この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第二章 追憶と真実

友情と恋

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 数日後。午前の座学が終わって、お昼休みに入った時のことだった。

「イアン様!」

 男性にしては高めの声が廊下側から響き、フレデリクの隣に座るイアンの元へ、駆け寄るユリアスの姿があった。彼は余程急いで走ってきたのか、クリーム色の髪は乱れ、真白い頬には上気した赤が差している。

「あのっ、僕、今朝食堂のキッチンをお借りして、サンドウィッチを作ってきたんですけど――」

 跳ねた髪の毛を必死に直しながら、そう話す彼の手元には、色とりどりのサンドウィッチで溢れ返ったバスケット。

「よ、良かったらこれっ、僕と一緒に外で食べませんか!?」

 緊張でゴクリと飲み込んだ唾の音が、こちらまで聞こえてきそうだ。
 傍観者に徹していたフレデリクは、心の中でそっとユリアスを応援していたが、何も言わないイアンが素知らぬ顔で立ち上がろうとするのを見て、慌てて口を挟む。

「イ、イアン! せっかくだし、たまにはユリアスくんと行ってきてみたらどうかな!?」

(ここまでしてくれたのに、無視だけは駄目だって!)

 心の声を存分に顔に出したフレデリクを、イアンは気に入らない様子で目を細める。

「君も来るのか?」
「いや……おれは食堂行くよ。3人で食べるには、きっと足りないだろうし」
「だったら俺もそっちに行く」
「……えっ、そ、それは……でも……」

 ユリアスの味方ばかりするわけではないが、ここまで他を蔑ろにされると、正直フレデリクも戸惑ってしまう部分はある。イアンの事情も理解しているとはいえ、こんな風にユリアスがすげなくされるのは、何も一度や二度のことじゃなかったのだ。

(あの日からほとんど毎日会いに来てくれて、今日は昼食まで作ってきてくれたのに……)

 フレデリクは説得しようかしまいか悩んで、モゴモゴと口ごもる。ユリアスの気持ちを考えると胸が痛むが、イアンが嫌だと思う限り、行動を強制させたくないのも事実だった。

「――じゃあさ、皆で食堂行けばいいんじゃない?」

 そう提案するのは、フレデリクの前に座るリオール。

「ユリアスはイアン殿下と一緒に食べたい。でもイアン殿下は、フレデリクと一緒に行きたい。……それぞれの希望を通すなら、皆で食堂に行くのが一番だと思うけど?」

 該当する人物を指で指しながら、彼は告げる。

「た、確かに! それならおれもご飯食べられるし、ユリアスくんも、イアンにサンドウィッチ食べてもらえるよね!」

 フレデリクはリオールの助け船にすぐさま同意して、首を縦に振った。

「あ、もちろん、ユリアスくんがいいならなんだけど、」
「僕はイアン様がいるなら、別に食堂でもいい」

 若干悔しげに眉を寄せているが、ユリアスは軽く頷くと、どうやら一緒についてきてくれるみたいだ。

「イアンも、大丈夫?」
「…………」
「あれ、イアン?」

 イアンは感情の見えない底無し沼のような目で、フレデリクを見つめていた。反論があるのかないのか、それすらも分からない表情で、薄く形の良い唇を開く。

「……は、……すれば……俺だけを……」
「……ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど、なんて――」

 フレデリクの疑問は、イアンが立ち上がる椅子の音でかき消された。

「どうした? そんなに驚いた顔をして。食堂へ行くんじゃないのか?」
「あっ、え?」
「なんだ?」
「……いや、……なんでも……ない。ごめん、早く行こっか」

 イアンは絶対に何かを呟いていたような気がするのに、今は何事もなかったかのように見下ろしてくるので、フレデリクも深入りは止めて腰を上げる。
 
(大した内容じゃ、なかったのかも)

 知らず知らずの内に、鳥肌が立っていた腕を擦った。
 あの底が見えないイアンの瞳が、何故か頭の片隅にこびりついたまま、しばらく消えなかった。 



***


 
 今日は遅く来たせいか、食堂の席はほとんど埋まっており、かろうじて座れたその場所は、ちょうどテオドアが食事しているところの真後ろだった。
 フレデリクはなるべく彼を視界に入れたくなくて、背向かいの席に座る。が、残念ながらそこは、意識せずともテオドア達の会話が聞こえてきてしまう位置だった。

「テオドアさまは、休日はなにをしていらっしゃるの?」

 心臓が嫌に軋んで、ドクンと大きな音が一つ。フレデリクはこの席に着いたことを、すぐに後悔した。

「――鍛練。それ以外にすることはねえ」
「まあっ、真面目なお方なのね。今でも十分お強いのに、さらに向上心があるなんて、とても素敵だわ……」

(……なんだよそれ。そんなのおれはずっと昔から知ってる! テオが研鑽を欠かさないのは、戦うことが好きだからで、そのための努力は惜しまないんだ)

 ぽっと出の女子に思わずムッとしたフレデリクは、目の前の肉にフォークを突き立て、思い切り口に頬張った。

「ふふっ……フレデリクってば、そんなにかぶりつくなんて、お腹空いてたの?」
「っ……ふぃ、ふぃふぁふ……!」
「こら、口に物入れたまま喋らない。何言ってるか全然分かんないよ」

 話しかけてきたのはリオールじゃないか――そう言いたいのを我慢して、詰め込んだ肉を黙って噛みしめる。
 だけどおかげで、だいぶ気は紛れた。フレデリクが謝った時は無視してきたのに、女の子に話しかけられた時はちゃんと返事するんだな、と訳の分からない怒りが湧いてくるくらいには。
  
「イアン様! これ、よかったら食べてみてください!」

 対面の席では、ユリアスがイアンに向かって、バスケットから取り出したサンドウィッチを渡そうとしている。大ぶりのパンに野菜と肉がぎっしり詰まったそれは、見てるだけでもとても美味しそうだ。

「あ、あの……」

 しかしイアンは、貴族らしくナイフとフォークを器用に使い、出された食事を上品に食べるばかりであった。
 全く相手にされていないのが手に取るように分かる。気の毒に感じたフレデリクは急いで肉を飲み込むと、斜め前に座るユリアスへ話しかけた。

「それっ、イアンがいらないなら、おれが食べてもいい!?」
「……は?」
 
 イアンに対する態度と打って変わって、可愛らしい顔には見合わない低い声がユリアスから聞こえた。非常に不愉快そうな彼は、こちらを睨みつける眼差しも一切隠そうとしてこない。

「あ、ご、ごめん。イアンのために作ったんだから、おれなんかじゃなくて、やっぱりイアンに食べてもらいたいよね」
「当たり前だろ。誰がおまえなんかにやるか」

 イアンと仲の良いフレデリクを、彼は完全に敵と見なしたようで、信じられないくらいに冷たかった。

「でもその様子だと、イアン殿下も食べてくれなさそうだよね。余っちゃうくらいなら、食べたい人に食べてもらう方がいいんじゃない?」

 リオールがそう言って、すかさずフォローを入れてくれる。

「……だったら、貴方にあげます」
「え、僕が食べていいの?」
「そいつにあげるよりはマシなので」

 ユリアスから差し出されたサンドウィッチは、困惑気味のリオールへと渡った。

「あ、おれのことは気にしなくていいから……!」

 一応フレデリクも笑ってリオールに言う。せっかく場を和ませようとしてくれたのに、無駄な気を彼に遣わせたくはなかった。

「じゃあ……ありがたくもらうね」
「……はい、どうぞ」

 ユリアスは残ったサンドウィッチを、全部一人で食べるようだ。ここまできて何も関与しようとしないイアンは、フレデリクとユリアスが険悪になったタイミングで一度だけ顔を上げたくらいで、他は全くの我関せず状態だった。

(おれ……ユリアスくんに嫌われてたんだな……)

 さりげなく傷ついていたフレデリクは、それ以上何も話すことなく、机の上の食事に集中することにする。――が、そうなれば必然と、後ろの会話が聞こえてきてしまうわけで。

「そういえば、もうすぐ建国祭の時期ですわね。……テオドアさまは、誰かと一緒に行かれる予定はあるのかしら」
「……さあな」

(……えっ、毎年おれと一緒に行ってるのに?)

 当然今年も、フレデリクはテオドアと行くつもりだった。こんな喧嘩をしていても、何故か漠然とそう思っていて、彼が別の人と行く可能性など全く考えもしていなかった。

「もうっ、それどっちなのか分かりませんわ!」
「未来のことなんか誰にも分かんねえだろ」
「私は予定を聞いているの……!」
「……チッ、めんどくせえな。言いたいことあんならとっとと言え。遠回しにされんのはうぜえ」
「なっ! だ、だったら……」

 声を僅かにすぼめた女子生徒は、意を決してテオドアに告げる。
 
「私と、一緒に行きましょうよ」

 緊張を押し殺したような声色だった。蚊帳の外のフレデリクでさえも、それが容易く分かってしまうくらいに。彼女の真剣さが伝わってきて、どれほどの勇気を持ってテオドアを誘ったのかが、窺い知れてしまった。

(い、いやだ……)
 
 それでも、悲鳴を上げずにはいられない。

(嫌だ、行かないで……!)

 恐怖。混乱。嫉妬――。
 全てがない交ぜになってフレデリクを襲う。とぐろを巻くように胸の内が気持ち悪いものでいっぱいになって、含んだ肉が途端に味気のないものに変わっていく。
 テオドアの返事を聞きたくない。もし前向きに考えていたらどうしよう。そうなればきっと、これから自分は何も手につかないくらい、どうにかなってしまう。

「ごめん、おれちょっと……トイレ」

 フレデリクは青い顔でそう告げると、誰の返事も待つことなく席を離れた。背後ではリオールの戸惑う声と、立ち上がったイアンを必死に止めようとするユリアスの声が聞こえた気がしたが、フレデリクは前だけを見据えたまま、食堂を飛び出していくことしかできなかった。
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