【処女開発系・ハピエン・GL】独身OLが結婚相談所の女コンシェルジュに理解らされた件

犬好モノ

文字の大きさ
6 / 13

第二章1

しおりを挟む
《第二章》

笹原環は、再び後悔していた。
都内某駅、改札口周辺の雑踏の中、頭を抱えたい気持ちを必死に耐える。
どうしてノコノコとやって来てしまったのか。
忙しなく行き交う人々の波の、その向こう。駅構内の壁際にぽつんと立つ、ボブヘアーの美人――神崎綾音の姿に、後悔しても遅いことは分かっていたが、悔やまずにはいられなかった。
高いヒールのパンプスを履きこなし、凜と姿勢良く佇む姿は、例え顔を隠したとしても居住まいだけで美しい。
今から自分は、あの美女の隣に立たなければならない。
環は鬱々とした気持ちに区切りをつけるべく、一度深呼吸した。
そして一歩、また一歩と行き交う人を避けながら綾音の元へと向かっていく。
綾音は人混みの中の環にすぐに気がつき、一礼する。
「笹原様」
環が目の前までやってくると、綾音は花が綻ぶように微笑んだ。
土曜日、昼過ぎ、栄えた駅前。インドアな環がわざわざ休日に足を運びそうにない場所と状況。
これらすべては綾音の発案によるものだ。
先週の金曜日、例の〝講習〟のあと。帰り支度を整えた頃、綾音にされた提案を、環は思い出す――

◇ ◇ ◇

「笹原様、次回の講習は来週の土曜日でいかがでしょうか?」
「土曜日ですか」
綾音の提案に環が抱いた感想は、面倒くさいな、だった。
気怠い身体も相まって、そう感じたのだ。
ちなみに今となっては、この時に〝断る〟という選択が浮かばなかったことを悔やんでいる。
「金曜日だと、難しいですか?」
休日に化粧をして、頭髪と衣服を整えて、外出する。想像するだけで、辟易とした。
そのうえ、〝こんな〟講習を真っ昼間に受けるのも心理的に憚られたし、かといって夕方に家を出るのは一等嫌気がさす。
それならば今日と同じく、金曜日の仕事終わりの方がずっといい。環はそう考えたのだった。
「金曜日でも勿論問題ございません。ただ、ちょっとこれは、講習とは別のご提案になるのですが……」
綾音はそう言って、講習外の提案を続けた。
その内容は、土曜日の昼過ぎに会い、洋服やヘアスタイルのイメージチェンジをしないか、そうしてその流れで、夕方から三度目の講習を、というものだった。
変わりたいと願う環にとっては、前者の講習外の提案の方が至極真っ当な講習ですらあった。
「嫌だったら、断って下さって大丈夫ですよ」
綾音はそう言ったが、環は瞳を僅かに輝かせ、提案に飛びついたのだった。

◇ ◇ ◇

そんなわけで、環は土曜日の昼過ぎに、栄えた駅前でこうして綾音と落ち合っているのである。
「あ、違いました。笹原〝さん〟、こんにちは」
「こ、こんにちは」
街中を並んで歩きながらの〝様〟呼びは明らかに浮く。そう考え、事前に断ったのは環だった。
環は内心で、断っておいて良かったと胸を撫で下ろす。
そもそも、美容室とショッピングは講習の一環ではない。浮くか浮かないか以前に、綾音に本来の業務外で客扱いをさせてしまう申し訳なさもあった。
「まずは美容室に行きましょうか」
「はい」
並んで歩き始めると、隣から歩道のコンクリートをコツコツと叩く、高い音が響く。
打ち鳴らすでもなく、軽快ささえ感じられる足音。その足音に、環は綾音の自信を感じ取る。
そして、自分の足裏から伝わるペタペタとした振動を、なんだか間抜けな音だな、と自嘲した。
「そういえば――」
ふと、綾音が環に少しだけ顔を振り向けて、口を開く。
環も女性の中では上背のある方だったが、綾音がヒールの高い靴を履いているために、目線は少しだけ見下ろすような格好だった。
「笹原さんは、どうして婚活しようと?」
「えっ」
「以前、結婚したい理由を尋ねた際、お答えが難しいようでしたので、きっかけから探るのが良いのではないかと」
綾音は柔らかい口調で、質問の意図を補足した。
口調と同じく顔付きはにこやかで、無理に聞き出そうというよりも、環の自己分析を助けようという善意が滲んでいる。
環は少しだけ考えて、思い切って本心を吐露することにした。
「……周りがしてるって、気づいたから、ですかね……」
雑踏にかき消されそうなほどにか細い声。
綾音はその声を受け止め、まだ先がありそうな環の話に相づちを打って、続きを促す。
「結婚したい理由も、同じなんです」
環は先ほどよりも明瞭な声で続けた。
あっさりと口に出来たのは、周囲の人間は忙しなく行き交って、環の内心など聞いていないと思えたからか。
綾音ならば馬鹿にしないという安心があったからか。
あるいは、その両方だったのかもしれない。
環には判断がつかなかったが、いずれにしても、一度口にしてみると大して後ろめたく思うことでもないのでは、と思えたのだった。
自分がないようで、みっともない。そう感じる気持ちはまだあったが、同時に、深く考える必要はないのではないか、というある種の開き直りのような気持ちも湧いてきたからだ。
「何て言うか、それが普通、じゃないですか?」
環は同意を求める投げかけをして、半歩先を歩く綾音の様子をうかがった。
「そうですね。そういうのは、確かにありますが……」
同意を返しながらも、綾音は何かを考えているような素振りだった。
それは結婚したい理由として、間違っている――そんな言葉が続いたらどうしよう。そう思った環が、慌ててはぐらかそうと口を開きかけたとき、綾音が呟く。
「そうは見えなかったんです」
「え?」
綾音は、ちらりと環に視線をやって、続けた。
「笹原さんが結婚したい理由は、そういう、世の中的な理由では無いように見えたんです」
綾音は、少しだけ自信なさげに、けれどはっきりとそう言った。
「他にあるんじゃないでしょうか? 理由が」
綾音の言葉が、すとんと環の胸に落ちる。
環は昔から、周りの目を気にする方だった。
そして、取り立てて目立つ特徴も無く、問題も起こさない。教師や友人からは、引っ込み思案で、大人しく、真面目。そう評されることの多い子供だった。
だが、無理に周囲の人間に合わせたことも、合わせようとしたこともなかった。
環は漠然とそんな過去を振り返り、思う。
結婚したいという今回の衝動は、果たして周囲の影響によるものだろうか。
その考えに至ったとき、環の胸は静かにざわめいた。
「あ、着きましたよ。こちらです、美容室」
綾音の言葉に、俯き気味だった環は顔を上げる。
目の前には、ビルの一階と二階を使った、ガラス張りの大きな美容室があった。
上下階は吹き抜けになっており、店内は広々としている。一席一席の間隔もゆったり取られ、利用客のプライベートに配慮した作りだ。
都会の大通りに面しているだけあって、外観からすでに洗練された雰囲気が漂っている。
(お、おしゃれな人が行く店だ……!)
呆けた顔で店を見上げる環に構わず、綾音は扉を開いて入店を促した。
「どうぞ」
「は、はひ……」
広いガラス扉から店内に足を踏み入れると、スタッフがにこやかに会釈をする。
環は緊張でぎこちない動きになりながら、言われるままに鞄を預けた。
そのあいだ、綾音は別の顔なじみらしいスタッフと、親しげに何かを話している。
どうやら、施術を担当するスタッフらしかった。
綾音の横顔を見ながら、環はまたぼんやりと思う。
――自分は、どうして結婚したいのだろう。
環は髪を切っている間にも、自分に繰り返し問うたが、結局答えは出なかった。

◇ ◇ ◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合弁護士、CAとやめ検

スカレト
恋愛
かやとふうかは百合弁護士。かやは「口までおいしいものは運んでイケメン弁護士会いたい」ため、やめ検ニコル雇い

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...