに秘められているという『驚異的な力』は偉大なんだろうね」
ーーなんだ、そういうことだったのか。
レオンは私自身にではなく、『聖女である私』に惹かれているだけなんだ。
きっと、行き倒れていたのを助けてもらったということと、ゴブリンの呪いで死を待つのみだったのを『治癒魔法』とやらで救ってくれた。ということが一番の要因だったに違いない。
それに加えて、所々抜け落ちている記憶のせいで、心細いだろうし、不安になっている。というのもあるのだろう。
こんな簡単なこと、どうしてもっと早く気づけなかったんだろう。
そこまで思考が及んで、私はハッとした。
ーー私、なんでこんなにショックを受けてしまっているんだろう。
もしかして、私、レオンのことをーー。
ある結論に達しかけたタイミングでレオンの至極心配そうな声音が思考に割り込んできた。
「ノゾミ? どうかした?」
我に返ると、眼前にはレオンの王子様然とした麗しいキョトン顔が迫っていて、ドキンとさせられた。
導きかけた結論も勿論だが、さっきレオンと交わした甘やかなキスのことを思い出してしまったからだ。
なんとか動揺を気取られないためにも、なんでもない風を装うのがやっとだった。
「あっ、ううん。ごめんなさい。ちょっとボーッとしてただけ」
「別に謝る必要なんてないよ。ノゾミに抱きつかれて少し驚いただけで、むしろ嬉しいくらいだよ。……ただ」
余裕のない私とは違って、いつもの飄然とした様子のレオンの言葉に、ホッと胸をなで下ろそうとしているところに、レオンが最後に放った気まずそうな声音が耳に届いて。
ーーん? なんだろう……。
今度は私が首を傾げてキョトンとする番となっている。
「そんな風にくっつかれたら、理性が……」
私の視線から、何故か逃れようとするかのように、顔を僅かに横にずらしたレオンの耳は、心なしか紅くなっているように見える。
レオンが口にした言葉の意図が掴めなかったものの、依然レオンに組み敷かれて密着しているのだ。
レオンのある部分が通常とは違った状態であることが、否が応でも密着した身体を通して伝わってきてしまう。
「ーーキャーーッ!? ヤダッ! 放してッ!」
仰天した私は悲鳴を放ち、大慌てでレオンの身体をドンッと力任せに突き飛ばす。
けれども、この春、身長一五五センチにようやっと届いた小柄な私とは違い、おそらく、優に一八〇センチはあるであろう高身長のレオンに腕力で敵うわけもなかった。
逆に、ぎゅぎゅうっと胸に抱き寄せられてしまい、耳元であの甘やかな声音で必死になって請うように囁かれてしまっては、それ以上突っぱねることなどできない。
「ノゾミ、ごめん。落ち着いて。これはただの生理現象だから。大丈夫、大事なノゾミのことを欲望のままにどうこうしようなんてこと、僕は思っていないから。ね? お願いだよ。僕のことを信じて? ノゾミ」
とはいえ、依然としてレオンのある部分は、自分が雄であることを誇示し続けている。
なので半信半疑で聞き返した私の言葉にも、レオンはキッパリと言い切ってくれた。
「……ほ、本当に?」
「うん、本当だよ。神に誓ってもいい」
そうしてゆっくりと私の身体を抱き寄せたままベッドから起き上がると、私のことをベッドに座らせて、何を思ったのか、私の足下で片膝をついて跪く。
ーーえ? 何? どうしてそんなことするの?
眼前で跪いてしまったレオンのことを吃驚眼で凝視したままでいると、不意に私の右手をそうっと包み込むようにして手に取り、自身の方に引き寄せ、手の甲にそうっと口づけてきた。
そうして一瞬の間を置いてから顔を上げたレオンが私のことを真っ直ぐに見つめつつ。
「信じて、ノゾミ。ノゾミが僕のことを好きになってくれるまでは、キスは勿論、さっきのようにノゾミに決して不快な思いなんてさせはしないと誓う。だから、僕のことを信じて欲しい」
そう誓ったあとで、あたかも誓いでも立てるようにして、もう一度手の甲にそうっと触れるだけの甘やかなキスを落とすのだった。
私はその様を夢現でぼんやりと眺めていることしかできないでいる。
そんな私の足下に跪いたレオンの姿は、幼い頃に何度も読み返すほど憧れた物語に登場する王子様そのものだった。
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