この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第一章 違和感の連続

建国祭③

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 ぼーっと道行く人々を眺めながら、突っ立っていた。不安を煽るようなことは考えたくないのに、何をする気にもなれなくて。フレデリクはただひたすら、テオドアの無事だけを祈って帰りを待っていた。

「フレデリク!」
「っ! ……えっ、兄さん!?」

 テオドアかと思いきや、人の波を掻き分けやってきたのは、騎士団の隊服を着たリッツだった。
 そういえば以前会った時に、建国祭中は見回りがある、と言っていたのを思い出す。ちらほらと騎士団の人がいるのは見かけていたが、途中から祭りを楽しみすぎてリッツのことは完全に忘れていた。

「ちょうど見回りの時間が交代になったからお前らのこと探してたんだ。でも全然いねえし、今日は来てねえのかと思ったぞ」

 リッツはそう言って穏やかに笑う。だが、その顔色は先日会った時よりも明らかに疲労感を増して、やつれているように見えた。

「兄さん、少し痩せた?」
「あー……いや、最近仕事が忙しくてよ。碌に休む暇もなくてこの有り様だ。フレデリクには心配かけさせたくなかったけど、流石にバレるよな」

 軽く笑い飛ばし、彼はいつも通り振る舞おうとするが、残念なことに目元の隈は隠しきれていなかった。

「休めないほど忙しいって、何かあったの? 確かこの間、緊急で呼び出されたって言ってたよね。もしかしてそれと何か関係あるんじゃ、」
「まあ、詳しいことは言えねえんだけど、そうだな……」
「無理したら駄目だよ。誰かを守るためには、まずは一番、自分が万全じゃないと」
「ああ……肝に銘じておく。休める時はきちんと休むよ。心配してくれてありがとうな」

 力の抜けた笑みと共に、ポンポンと優しく頭を撫でられる。親愛のこもった眼差しは、なんだか幼い子供をあやしているみたいだ。

「……絶対だよ。ヴィックさんにも言っておいて。きっとあの人も無理してるだろうから」
「フレデリクにそう言われちゃ父さんも休むしかねえな。――よし分かった、それも伝えとくぜ」
「……うん」

 リッツは口先だけの男じゃない。だから安心していいはずなのに、こんなにも胸がざわついてしまうのは、きっと家族を失った経験がフレデリクにはあるから。彼にとって、大切な人が奪われるのはもう二度と体験したくない出来事なのだ。

「ったく、そんな暗い顔するな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「……可愛いって……ちょっと兄さん、思ってもないこと言うのやめてよ。おれの顔はどう見たって、100人見たら99人が忘れちゃうような、普通の顔だろ」
「いやいや、俺にとっちゃお前は可愛い弟にしか見えねえよ。それに一人でも覚えてくれるんなら十分だろ。俺はお前のその、見るとほっとするような、なんでもない顔が好きなんだ」
「それ、励ましてくれてるの……? なんか全然嬉しくないんだけど……」
「はははっ、いやまあ言いたいことは少しずれちまったけど、つまりはだな、いつもみたいに笑えってことだ。俺はお前たちの笑顔を守るために、こうして働いてるんだから」

 リッツと話していると、不思議と気分が上を向く。テオドアが一寸先も見えない闇を照らす月だとすれば、リッツは温かい日差しを降り注いでくれる太陽みたいな人だ。子供の頃、フレデリクはよくこうして元気づけられたものだった。

「ふっ……くくくっ。もう……言いたいことと言ってることが全然違うよ兄さん!」
「おっ、元気でたか?」
「うん……、ありがとう」

 もしかするとリッツは、初めからフレデリクの抱える不安に気づいていたのかもしれない。だけどそれを感じさせないところが、彼なりの気遣いであり、優しさでもあった。

(今リッツ兄さんに会えて良かった。テオドアとあのまま会ってたら、絶対まともに喋れなかっただろうから)

「……ところでさ、ずっと気になってたんだけど、お前今一人か? テオドアはどうした?」
「あっ、テオはいま目を洗いに行ってる。さっきゴミが入っちゃったみたいで」
「ゴミ? あいつ右目も見えない状態で行ったのか?」
「えっ、ううん、右は普通に開いてたけど」
「……ってことは左? 眼帯の下でゴミって入るもんなのか普通」

 首をかしげるリッツを見て、フレデリクは確かにその通りだ、と思い返す。あの時は気が動転していたせいで細かいところまで考えが至らなかったが、果たして目にゴミが入っただけであれほど痛むものだろうか。

「まあ眼帯つけたことねえから実際は分かんねえけど。まつげくらい入ったっておかしくねえし」
「そう……だね」
「あー、あと、この間会った時お前ら喧嘩でもしてた? あいつ俺と久しぶりに会ったってのに、すげえ冷たくて驚いたよ」
「いや……おれ達は喧嘩してないよ。むしろおれもびっくりして、兄さん達の方が喧嘩してたのかって疑ったくらいだ」
「ええっ、うーん、覚えはねえけどなあ。知らない間に俺なんかしたのかな」

 顎に手を当て、リッツは考え込む。しかしそれが無駄な行為であることは分かっていた。
 もし本当に怒るほど嫌なことをされたなら、テオドアは面と向かって口に出すから。彼は黙ってやり過ごすことはしない。

(兄さんも同じことを考えてた……。俺だけが変だと思ってるんじゃなかったんだ)
 
 それならこの違和感の原因はなんだろう。

「あの、兄さん。実は――」

 フレデリクは、ここ最近のテオドアについて、様子がおかしいことを話そうとした。だけどそれよりも早くリッツの名前を呼ぶ人がいて、意識がそちらに逸らされる。

「リッツ隊長! いた!」
「ん? あれ、マークか。どうした?」

 ドタドタと、リッツと同じ騎士団の隊服を着た男が慌てた様子で走ってくる。彼はフレデリクの存在に気がつくと、ペコリと丁寧に頭を下げたが、その後すぐリッツの耳元へ手を当てるとヒソヒソと何かを話し出す。

「はあ!? 見つかった!?」

 二人の話はフレデリクには聞こえなかった。ただ急にリッツが荒げた声を出したので、体がビクリと横に揺れた。
 顔色を一転させ、大きく目を見開いたリッツは、今までに見たことがないくらい怒りで拳を震わせていた。

「……兄さん?」
「悪い、フレデリク。俺もう行かないといけなくなった」
「あ、うん。仕事だよね。おれのことは気にしないで行ってきて」
「ああ……お前はテオドアが戻ってくるまで、絶対ここから離れるんじゃねえぞ。分かったな?」
「わ、分かった」

 いつもの元気で明るいリッツはいなかった。険しい顔つきで凄む彼に、フレデリクは息を飲んで頷く。

「……行くぞ、マーク」
「あっ、はい! すみません、失礼します!」

 再び一礼をしたマークを引き連れて、リッツは足早に離れていった。

(何があったんだろう。大丈夫かな……)

 もしかすると例の、ヴィックから緊急招集がかかった件の続きかもしれない。眠れないほど忙しく、リッツがあれほど怒りをあらわにする事件などフレデリクには想像もつかないことだが、せめて今の時間だけでも気を休めていてくれたらいいな、と人混みに消えゆく彼の背中を見て思う。

「――フレッド!」
「あ、テオ……。おかえり」

 テオドアはその後、数分もしない内に戻ってきた。別れる前のしんどそうな様子は無さそうだが、軽く息を切らしているあたり、相当急いで走ってきたに違いない。その上彼は申し訳なさそうに眉を下げると、フレデリクの左手を取って、両手で優しく包み込む。

「さっき……手をはたいて悪かった。痛かっただろ?」
「あ……ううん、おれは大丈夫。それよりテオの目は? もう平気なの?」
「ああ。少しすすいだら楽になった」 
「……そっか。それならよかった」

 本当は、ゴミじゃなくて昔の怪我が痛んだんじゃないか――そう、フレデリクは聞きたかった。だけど、忘れかけている嫌な記憶をわざわざ掘り起こしたくもなかった。
 テオドアは弱さを見せることを何よりも嫌うから。その話は避け続けてきたというのに、今ここでそれを蒸し返すのは野暮にも近しかった。

「じゃあ……帰ろっか。早くしないと、日が完全に暮れちゃう」

 だから、フレデリクは何事もなかったかのように、穏やかな笑みを浮かべて言う。
 辛い記憶など思い出さない方がいい。思い出さなければ、それは無かったことと同じなんだから。何重にも鎖を巻き付けた箱に閉じ込めて、とびっきりの鍵でフタをしてしまうのだ。

「フレッド。今日帰ったら、一緒に寝てもいいか?」

 再びフレデリクの手を絡め取ったテオドアが、僅かに緊張感を滲ませながら問いかける。

「もちろんいいよ。でも久しぶりだね、一緒に寝るの。子供の時以来かな」
「……そうだな」

 幼い頃を思い返し、懐かしい思い出に浸るフレデリクは気づかない。テオドアの眼差しの中に、確かな欲が混ざって、強まっていることに。

 夕焼けに侵食し尽くされた空が、段々と闇を覗かせ始める。細長く伸びた影は地面に溶け、次第に形を失くしていく。強く吹き始めた風は分厚い雲を呼び寄せ、今夜は星も見られなさそうだ。

(雨、降りそう……)

 どこか不吉めいた曇天が近づいていた。フレデリクは得体のしれない予感から逃げるように足を早めると、テオドアと二人、寄り添い合いながら帰ったのだった。








「……見つけた」
「チッ、あの糞野郎」

 帰路につくフレデリクとテオドアの背を、二つの人影が睨みつけていた。全身を包み込む黒いローブに、大きめのフードが彼らの顔をすっぽりと覆い隠している。

「早く、捕まえて――」
「おい待て。さっきアイツらに見つかったばっかりだろ。今ここで騒ぎを起こせば、捕まんのは俺らの方だ」
「……それはっ、元はと言えばお前が軽率な行動をするから……!」
「うるせえな。前見づらくてうざいんだよ、このフード」
「はあ!? 誰のおかげでここまで来れたと思ってるんだ!? そのローブ作るのだって苦労したのに……! ――クソッ、あの人を助けるためじゃなかったら、絶対お前と協力なんてしなかった……!」
「奇遇だな。俺も喚き散らかすガキとなんて組まねえよ」
「っ、同い年の癖に、ほんとムカつくヤツ……! そんなに憎まれ口叩けるなんて、よっぽど余裕があるみたいだな! 僕は今すぐにでもあの二人を引き剥がしたくてしょうがないってのに、お前のその落ち着きが羨ましいくらいだ!」
「……へえ。だったらお前も血が出るくらい、拳握ってみろよ。ブッ殺してやりてえって気持ちも痛みが止めてくれるから」

 長身の人影がそう言って、手のひらを見せる。くっきりとついた爪の痕から滲む真っ赤な血は、見るものをゾッとさせるくらい明確な殺意を含んでいた。
 ――相当な我慢を強いられていたのだろう。隣にいる小柄な人影も例外ではなく、青ざめた様子で唇を震わす。

「……あ、あの人を殺したら許さないから……っ」
「ならそうなる前にお前がどうにかしろ。俺もあんな奴のせいで罪なんか被りたくねえから」

 険悪な雰囲気を纏う二人の前を、平然と人が通りすぎていく。怪しい出で立ちであるにも関わらず、まるでそこには誰もいないかのように、誰一人として目をくれることはない。

「俺達の利害は一致してる。とっととこんな茶番、終わらせるぞ」
「……そんなこと、言われなくても分かってる」

 二人はそれだけ言葉を交わすと、後は何も言うことなく、ただじっとフレデリク達の背を見つめて、静かに後を追った。
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