この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第一章 違和感の連続

日常

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 黒い瘴気を全身に纏わせた魔物の拳が、テオドアの左半身目掛けて振り落とされる。
 当たれば一溜まりもない攻撃を、難なく躱したテオドアの横から割って入るのは、立派な青年に成長したフレデリクだ。彼は走りながら躊躇なく剣を引き抜くと、魔物の腹を抉るようにして切り裂く。
 想定外の攻撃に巨体がグラリと揺らいだ。耳を劈くほどの咆哮と共に、緑色の血飛沫が迸り出る。――瞬間、上から突き刺すテオドアの一閃。急所の眼窩を思い切り一突きされた魔物は、瘴気を宙に放って地面に突っ伏すと、それからピクリとも動かなくなった。

「これで終わりか?」

 双剣に付着した緑色の液体を振り落としながら、テオドアがフレデリクに問う。

「うん。後はこの角を持って帰れば、依頼は完了だよ」
「じゃあ後は任せた、フレッド」

 テオドアはそう言うと、剣を鞘に戻し、スタスタと歩いていってしまう。
 しかし彼のその態度に、今さらフレデリクが驚くことはない。興味がない事への淡白さは、一緒に過ごしたこの十二年の中で、とっくのとうに知り尽くしていたからだ。

 フレデリクは全てを失くしたあの日、テオドアに助けられ、彼の生家であるユートリス侯爵家に拾われた。
 本来なら身元も分からない子供を、孤児院にでも預け、育ててもらうのが一般的だったろうが、泣き腫らした目蓋に痩せ細った身体、それからかすり傷と土で全身をボロボロにしたフレデリクを見て、ユートリス家の当主――ヴィックは、それを良しとしなかった。まずは回復させることが第一だと考え、侯爵家へ置くことにしたのだ。テオドアが珍しく人に興味を持ったから、というのもあるかもしれない。
 絶望に染まっていたフレデリクではあったが、幸運にも出会いに恵まれて、深く負った心の傷を癒していった。次第に笑顔を見せる日も増え始め、元来の明るさを取り戻せるようになっていった。
 
 そうして長い月日が経った現在。フレデリクは兄弟のように育ったテオドアと、ギルドの依頼をこなす剣士として生計を立てながら、ユートリス家を出て共に暮らしていた。


「ちょっとくらい待ってくれてもいいのに」
 
 手早く角を回収したフレデリクが、不満げに言いながら走ってテオドアの左隣に並び立つ。
 上半身には、一般的な剣士らしくカーキのシャツと皮の胸当て。腰にはやけに上質そうな片手剣と、使い込まれた小型のポーチがベルトから下がり、膝下までを覆うブーツが地面の泥を弾いている。
 子供の頃から変わらない、淡い黄土色の短髪はふわふわと風に遊ばれていた。このサーティル王国では特段珍しくもない翠色の瞳が、一切の濁りもなく輝いて、テオドアを一面に映し入れる。

「どうせすぐ追い付くんだからいいだろ」

 そう言って前を見据えたまま歩くテオドアは、無愛想ながらも、フレデリクが隣に並べばそのスピードを僅かに緩める。
 日に当たると若干の赤みを帯びる彼の黒髪が、精悍な顔立ちの横で揺れていた。身長はフレデリクよりも目線一つ分高く、全身を包む漆黒のロングコートが誰よりも似合う。
 深い紫紺を宿した切れ長の瞳からは、男らしい色気。引き結んだ形の良い唇が醸し出すのは、落ち着いた大人の雰囲気。
 中でも一際異彩を放つのは、左目を覆う黒地の眼帯だろう。出会った頃には無く、数年前、養成学校へ通っていた時代に、訳あって負傷した左目を隠すためのものだ。
 一見邪魔そうなアイテムに見えても、テオドアにかかればそれすらも己の魅力と言わんばかりに、凛々しさを増すアクセサリーとして彼を引き立てている。


 魔物が生息する森を抜けた二人は、そのまま足早にギルドへ向かった。

「なあ、聞いたか? また魔女が出たって話」

(……魔女?)

 討伐帰りの剣士やら魔導士やらに溢れたギルド内で、通りすがった見知らぬ男の言葉に、フレデリクは首をかしげた。

(魔女って本当にいるんだ)

 フレデリクが暮らすこの国――サーティル王国は、国土の三分の一を魔物が生息する森に支配されている。黒い瘴気を身に纏わせ、人を喰らうその姿は、まさしく化け物。急所の赤い眼を刺さなければ、死ぬことはない。
 しかし、そんな魔物達と同じく、赤い目を持った人間がいるという噂が、まことしやかに囁かれていた。それが通称――魔女。
 人の振りをして魔物を操るだとか、火で炙らなければ死なないだとか、真偽の分からない話が出回っている。実在するのかどうかは定かでないが、昔からそう言い伝えられている以上、何かしら根拠はあるのだろう。
 しかしフレデリクは、そんな人間と会ったこともなければ見たこともないので、ただの噂話として胸に留めておくだけだった。
 
「あっ、テオドアさん! ……と、フレデリクさんも。お帰りなさい、待ってましたよ!」

 人混みの間を縫って進んでいくと、受付嬢のレイラが二人を呼んだ。その声に明らかな差異があったが、今さらフレデリクが気にすることはない。これはいつものことだからだ。
 それよりも、美人な彼女にキラキラとした瞳で見つめられて、テオドアがその気になってしまうかもしれないのが本当は一番怖かった。

「あの……これお願いします」

 フレデリクは討伐した魔物の角をレイラに渡す。

「はい。確認しました。こちらの報酬をお受け取りください!」

 納品物をしっかり確認したレイラは、報酬の金を小袋に詰め、テオドアに渡そうとする。
 しかし、それが完全に渡る直前。レイラは両手でテオドアの右手を包むと、上目遣いで声をかけた。

「あのっ、テオドアさん!」
「なんだ?」
「良かったら、今日一緒にお食事でもどうですか……?」

 顔を僅かに傾け、愛らしさを全面に出したレイラ。並大抵の男であれば、一瞬で落ちてしまうだろうそれに、フレデリクも思わずドキリとする。
 けれどもテオドアは、その包囲から器用に小袋だけを抜き取ると、薄く口角を上げた。

「また今度な」
「! はいっ! 次いらっしゃった時、またお誘いします……!!」

 頬を朱色に染めたレイラが、熱くテオドアを見つめている。隣にいるフレデリクのことなど、全く見えていないようだ。

「じゃあまたよろしく」

 小袋を手の内で跳ねさせながらそれだけ告げたテオドアは、もう用はないという様子で出口へ向かった。
 フレデリクもそれに続く。表情には出さないものの、ドクドクと嫌な音が、彼の耳の中でこだましていた。

***

「あー、そういや……」

 ギルドを出た後、前方を見据え歩いていたテオドアが、ふと何かを思い出したように呟いた。

「俺、明日出掛けるけど、お前は大人しく留守番してろよ」
「え……どこ行くの?」
「別に。ただの野暮用」

 それだけ答えて、テオドアは口を閉じる。どうやら行き先は教えてくれないようだ。
 とはいえ彼が一人で出掛けること自体、特段珍しいわけでもない。ただ気になったのは、わざわざ事前に出掛けると告げたこと。テオドアがどこかへ行くときは、大抵ギルドや訓練所ばかりで、こうして前もって伝えてくる方が稀なものであった。

 (何しに行くんだろう。気になるけど、テオは言いたくなさそうだな……)

 本当は詳しく聞きたかった。でもそれと同じくらい、問い詰めることもしたくなかった。
 フレデリクはスッキリしない気持ちをグッと堪えると、なんでもない様子を取り繕う。握りしめた服の裾に、何本もの皺が寄っていた。

「……夕食はいる?」
「いや、何時に帰ってこれるか分かんねえから、俺の分はいい」
「……そっか。じゃあ一人だし、たまには酒場にでも行ってこようかな」

 フレデリクは本心を隠すため、咄嗟に思いついた言葉を呟く。意味などない、適当な言葉だったが、それを聞いたテオドアは眉をひそめる。

「おい、酒弱えくせに何言ってんだ?」
「え? いや、冗談だよ。テオもいないのに行かないって……」
「ああそうだよな? 介抱する人間もいねえのに、そんなバカな真似する奴なんかいねえよなあ」

 そう言うと、テオドアはフレデリクの頭をわしゃわしゃとかき回した。

「うわあ!? な、何するんだよ!!」
「変な奴にはついてくなよ」
「ちょっ……! おれもう子供じゃないって!」

 顔を真っ赤にして、フレデリクが叫ぶ。通りがかった町の人が、不思議そうに彼らを見ていたが、テオドアは気にせずフレデリクの頭をグッと押す。

「テオっ!」

 必死に逃れようと、フレデリクは頭に置かれた手を掴んだ。耳たぶまで赤く染め上がっているのは、怒りからくるものなのか、それとも――。
 テオドアは数センチほど低いフレデリクの頭を、力強く何度か押した。
 見ようによっては撫でた、と言ってもいいかもしれない。その表情は何を考えているのか分からないが、何故か憂わしげな眼差しを伴っていることだけは確かだ。

「………………」

 そのままフレデリクの抵抗も無視し、無言で撫で続けたテオドアはようやく手を離すと、一言。

「まだまだだな。もっと鍛え直せよ、フレッド」

 そう言うやいなや、碌な説明もなしに歩いていってしまった。

「えっ、?」

 残されたフレデリクはポカンと口を開ける。

 (な、何だったんだ今の……)

 今もまだ、跳ね上がった心臓の音が頭の奥で鳴り響いていてうるさい。
 だけどフレデリクは最後まで、テオドアの憂いに気づくことはなかった。彼は今、物凄いスピードで拍動する心臓を落ち着かせることで、頭がいっぱいいっぱいだったから。

「おい、早く帰るぞ。腹減った」

 振り返ったテオドアがフレデリクを呼ぶ。そこに、先程の憂いはもう見当たらない。

「あっ、うん……」

 フレデリクは数回深呼吸すると、慌てて駆け寄った。
 頭上には、分厚い雲で覆われた鈍色の空。今にも雨が降り出しそうなそれに、自然と二人の足取りも速くなる。纏わりつくような生ぬるい風が脇腹を吹き抜け、フレデリクは寒くもないのに背筋をブルリと震わせながら、急いで帰途についたのだった。
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