この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第二章 追憶と真実

友情と恋②

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 トイレで顔を洗い、気分をいくらか落ち着かせたフレデリクは、鏡の前で一つ深呼吸すると廊下へ出た。

「あれ……リオール?」
「あ、出てきた」

 すぐ横の壁に凭れて腕を組むリオールは、どうやら後をついてきていたらしく、フレデリクが出てくるまでずっと待っていたようだ。

「い、いつからここに――」 
「ねえフレデリク」
「な……なに?」
「今から少し僕と話さない?」

 まるで慈悲深い天使のように微笑む彼は、その見かけに反して、どこか有無を言わさぬ圧力を感じさせた。

「話……って?」

 フレデリクもつい、たじろぎながら目を瞬かせる。

「ここじゃゆっくり話せないから、中庭のベンチに行こうか」
「……わ、分かった」

 珍しく強引なリオールに押されて頷く。
 先程は脇目も振らずに出てきてしまったから、様子のおかしいことがバレていたのかもしれない。聞かれてもあまり話したくない内容ではあるが、フレデリクは先に歩き始めるリオールを見ると、急いで彼の背中を追うしかなかった。
 

***


「それで、どうしてさっきは逃げるみたいに出ていったの?」

 ベンチに座って早々、スラリと足を組んだリオールがそう尋ねてくる。

「それは、その……」

 予想通りの質問とはいえ、正直に話すにはあまりにも情けなくて恥ずかしい。フレデリクは視線をさ迷わせながら、ズボンの端を強く握りしめる。

「ト、トイレにどうしても、行きたくて、」
「……本当に?」
「っ!」
「それとも、僕には言いたくない?」

 声のトーンを落としたリオールは、寂しげに眉を下げていた。どうして僕を頼ってくれないの、と言わんばかりに。見てるこっちの胸が思わず痛んで、罪悪感を覚えてしまいそうなほど。

「た、大したことじゃ……ないんだ。おれがいつまで経っても一人立ちできないから、勝手に不安になってるだけで」
「不甲斐ないと思ってるから、僕には言えない?」
「……うん」

 テオドアを取られたくなくて、醜い感情に支配されていたなどと、誰が言えるだろう。こんな惨めな気持ち、仲良くしてくれてるリオールには尚更言いづらい。

「――じゃあさ、僕の昔話を聞いてくれる?」
「え、昔話?」

 唐突に何を言い出すのかと思えば、リオールは哀愁を漂わせ、過去の記憶を思い出すように遠い目を前に向けていた。

「僕の家――アルベ伯爵家はね、王族に代々仕えてきた仕立て屋なんだ。王都では貴族達の礼装を仕立てる、エクラ・ダルベっていう名前で店を構えてる。僕自身も小さい頃から衣装のデザインを考えたり、お洒落することが好きでね。大人になったら、両親の跡を継ぐんだって、それしか考えてなかった」

 エクラ・ダルベ――。
 フレデリクも名前だけは耳にしたことのあるその店は、貴族達の流行の先駆けを作るとも言われるほど、王都では流行りの人気ブランドだ。華やかな容姿を持つリオールにはピッタリで、初めて聞いたとは思えないくらい意外性はなかった。

「でも、数年前。隣町から来た仕事の依頼に、姉さんと僕で打ち合わせをしに行くことになったんだけどね。僕は熱で倒れて行けなくなって。姉さんは護衛もつけずに御者だけ連れて行ったら、馬車ごと魔物に襲われて、そのまま帰らぬ人となってしまったんだ」
「そっ、そんな……」
「……楽観的な人だったから、魔導石さえ持っておけば大丈夫だと思ったのかもしれないけど、ここ数年でさらに凶暴化し始めた魔物の前では、それも全く意味を為さなかった。……何やってるんだって、僕は姉さんに問い詰めたくてしょうがなかったよ。でもあの日、僕も一緒について行けてたら、何か変わってたかもしれないって思うと――、僕はずっと、悔しくて悔しくて……」

 眉間に皺を寄せ、リオールは潤んだ瞳を不安定に揺らす。

「リオール……」

 いつも明るく元気づけてくれる彼の背景に、そんな重い過去があったとは思いもしなかった。フレデリクは同じくらい胸の奥を苦しくさせて、固唾をのむ。

「あれ以来、僕はまともに針も持てなくなった。だけど後悔が糧となって、騎士を目指すようになったんだ。幸い、僕には優秀な妹もいるし、無理に家を継ぐ必要はなかったからね」

 そう言って安心させるように微笑むリオールは、辛そうに唇を結ぶフレデリクを見ると、暗い空気を断ち切らせるみたいにハキハキした声を出す。

「――はい。僕の不甲斐ない話は終わり。フレデリクもどう? これで言う気になった?」
「……えっ、ま、まさかそれだけのために、教えてくれたの?」

 到底他人に話すような軽々しい内容ではなかった。個人のプライバシーに大きく関わるこの話を、リオールはフレデリクのためだけに話してくれたというのか。

「元々、いつかは言おうと思ってたよ。ただ、ちょうど良いタイミングが今だったってだけ」
「……そうなの?」
「うん。ほら、フレデリクは? 結局、さっきはどうして急に出ていっちゃったの?」

 話す気はなかったが、リオールにここまでお膳立てされて、フレデリクに隠し通すという意思は最早ゼロに等しかった。

「……リオールはさっき、テオが女の子から建国祭に一緒に行こうって誘われてたの、聞こえてた?」
「ああ、僕たちの後ろで話してたね」
「うん。おれはそれが……嫌だったんだ。息苦しくなって、とてもじゃないけど、あの場にはいられなかった。だから、あんな風に飛び出してきたんだ」

 改めて言葉にすると、なんて情けないんだろう。リオールは馬鹿にするような人じゃないと分かっていても、やっぱり反応を見るのが怖くて、フレデリクは軽く俯く。

「テオドアのこと、大好きなんだね」
「へっ?」
「彼の隣に、自分以上の存在ができるのが怖い?」

 顔を上げた先にいるリオールは、子を見つめる母のように、慈愛を含んだ眼差しでこちらを見つめていた。

「……っあ」

 その表情に当てられたフレデリクの心が、ジンと熱くなる。溜め込んだ不安を表に出してもいいのだと、そう言われてるみたいで、これまで閉ざしていた想いが口をついて出る。

「っお、おれ……子供の時、住んでた村を魔物に襲われて……っ。テオとは、その逃げた先で出会ったんだ……」

 リオールは驚いたように目を瞠って、長い睫毛を上下に震わす。が、フレデリクの吐露は勢いのまま、止まらなかった。

「おれたちは、それからずっと一緒に過ごしてきた。テオはおれの恩人で、かけがえのない友達なんだ。……でも、いつまでも頼りっぱなしでいるわけにはいかないから、おれは一人立ちしようと頑張ってる最中で。それなのにテオが女の子に囲まれてるとモヤモヤするし、おれの場所が取られるかもって思ったら怖くてどうしようもないんだ。……今もテオを怒らせたまま、また無視されたらって思うと話しかけにも行けないし……」

 おれは早く一人前になって、テオと対等の存在になりたいのに――。
 リオールの優しさに釣られて、フレデリクはつい心の内をさらけ出してしまったが、後悔はなかった。テオドアとの関係はいずれ話すつもりだったし、今抱えているこの気持ちも、リオールなら親身になって相談に乗ってくれると思ったから。

「……いろいろ驚いたけど、一つだけ。気になったこと聞いてもいい?」
「う、うん。なに?」
「そのテオドアを取られるかもって気持ち。もし彼に好きな人ができて、その子と付き合うことになったらどうするの? フレデリクは応援できる?」
「え──」

 完全に思考が停止した。例え恋人が出来たとしても、それは女の子からの気持ちを受け取っただけで、テオドアから想いを寄せることはないと、勝手にそう思い込んでいた。
 先程とは比にならないくらい動悸が激しくなって、鳩尾のあたりが沈んだように重くなる。

「ごめん、意地悪しちゃったね」

 リオールは強ばったフレデリクの顔を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。

「何が言いたいかって言うと、フレデリクはテオドアのこと、大切な友達だから取られたくないって思ってるよね。でも、僕は少し違うんじゃないかと思ってるんだ」
「……え? えっと、どういう……こと?」

 意味がよく分からず、フレデリクはパチパチと瞬きを早める。

「君のその気持ち……、僕は恋に似てると思ってる」
「……へっ?」
「友達ができるのは良くて、恋人は嫌。好きな人ができるのも嫌で、応援もできない。……普通、大切な友達だからって、そこまで思ったりしないよ。それに僕が女の子と話しててもなんとも思わないでしょ?」
「それ、は……」

 思わずドキリとした。付き合いの長さによるせいだとは言いきれないほど、テオドアとリオールの間に、明確な差があることを分かっていた。
 しかし、簡単に認められるわけもなく、フレデリクは慌てて反論を立て始める。

「ちょ、ちょっと待って……。そもそもおれは男だし、テオも男なんだから、こ、恋はおかしいと思う!」
「なんで? 人を好きになるのに性別は関係ないでしょ」
「……えっ!? いやっ、関係はあるだろ……!」

 やけに否定したがるフレデリクをおいて、リオールは一つに結んだ自身の金髪をさらりと撫でる。

「僕は男だけど、こうして髪も伸ばしてる。男だから、とか女だから、って言うのは、ただ言い訳の捌け口にしてるだけだよ」
「っ!!」
「……でもそれを受け入れるか受け入れないかは、フレデリクの自由だと思う。僕はそう感じたから言っただけで、君が実際違うと思うなら、それを素直に信じた方がいい。……ただ、そういう見方もできるよ、ってことだけ伝えたかったんだ。自分の気持ちを押し殺すのって、すごく辛くてしんどいと思うから。ほんの少し認めてあげるだけでも、気分は楽になると思うよ」

 優しく笑ってそう言うリオールは、心の底から案じてくれているようだった。

(恋……。本当に? おれが、テオに恋してるって?)

 嫌に心がざわざわする。まるでずっと目を逸らし続けていた事実を、無理やり目と耳をかっぽじって見させられているかのような。そんな不快感。

「そんなに思い詰めた顔をしないで。何かあれば、僕はいつでも話を聞くから」

 そう言いながら背中を撫でてくれるリオールに、フレデリクはかろうじて頷く。テオドアへの気持ちに、純粋な友情以外も含まれているのならば、自分はこれからどうするべきなのか――。

 昼休みの終わりを告げる鐘の音が、どこからともなく聞こえてきた。午後は基礎体力向上と称した、素振りと打ち込み。
 フレデリクはこの時ほど、頭が空っぽになるまで体を動かしたいと思ったことはなかった。とにかくさざ波立ったこの胸をどうにかしたくて、彼は一目散に訓練場まで急いだ。

 ――まさかイアンが、隠れて二人のやり取りを聞いていたとは知らずに。
 壁から身を起こした彼の足元で、不自然な突風が枯れ葉を巻き上げる。感情の映らない無機質な瞳が、人の去ったベンチをじっと見つめ続けていた。
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