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#42 王子様と共に
しおりを挟むレオンに連れられ、ルーカスさん、フェアリーとピクシーとともに隣国のモンターニャ王国に来てから、早いもので三ヶ月が経過した。
今では、私の名付けた名前の『レオン』から、モンターニャ王国の第二王子・クリストファー・パストゥール殿下の愛称である『クリス』と呼ぶようになっている。
四方を山々に囲まれた土地柄のせいか、精霊の森にいた頃よりも朝夕の寒暖差こそあれど、空気は澄んでいて綺麗だし、とてものどかで心穏やかに過ごせている。
何より、皆気さくでフレンドリーだし情に厚い。
それはおそらく、常日頃から国民の声に耳を傾け、王城に設けられている庭園や農園で自ら花や野菜を育んでいる国王夫婦のお人柄がそうさせているのだろう。
国民の暮らしぶりを知るには、まずは体験しなくてはならない。貧しい者には富んだ者が手を差しのべ、助け合わなければならない。
人を尊い、人を差別してはならない。
……というのが、国王陛下の座右の銘であり、口癖であるらしい。
なので、国王夫婦というのはどんな方々だろうと、戦々恐々だった私の心配は杞憂に終わった。
突然、異世界に召喚されて追放されてしまった私の身の上をとても憂いてくださり、また、クリスとのことを話せば、それはそれは大歓迎してくださり、とてもよくしてくださっている。
なかでも驚いたのが、クリスが家族以外に心を閉ざしていた理由だ。
それは幼少期、人前で初めて狼獣人の姿になった時のこと。
傍にいた小さな子供が驚いて泣き出し、ひきつけを起こしたのをクリスが見て大きなショックを受けて以来、心を閉ざし、人を寄せ付けなくなったことで溝ができ、やがて周囲から忌み畏れられているとクリスが思い込んでいったようだ。
大人になるにつれ、クリスの逞しい体躯や眉目秀麗を体現するかのような美貌に周囲は魅了されていったらしいが。
クリス自身が人を寄せ付けないために、いつしか『孤高の狼王子』と呼ばれるようになり、周囲との溝はますます深まっていったという。
それが、私と一緒に帰国してからは、人が変わったように表情が明るくなり、雰囲気も柔らかくなり、騎士団の指揮官として統率をとるのにも円滑になったのだそうだ。
私は別に何もしていないというのに、国王夫婦をはじめ周囲からとても感謝されている。
私としては、あまりモテられても心配だし。クリスの側室になりたいと名乗りを上げる女性が出てくるんじゃないかとハラハラしていたのだけれど。
幸いなことに、このモンターニャ王国は、側室制度を許していないということで、ホッとしたのが、三ヶ月が経った今ではひどく懐かしく思える。
この三ヶ月の間、私がどうしていたのかというと。
クリスの妃となるために花嫁修業に勤しんでいた。
勿論、下着の開発だって継続中だ。
王族御用達の仕立て職人に協力してもらって作成した『天使の羽衣』と名付けられた下着は、王都だけでなく、近隣の国から買い付けに来る商人の列ができるほどの人気商品となった。
ということで、私は今や、元いた世界でいう、売れっ子下着デザイナーとなっている。
ルーカスさんと小妖精であるふたりがどうしているかというと。
任務のため、亡くなったことにしていた奥様の元に帰って、フェアリーとピクシーらとともに仲睦まじく暮らしている。
住まいは王城の近くとあって、よく往き来しているため少しも寂しくはない。
因みに、あの我侭王太子がどうなっているかというと。
臣下である召喚師のお陰でゴブリンや魔物に捕まることもなく、王城に帰ることができたらしい。
だが余りの恐怖で気が触れてしまい、政務はおろか日常生活にも支障を来しているらしかった。
驚くことに、療養中だった国王陛下の体調不良も王太子の仕業であると判明し、直ちに王位継承権は剥奪され投獄。心優しいとかねてから評判だった弟である第二王子が王太子となったそうだ。
現在は、心優しい王太子と元気になった国王陛下とが政務を担っているらしく、モンターニャ王国との関係も良好だ。
それはさておき、実は今日、ここモンターニャ王国に来てからというもの、急ピッチで準備が進められてきた、クリスと私との婚礼の儀が厳かに執り行われた。
今日をもって、私とクリスとは正式な夫婦となったことになる。
夜を迎えた今は、まだ新居は王城の敷地内に建設中のため、王城にあるクリスの寝室のバルコニーで寄り添い合いキラキラと瞬く星空を仰いでいたことろだ。
私はクリスの隣で、これまでのことをぼんやりと思い返していた。
「どうしたの? ノゾミ。何か考え事かい?」
ふいにクリスに問い掛けられて、私は隣のクリスの顔へと意識を向ける。
すると綺麗なサファイアブルーの瞳が待っていて、まだ慣れることのできない私の胸はトクンと高鳴ってしまう。
正式な夫婦になって初めての夜ーー初夜だと思うから余計だ。
けれども、これまでのことを思い返して色々思考を巡らせていたのも事実。
そのことを一度クリスともきちんと話しておきたいとも思っていた。
環境が全く異なる異世界で育ってきたお互いのことをより深く理解し合うために。
これからこの異世界で夫であるクリスとともに生きていくためにも。
「あっ、うん。これまでのことを振り返ってたの。色んなことがあったなあって」
「本当だね。まさか家族以外に心を閉ざしていた僕が、こうしてこんな風に、愛してやまない妻であるノゾミと一緒に過ごすことになるとは思ってもみなかったよ」
「うん、私も。でも、起こったことは全部、何かしらの意味があったのかなって思うの」
「そうだね。あの王太子には酷い目に遭わされたけど。異世界からきたノゾミと出会うことができた。そのことには感謝してる」
「……うん」
クリスにそう答えたものの、少々複雑な心境だった。
そんな私の心情をクリスは汲み取ってくれたようで。
「……でも、ノゾミにとっては、どうだったのかなって、時々思うことはあるよ。突然、異世界に召喚されて家族と離ればなれになったんだ。とても寂しかっただろうし、不安だったろうとも思う。今もね。それを少しでも和らげてあげられたらって思うよ」
「……」
優しいクリスの言葉を耳にした刹那、胸が熱くなって、それらが喉を伝って熱いものが込み上げてくる。
何かを口にすれば泣いてしまいそうで、ただ押し黙ることしかできずにいた。
そんな私のことを逞しい胸へと抱き寄せてくれたクリスの優しい甘やかな声音が密着した胸を通して伝わってきたことで。
「ノゾミ、そんな風に我慢しなくてもいいんだよ。寂しくなったら、いつでも僕の胸で泣けばいいんだよ。僕はノゾミとなんでも分かち合いたいんだ。僕たちは夫婦なんだからね」
「……っ、ぅっ」
なんとか必死に堪えていた涙はとうとう決壊してしまう。
私が一頻り泣いて気持ちが落ち着くまでの間、クリスは何も言わずずっと私の背中を優しく撫でてくれていた。
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