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#5 予期せぬ事態
#9
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長いこと敵視してきたはずの窪塚と一夜の過ちが元で画像で脅された挙げ句、セフレなんかにされて、大嫌いだったはずなのに。
――どうしてこんなことになってしまったんだろう。
いつしか抱いてしまっていたらしい窪塚への想いに戸惑いを隠せないながらも、なんとか平静を取り繕っているっていうのに、一方の窪塚といえば。
何がそんなに楽しいのか、さっきから子供みたいにはしゃいでいるようにしか見えない。
今だって、展望台から屋内に入ってエスカレーターで移動しているのだから、もう躓く心配なんてないのに。
「もう手はつながなくてもいいんじゃないの?」
「初デートなんだからさぁ、こんなもんだろ、普通。それに誰に見られてるかもわかんねーんだし」
「……あっ、そう」
窪塚はいつもの調子で、あー言えばこー言うで、もっともらしいことを言ってくるばかりで、聞く耳など元より持ち合わせちゃいないかのような振る舞いだ。
「初デートなんだからさぁ、もうちょっと可愛くできねーの?」
「さっきから初デート、初デートって、ただの偽装工作でしょうが」
「まぁまぁ、そう怒るなって。表面上のカレカノだってのが周囲にバレても面倒なんだしさぁ、どうせなら楽しもうぜ」
やたらと、『初デート』、『初デート』ってバカの一つ覚えみたく連呼してくる始末。
そんな脳天気な窪塚の態度に、盛大にむくれた私がツンと澄ましてそっぽを向いているっていうのに。
あろうことかその隙を突いて、公衆の面前にもかかわらず、頬にチュッとキスなんかしてくるものだから、恥ずかしいやら驚くやらで、胸はドキドキと高鳴ったままだし。
それを窪塚に見透かされやしないかとヒヤヒヤしどおしで、気が休まる暇なんてちっともなかった。
「――あっ、ちょっと。何すんのよいきなりッ!」
「いや、だってさぁ、彼女が拗ねてたら機嫌とるのは彼氏である俺の役目だろ」
「そりゃあ、普通のカレカノだったらそうでしょうけど、私とアンタは違うでしょうが」
「だからさぁ、誰に見られてるかわかんねーんだし、しょうがねーじゃん」
「……何が、『しょうがねーじゃん』よ、楽しそうに」
何か言うたびに、私がこんなにも振り回されてるっていうのに。
――こっちの気も知らないで! いい気なもんだ。
とはいえ、そんなこと口にはできないから、こうやって胸の内で悪態をつくことしかできないのだけれど。
「まぁ、医者っていう仕事柄、普段から難しいオペばっかで神経すり減らしてっからなぁ。オフの時くらい、こうやってバカやってねーと身がもたねーし。それに、どういうわけか高梨といると変に気遣う必要もねーし、すっげー気が楽なんだよなぁ」
そんな私の心情を知ってか知らずか、窪塚ときたら、いつしか抱いてしまっていたこの想いに拍車をかけるようなことを仄めかしてくるから堪らない。
けれど、いくら期待を抱いたからって、この想いが報われるわけじゃない。
窪塚にとって私は、画像で脅してセフレにするくらいの存在でしかないのだから、そんなの当然だ。
今の言葉だって、ただのセフレでしかない私だからこそ、なんの遠慮も気兼ねも必要ないからこそ言えることだろうし。
もしかしたら、ただの気まぐれで言っただけかもしれない。
そうとは想いながらも、これまでこんな経験なんてなかったせいで、そんな些細な言葉をイチイチ真に受けてしまうのだから、どうしようもない。
私がこんなにも心を乱されてるっていうのに、窪塚のなかで大半を占めているだろう例の幼馴染みとは違って、何人かいたセフレのひとりに過ぎない私のことなど、時が経てば微塵も残ってなどいないのだろう。
導き出した結論に、ますます惨めな心持ちになってくる。
「……あっ、そう。それはよーございましたねぇ。フンッ!!」
「なんだよ、そんなに怒ることねーだろ」
「もー、ヤダ。いい加減離してッ!」
もういてもたってもいられなくなってきて。
屋外に出てからも、相も変わらず私の手を大事そうに包み込んでいる窪塚の手を交差点まであと数歩というところで、力任せに振り払っていた。
「そんなに怒るなよ。なー、おいって」
そうして窪塚の制止になど耳を貸さず、そのまま信号待ちの人の群れに合流しようとした矢先のことだ。
目の前の信号機に、物凄いスピードで真っ白な乗用車がいきなり突っ込んできて、周囲は瞬く間に、けたたましい轟音と悲鳴とで覆い尽くされてしまっている。
その瞬間、幼い頃に経験した恐怖心を呼び起こされてしまった私は、すぐさま頭を抱え込んでその場に蹲ってしまうのだった。
頭の中には、幼い頃に目にした光景が効果音つきで鮮烈に蘇ってくる。
ただただ怖くて怖くてどうしようもない。
ガタガタと戦慄したままで動くこともままならず、縮こめた身体を尚も竦ませることしかできないでいる。
そんな私の元に、ニ年前のあの時と同じように素早く駆けつけ、即座に包み込むようにしてあたたかな腕でしっかりと抱きとめてくれたのはやっぱり窪塚で。
そういえば、大学の頃から、こういう時に限って、一番に駆けつけてくれるのはいつも決まって窪塚だったなぁ。
いつもいつも口は悪いし、私の意思なんてまるで無視で強引だし、情事の最中だってメチャクチャ意地悪だけれど。
毎回意識を失ってしまう私が正気を取り戻すまでずっと抱きしめてくれていた。
不慣れな私のことを気遣ってか、はたまた罪悪感からなのかは知らないが、事後処理どころか着替えまで、毎回ちゃんと済ませてもくれていたし。
なにより窪塚の腕の中は途轍もなく居心地が良かった。
こんな非常時だというのに、何故だか、窪塚と出逢ってからこれまでのことがあたかも走馬灯のように次から次へと絶えることなく脳裏に浮かびあがってきて、お陰で恐怖心は薄れてくれたものの……。
あぁ、もしかして、ずっと窪塚のことを敵視していたのは、無意識に窪塚のことを意識してしまっていたからだったのかなぁ。
――てことは、好きの裏返しだったってこと?
ハハッ、笑える。今頃そんなことに気づくなんて、そりゃ誰にも女扱いされない訳だ。
ここへきてようやく自分の気持ちに気づくこととなってしまった私は、あたたかな窪塚の腕に包まれたことで心底ホッとしたせいか、そこで意識を手放してしまうのだった。
意識が薄れていくなかで、幾度も幾度も抱きとめた私の身体を揺すりながら必死な声音で私の名前を呼び続ける窪塚の声をどこか遠くに感じながら。
――どうしてこんなことになってしまったんだろう。
いつしか抱いてしまっていたらしい窪塚への想いに戸惑いを隠せないながらも、なんとか平静を取り繕っているっていうのに、一方の窪塚といえば。
何がそんなに楽しいのか、さっきから子供みたいにはしゃいでいるようにしか見えない。
今だって、展望台から屋内に入ってエスカレーターで移動しているのだから、もう躓く心配なんてないのに。
「もう手はつながなくてもいいんじゃないの?」
「初デートなんだからさぁ、こんなもんだろ、普通。それに誰に見られてるかもわかんねーんだし」
「……あっ、そう」
窪塚はいつもの調子で、あー言えばこー言うで、もっともらしいことを言ってくるばかりで、聞く耳など元より持ち合わせちゃいないかのような振る舞いだ。
「初デートなんだからさぁ、もうちょっと可愛くできねーの?」
「さっきから初デート、初デートって、ただの偽装工作でしょうが」
「まぁまぁ、そう怒るなって。表面上のカレカノだってのが周囲にバレても面倒なんだしさぁ、どうせなら楽しもうぜ」
やたらと、『初デート』、『初デート』ってバカの一つ覚えみたく連呼してくる始末。
そんな脳天気な窪塚の態度に、盛大にむくれた私がツンと澄ましてそっぽを向いているっていうのに。
あろうことかその隙を突いて、公衆の面前にもかかわらず、頬にチュッとキスなんかしてくるものだから、恥ずかしいやら驚くやらで、胸はドキドキと高鳴ったままだし。
それを窪塚に見透かされやしないかとヒヤヒヤしどおしで、気が休まる暇なんてちっともなかった。
「――あっ、ちょっと。何すんのよいきなりッ!」
「いや、だってさぁ、彼女が拗ねてたら機嫌とるのは彼氏である俺の役目だろ」
「そりゃあ、普通のカレカノだったらそうでしょうけど、私とアンタは違うでしょうが」
「だからさぁ、誰に見られてるかわかんねーんだし、しょうがねーじゃん」
「……何が、『しょうがねーじゃん』よ、楽しそうに」
何か言うたびに、私がこんなにも振り回されてるっていうのに。
――こっちの気も知らないで! いい気なもんだ。
とはいえ、そんなこと口にはできないから、こうやって胸の内で悪態をつくことしかできないのだけれど。
「まぁ、医者っていう仕事柄、普段から難しいオペばっかで神経すり減らしてっからなぁ。オフの時くらい、こうやってバカやってねーと身がもたねーし。それに、どういうわけか高梨といると変に気遣う必要もねーし、すっげー気が楽なんだよなぁ」
そんな私の心情を知ってか知らずか、窪塚ときたら、いつしか抱いてしまっていたこの想いに拍車をかけるようなことを仄めかしてくるから堪らない。
けれど、いくら期待を抱いたからって、この想いが報われるわけじゃない。
窪塚にとって私は、画像で脅してセフレにするくらいの存在でしかないのだから、そんなの当然だ。
今の言葉だって、ただのセフレでしかない私だからこそ、なんの遠慮も気兼ねも必要ないからこそ言えることだろうし。
もしかしたら、ただの気まぐれで言っただけかもしれない。
そうとは想いながらも、これまでこんな経験なんてなかったせいで、そんな些細な言葉をイチイチ真に受けてしまうのだから、どうしようもない。
私がこんなにも心を乱されてるっていうのに、窪塚のなかで大半を占めているだろう例の幼馴染みとは違って、何人かいたセフレのひとりに過ぎない私のことなど、時が経てば微塵も残ってなどいないのだろう。
導き出した結論に、ますます惨めな心持ちになってくる。
「……あっ、そう。それはよーございましたねぇ。フンッ!!」
「なんだよ、そんなに怒ることねーだろ」
「もー、ヤダ。いい加減離してッ!」
もういてもたってもいられなくなってきて。
屋外に出てからも、相も変わらず私の手を大事そうに包み込んでいる窪塚の手を交差点まであと数歩というところで、力任せに振り払っていた。
「そんなに怒るなよ。なー、おいって」
そうして窪塚の制止になど耳を貸さず、そのまま信号待ちの人の群れに合流しようとした矢先のことだ。
目の前の信号機に、物凄いスピードで真っ白な乗用車がいきなり突っ込んできて、周囲は瞬く間に、けたたましい轟音と悲鳴とで覆い尽くされてしまっている。
その瞬間、幼い頃に経験した恐怖心を呼び起こされてしまった私は、すぐさま頭を抱え込んでその場に蹲ってしまうのだった。
頭の中には、幼い頃に目にした光景が効果音つきで鮮烈に蘇ってくる。
ただただ怖くて怖くてどうしようもない。
ガタガタと戦慄したままで動くこともままならず、縮こめた身体を尚も竦ませることしかできないでいる。
そんな私の元に、ニ年前のあの時と同じように素早く駆けつけ、即座に包み込むようにしてあたたかな腕でしっかりと抱きとめてくれたのはやっぱり窪塚で。
そういえば、大学の頃から、こういう時に限って、一番に駆けつけてくれるのはいつも決まって窪塚だったなぁ。
いつもいつも口は悪いし、私の意思なんてまるで無視で強引だし、情事の最中だってメチャクチャ意地悪だけれど。
毎回意識を失ってしまう私が正気を取り戻すまでずっと抱きしめてくれていた。
不慣れな私のことを気遣ってか、はたまた罪悪感からなのかは知らないが、事後処理どころか着替えまで、毎回ちゃんと済ませてもくれていたし。
なにより窪塚の腕の中は途轍もなく居心地が良かった。
こんな非常時だというのに、何故だか、窪塚と出逢ってからこれまでのことがあたかも走馬灯のように次から次へと絶えることなく脳裏に浮かびあがってきて、お陰で恐怖心は薄れてくれたものの……。
あぁ、もしかして、ずっと窪塚のことを敵視していたのは、無意識に窪塚のことを意識してしまっていたからだったのかなぁ。
――てことは、好きの裏返しだったってこと?
ハハッ、笑える。今頃そんなことに気づくなんて、そりゃ誰にも女扱いされない訳だ。
ここへきてようやく自分の気持ちに気づくこととなってしまった私は、あたたかな窪塚の腕に包まれたことで心底ホッとしたせいか、そこで意識を手放してしまうのだった。
意識が薄れていくなかで、幾度も幾度も抱きとめた私の身体を揺すりながら必死な声音で私の名前を呼び続ける窪塚の声をどこか遠くに感じながら。
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