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晴れない気持ち
しおりを挟む着信音からして、職場からの着信ではないのは明らかだった。
家族か友人か、どっちにしてもすぐに終わるものだと思っていたのに。
「……ん? 皐? なんだろな、兄貴じゃなく俺にかけてくるなんてな」
サイドボード上のスマホを手に取り画面を覗いた窪塚が呟いた、『皐』という人物の名前を耳にした私も、窪塚同様に不思議に思い首を傾げた。
『皐』というのは、窪塚の兄の圭太さんの奥さんである弥生さんの五つ離れた妹さんのことだ。
窪塚の実家に何度かお呼ばれしているので、圭太さんと弥生さんとも面識はある。
けれど弥生さんの妹さんには会ったことがまだない。
窪塚の話では、昔から姉である弥生さんの同級生であり幼馴染みでもあった窪塚のことを兄のように慕っていたそうだけど、窪塚が医者になってからは忙しくて年に一度顔を合わせる程度だと聞いている。
それなのにいきなり窪塚に直接連絡してくるなんて、なにかよほどの理由があるのだろうか。
着信に応じる窪塚の様子を横目に窺いつつ勘案していると。
「……おいおい、どうしたんだよ。泣いてちゃわかんねーだろ。うん……うん。否、けど……あー……なるほどな」
相手側の声はよくは聞こえないが微かに嗚咽の声が漏れ聞こえてくるのと、窪塚の声が徐々に緊迫したものに変化していくことからも、ただ事ではないことが窺える。
おそらく、家族に何かあったのだろう。
だとしても、窪塚の父親も兄も窪塚総合病院の医師なのに、違う病院に勤める窪塚を頼ってくるのは可笑しい気がする。
けれど何か事情があるかもしれない。
どっちにしろ、窪塚と結婚するといってもまだ正式に決まった訳でもない私には、口を挟めるような事じゃない。
ずっと休みが合わなくて、約一月ぶりにゆっくり過ごせると思っていたけど、どうやらタイムアップのようだ。
ついさっきまで幸せ一色だった気持ちが暗く沈んでいく。
窪塚のことを支えなきゃいけない立場だというのに、一緒にいられないと思うと、途端に我が儘なことを思ってしまっている。
ーー親戚のことだし、家も隣同士でずっと家族ぐるみの付き合いだったようだし、窪塚にとっても家族同然なんだから、笑顔で見送ってあげなきゃ。
そう思うのに……。なんだか釈然としないものを感じてしまい、笑顔を作ろうにも、顔が引きつってしまう。
そうこうしているうちに、予想通りすぐに駆けつけるつもりでいるらしい窪塚の声が意識に割り込んできて。
「あー、わかった。すぐに向かう」
私が知らず俯けていた顔を上げると、通話を終えたばかりの窪塚の顔が待ち受けていた。
普段の飄然とした雰囲気は全くなく、怖いくらいに真剣な眼差しとキリッとした面持ちへと豹変した窪塚の姿は、『脳外の貴公子』と呼ばれるに相応しい、優秀な脳外科医そのものだ。
いつもの私なら、たちどころに胸をキュンキュンとときめかせていたに違いない。
それがまったくときめかないどころか、得体の知れない不安のようなものが、胸の奥底に澱みのように沈殿していくようだ。
なんだろう。このスッキリとしないモヤモヤとした妙な感覚は。
私が可笑しな感覚に囚われていると、いきなり窪塚にぎゅうぎゅうと胸に抱き寄せられていて、耳元に申し訳なさげに囁きを落としてくる。
「鈴。ごめん。弥生の祖父が脳梗塞で倒れたらしい。幸い意識があって、親父に心配かけたくないって本人が言ってて、うちに緊急搬送されてくるらしい。不安がってて、どうしても俺に診て欲しいって言ってるそうなんだ。今日の埋め合わせは絶対する。ごめんな」
私はどこから来るのかよくわからない不安な思いを無理矢理胸の奥底に抑え込んだ。
そうしてできうる限り気丈に振る舞い、
「何言ってんのよ? 仕事でしょうが。私のこと気遣う間があったら、さっさと着替えなきゃダメでしょう? ほら、速く」
私のことを気にかけシュンとしてしまっている窪塚の背中を後押しして、快く送り出すことに成功した。
けれども窪塚がいなくなった途端に例えようもない寂しさと不安とが押し寄せてくる。
それらをなんとか紛らわせようと、寝室のベッドに潜り込んだ私は、窪塚の匂いとぬくもりを感じながら暫く動けないでいた。
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