メラリンの街

藤咲未来(ふじさきみらい)

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夜空の宝石

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 窓を開けて外を見た友子は息を呑んだ。
そこには友子の想像を遥かに超える景色があった。
夜空には月と星。
誰もが持つそんな常識を、あっさりと裏切った。メラリンの夜空には輝く大きな三日月、無数の星。
そして星と一緒に輝く無数の熱帯魚がいた。
夜空を泳ぐ熱帯魚、友子は言葉で言い表せない、幻想的な世界に飲み込まれていた。

 友子は次の日、朝早く目が覚めた。
昨日、興奮しすぎてなかなか眠れなかった。
目覚まし時計は、まだぐっすり眠っていたので、目覚まし時計を起こさないように、蹴飛ばした布団を掛けてやった。

 静かにクローゼットから、白いシャツと黒い長めのスカートに黒いエプロンをして、静かに店に降りた。
「おはようございます」店に行くとアリクイは、もう店に来ていた。
「おはよう。もっとゆっくりでよかったんだよ、あっ、目覚まし時計がうるさくしたんだね」と、アリクイが2階を見るように天井を見上げた。
「いいえ、私が勝手に起きたんです。目覚ましさんはよく眠ってました。布団を蹴飛ばしていたので、掛けてあげてきました」と友子が笑うと、「困った目覚ましだねぇ」とアリクイも、友子と笑った。

 アリクイに奥で朝食を取るように言われ、友子が奥に行くと、そこには昨日のパン屋の家族が朝食をとっていた。
カフェの裏は、戸を一枚隔てて、すぐパン屋になっていた。友子はこの街にいる間、パン屋の家族と暮らすことになる。

 「おはようございます」友子が部屋へ入ると「ああ、友ちゃんおはよう。眠れたかい」パン屋の主人はニコニコしながら聞いてきた。
「はい、よく眠れました」友子はそう言いながら椅子に腰をかけた。テーブルの上には、焼き立てのパンとサラダ、ハムエッグに美味しいコーヒー、最高の朝食だった。

 友子は、昨夜見た宝石箱のような夜空の話を興奮気味に話した。
友子の隣で笑顔で聞いていたパン屋の奥さんが「初めて見るとびっくりするわよね」と言って、「レンが餌やりに行くとき、友ちゃんも一緒に行ってみたら」と、友子に言った。
「友ちゃん、一緒に行こうよ」言ってきたのは昨日の男の子だった。
「レンくん、っていうの?いい名前だね」友子が言うと「ありがとう、妹はハヤだよ」と妹を紹介した。

 そのとき外で、「レンくん、ハヤちゃん」呼ぶ声がした。スクールバスだ。
「いってらっしゃい」
友子も奥さんと一緒に外まで見送って行った。
さっき、子ども達の名前を呼んだのはスクールバスだった。
友子はもう驚かなかった、寧ろ可愛く思えて、この街の新しい発見に喜んでいた。

 アリクイからは、九時からでいい。と、言われていたが、友子は早く店に出たかった。
早く出て、まだあるであろう不思議に出会いたかった。
店内には、朝の短い時間を楽しむ数人の客がいた。昨日の若い狼もいた。

 友子がカウンターの奥に入り、洗い物をしていると、店のドアが開いて昨日のクジラが入ってきた。
「おはよう」「友ちゃん、眠れましたか?」
「おはようございます。はいよく眠れました」友子は続けて言った、「昨日、クジラさんが本屋さんに来てくれて良かったです。私、今とても楽しいです」これは友子の本心だった。
クジラは、「喜んでもらえて良かったです」と、微笑んだ。

 「ゆっくりしていって下さい」友子はクジラにそう言って仕事にもどろうとしたとき、窓の外でふわふわ動く白い物が見えた。
アリクイが「あれは郵便なんだよ、友ちゃん受け取ってくれる」友子が「はーい」と言ってドアを開けると、葉書が一枚、ふわりふわりと友子の手の掌に舞い降りた。
辺りを見ると、葉書や封筒が自分で行き先を探して、家のポストに入ったり、手渡しをしていた。

 葉書を手にした途端、友子は心の奥が少し沈んだ。
アリクイとクジラは、友子の様子を見てすぐに気がついた。

 アリクイが「友ちゃん、ありがとう」そう言うと、友子はすぐに取り繕って笑って見せた。
そんな友子にアリクイはコーヒーを出した。
友子が「えっ」と、そんな顔をするとクジラが「友ちゃん、帰りたくなりましたか?」と聞いてきた。
友子は、アリクイが自分の小さな気持ちの揺れに気づいて、コーヒーを出してくれたのだと分かり「ありがとうございます」と言って静かに椅子に腰を下ろし、話し始めた。

 「いいえ、そうじゃないんです。さっき葉書を受け取ったとき、家のことを思い出したんです」
「私、家を出るとき母から、押入れの片付けをするから早く帰るように、って言われていたんです」それは、友子がこの街に来て初めて見せる沈んだ表情だった。
アリクイが入れるコーヒーの音と香りが、そんな友子の心を和らげた。

 「でも、楽しくて、もう少しいたいなぁ…って思っているんです」
「もしかして、私この街が楽しすぎて、帰ったら『浦島太郎』みたいになるのかな?って…」
クジラはコーヒーを一口飲むと「友ちゃん、やはり貴方は優しい方ですね、お母さんのことが気になっていたんですね」クジラが言うと、カウンターの中でアリクイも「友ちゃんらしいですね」と言って「でも、何も心配いらないですよ」と、言った。
クジラが「昨日、言ったようにこの世界は、いつも友ちゃんのすぐ側にあるんですよ。だから今友ちゃんが心配しているようなことは起きませんよ」

 朝日の差し込むカウンターで向かい合っているクジラとアリクイ。
コーヒーから立つ湯気。
クジラとアリクイが見せてくれた時間が友子には心地よく、友子を癒してくれた。

 店の時計が九時をさした頃、急に客は増えた。
そして客は口々に「友ちゃん、来ていたんだね…」
「友ちゃんに会いに来たよ…」「友ちゃんが来てる、って聞いて来たの…」と言ってきた。どの客もみな友子を歓迎していた。
友子は「ありがとうございます」と言いながらも、どの客も見覚えはなく、違和感はあったが、どことなく懐かしく素直に嬉しかった。

 店も落ち着いて、昼食を終えた頃、またクジラが店にやってきた。
クジラは「友ちゃん、散歩しませんか?」そしてアリクイに「マスター、いいですか?」と、友子を誘った。
「ええ、いいですよ、友ちゃん行っておいで」アリクイの言葉に送られて、友子はクジラと散歩に出た。

 クジラと外に出ると外は気持ちのいい、天気だった。
外に出て大きく深呼吸をすると、気持ち良くてメラリンの街は、空も風も空気も全てが友子を包んでくれる。友子はそんなふうに思えた。
空を見上げると、空には今日も、大きな魚や龍が気持ち良さそうに泳いでいた。

 そのとき足元で「痛いよ!痛い痛い」と、けたたましい声がした。
「ああ、友ちゃん、足を少し避けてあげてください。友ちゃんの足が電信柱の影を踏んでいるのですよ」クジラに言われ友子は慌てて「ごめんなさい」と、足を避けた。
影がしゃべった、じゃあ電信柱もしゃべるの?友子はそんなことを思いながら、もう一度「ごめんね」と言った。
クジラは「影たちはよく怒っているんですよ『踏まれてばかりだ』だってね」そう言ってまた歩き始めた。

 友子は影を踏まないように気をつけて歩いた。しばらく歩くと幼稚園の前に出た。
大きな幼稚園で、まるでお城のような建物だった。
広い園庭には、メリーゴーランドがあって、花が開いたような滑り台。
恐竜の骨組みのようなジャングルジム。
音楽で揺れるブランコ。
大人の友子でも見ていてワクワクする幼稚園だ。

 広い園庭では子ども達が遊んでいた。
パン屋のハヤもいた。
アリクイ、猫、カンガルー、園庭を走って遊ぶ園児達。
人も動物もみな可愛い幼稚園児だ、友子はそう思いながら見ていた。
クジラが「あの赤いリボンの女の子が、マスターの子どもさんで、ひまりちゃんですよ」そう言ってクジラが園児達に手を振ると、「せんせーい、せんせーい」と園児達がクジラに手を振り返した。

 「クジラさん、先生なんですか?」友子が聞くと「昔の話ですがね、幼稚園の園長をしていた時代がありました」昔を思い出すようにクジラは園児達を見ていた。
そして友子を見て、また歩き始めた。

 色づいた銀杏並木、遠くに見えるデパートや大きな病院、友子の住む世界と変わりはなかった。
ただ、空を見上げると、青空を泳ぐ大きな魚や龍。
友子は風に思いを乗せるように心の中で、お母さん、もう少しこの街に居させてね。そう呟いた。

 店は十八時までで、夕食もパン屋の家族と一緒に食べた。
パン屋の主人も奥さんも、友子に好意的だった。
子ども達も可愛くて、きょうだいのように友子を慕った。
「宿題を教えて」って言ってくるが、レンは小学校の低学年。まだ余裕で友子は教えることができる。
街全体が友子に好意的だった。
友子もメラリンの住人も、メラリンの街全てが好きだった。

 夕食が終わり部屋にいると「友ちゃん、餌やりに行くよ」レンが友子に声をかけた。
友子は「はーい」楽しみにしていた熱帯魚の餌やりに友子は声を弾ませた。
朝、「熱帯魚の餌やりに行く」と、聞いたときから、友子は不思議に思っていた。
餌やり?
あんな高い空へ?
どうやって…?
「私も行く!」レンの妹のハヤも一緒に、三人で行くことになった。

 外に出ると、空へ続く透明の階段が月に照らされていた。
昼間は見えなかった透明の階段。
夜空に続く透明の階段の先には、月と星と光の中を泳ぐ無数の熱帯魚。
友子は感動で、動くことを忘れていた。

 「友ちゃん、行くよ」そう言ってレンが友子の顔を見た。「うん、ありがとう」友子はハヤと手を繋いで、階段を登り始めた。
友子は改めて、ここはどこなの?私が今いる世界は現実なの?そんなことを思いながら階段を登った。

 階段は透明だが、部屋の中に緩やかな階段がある、そんな感じで落ちる心配はなかった。
だが、下が透けて見えるので、そこは桁違いのスリルがあった。

 階段を登り街を見下ろすと、足元には月と街灯に照らされた街明かり、見上げれば月と星と熱帯魚、夜空は光の海のように広がっていた。友子は無になった。
感動を通り超えた心を表す言葉を友子は知らなかった。

 遠くの方でも餌やりをしている人がいた。
「流石に空は広いからね、みんなで育てているんだよ」レンはそう言いながら、家から持ってきた箱の蓋を開けた。
その中には小さなカケラのような物が入っていて、熱帯魚の餌らしい。

 「おーい、ごはんだよ」レンがカケラを投げるとカケラはゆっくり空に浮いてゆき、熱帯魚は餌の方にやってきた。
「友ちゃんも、ハヤもやってみなよ」レンに言われ友子とハヤも餌を空へ投げた。
三人で餌をやりながら気がつくと、三人の周りには熱帯魚が集まっていた。
まるで自分が水のない水槽にいるようだった。

 餌やりは友子が思っていた以上に、時間が掛かった。ハヤは、いつの間にか友子の背中で眠ってしまっていた。週末に一度とはいえ小さな子どものレンが、一人でするには大変なことだった。
レンは、「父ちゃんも、母ちゃんもパン屋で朝が早いから、餌やりは僕の係だよ」と笑顔で言った。まだ小さなレンだけど、友子はレンが健気で頼もしく思えた。

 部屋に帰り、友子はベッドの中で今日あったことを思い返していた。
葉書がふわふわと自分で相手の元に行ったり、電信柱の影は踏まれると、痛い痛いと騒ぎ出す。
そして、夜空で熱帯魚の餌やり。
この街にいる間、一回でも多くレンの手伝いをしてやりたい、そんなことを思いながら友子は眠った。
次の朝、友子は、ポロンポロン、ポン、ポロンポロン、ポンと、楽しい音で目を覚ます。
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