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#6 不埒な純愛 

#2

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 驚いた私が起き上がろうとすると、その振動でも伝わってしまったのだろうか。

 窪塚が「んんっ」と普段よりあどけなく見える寝顔を僅かに歪ませ身動ぎしたので、じっと息を潜めて窺うも、しばらく経っても、起きる気配は見受けられない。

 偽装工作である初デート中には、疲れた顔なんて露も見せなかったけれど、タフな窪塚もやっぱり日頃の忙しさのせいでずいぶんと疲れていたのだろう。

 起こさずに済んだことにホッとしつつも、初めて目にする窪塚の寝顔が思いの外可愛く見えてしまったものだから、私の目は釘付けになってしまっている。

 ーーか、可愛い。いくらでも眺めていられそうだ。

 意識を手放す寸前、窪塚への本当の気持ちを自覚した途端に、こんなことでイチイチ恋する乙女みたいな思考になってて、私、大丈夫なんだろうか……。

 いくら自分の気持ちに気づいたところで、窪塚にとって私は画像で脅してセフレにされちゃうくらいの存在でしかないのに。

 それに、『恋愛なんて仕事の邪魔になるだけだろ』とも言っていたし。

 もしもこの想いに勘づかれちゃったら、そこで終わりなんじゃないのかな。

 なんじゃないのかな……じゃなくて、終わりに違いない。

 ーーだとしたら、この気持ちは胸の奥深くに封印して、気づかれないようにしないと。

 でも、まだ窪塚は起きないようだし、寝ている間くらいいいよね。

 失神する前には、あんなに恐怖で打ち震えてたクセに、窪塚のお陰で事故のことなど頭から抜け落ちている。

 すっかり覚醒した頭の中であれこれ勘案した結果、結論を導き出した私は、初めて目にした窪塚の無防備な寝顔をじっくりと堪能していたのだった。

 その間にも、周囲の確認もちゃっかりしたりなんかして。

 どうやらここが、以前同期の飲み会などで話していた、都内のマンションに一人暮らししているという、窪塚の自宅の寝室であるらしいことが窺える。

 暖色系のダウンライトの仄かな明かりが灯るシーンと静まりかえった、一人暮らしにしてはやけに広い部屋の中を逡巡してみると。

 現在横になっているキングサイズと思しきベッドの周辺には、シックなモノトーンで統一された必要最低限の家具が設えられているだけで、生活感があまり感じられない。

 おそらく、常々多忙な仕事と勉強とに忙殺されている私と同じで、部屋には寝に帰るだけの生活を送っているからだろう。

 それに、内科医である私とは違って、外科医の中でも、特に高度な技術が求められる脳外科医としてのオペの技術を磨くために、人工血管や縫合糸を使っての練習は勿論、オペに欠かせない様々な練習をしているに違いない。

 そのことを裏付けるように、ベッドのヘッドボードには、脳外でとりあつかう様々な症例やオペに関するものは当然のことながら、脳外科医には欠かせないカテーテル治療やダヴィンチ(鏡視下手術支援ロボット)手術に関する冊子までがズラリと並んでいる。

 いつだったか同期の集まりで、休日になると、ダヴィンチの技術を修得するため、ダヴィンチを導入している施設やジムに行くぐらいで後は寝てる。とも話していたし。

 きっと、同じ脳外科医である父親が経営する病院で、ダヴィンチ手術に必要な技術を学んででもいるのだろう。

 今まではニ年前のこともあり、窪塚に関することを頭から排除してきたけど、かずさんが言ってたように、窪塚は派手に遊んでなどいなかったようだ。

 セフレとかなら外で逢っていたのかも。

 といってもプライベートの窪塚のことなんて知らないから、なんともいえないけれど。

 少なくとも、寝室を見ている限りでは、女の子を連れ込んでいるような気配は微塵も感じられない。

 部屋からもう一度窪塚に視線を戻すと、気絶した私のことを心配して様子を見ていてくれたのだろうか。

 窪塚はベッドには横にならずに、ベッドで横になっている私に寄り添うようにして突っ伏し、床に座したままベッドの縁に身体をもたげて眠りこけている。

 その様子からも、今まで勝手に抱いていた偏見がものの見事に覆されたせいか、窪塚の寝顔を見ているだけで、なんだか堪らなく愛おしく想えてくる。

 それと同じくらい、画像で脅してセフレにするくらいの存在でしかない私に対しても、こんなに優しくするなんて、罪作りなヤツだなとも思う。

 もっともっと、ぞんざいな扱いをしてくれていたなら、好きになることもなかっただろうし、この想いにも気づかずに済んだのにとも。

 けれど、窪塚が女の子にモテるのも事実だし、女の子の扱いに慣れているせいで、私がそう感じてしまうだけなのかもしれない。

 そうでなきゃ、いくら付き合いが長い同期だからって、ニ年前にあんなひどい仕打ちをした私に対してこんなに優しくはしないだろう。

 だからこそ、勝手な偏見を抱いて、これまでずっと窪塚への想いに気づかなかっただけで、知らぬ間に惹かれていて、その想いがずいぶんと募ってしまっていたに違いない。

 そのせいか、ただこうして見つめているだけで満足だったはずが、無意識に窪塚の無防備な寝顔に手を伸ばしてしまっていたのだから自分でも吃驚だ。

 どうやら、恋心を自覚してしまった人の欲望というのは、とどまることを知らないらしい。

 窪塚の寝顔に私が無意識に触れると同時に、ビクッと反応を示した窪塚がおもむろに瞼をあげてしまったことで。

 ――あーあ、起きちゃった。

 自分で起こしておいて、身勝手にも心底落胆してしまっている私に対し、ぼーっと覚束ない眠気眼を向けたまま不思議そうにパチパチと瞬いている窪塚のとろんとした表情がこれまた可愛いものだったために。

 私の胸はズッキューンとなんとも派手にときめいてしまうのだった。

 そこへ、追い打ちでもかけるように、寝ぼけてしまっているらしい不思議そうなキョトン顔の窪塚から、寝起き特有の微かに掠れた色っぽい声音で放たれた自分の名前が呼び捨てで飛び出してきたものだから。

「……り、ん?」

 もうキュン死してしまうんじゃなかろうかと案じてしまうほどに、胸をキュンキュンとときめかせてしまっていた。

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