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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
She is very positive(彼女はとてもポジティブです)
しおりを挟むその日の終業後、
「わたし、『血、すごくない?』なんてレイチェルを不安にさせるようなこと言っちゃって――」
「わたしだって『やだあ』なんて――」
クララとアニタは自分達の配慮のなさを反省していた。
「それに比べてバミーとバーバラはすぐにフォローしてレイチェルを安心させるように声を掛けたじゃない?」
「バミーとバーバラは無邪気なわりにしっかり者だし、なんか雑草のように逞しいのよねぇ」
あの時、クララもアニタもレイチェルの様子に目が釘付けで、アランがフラフラと目眩を起こしたことなど見てもいなかったのだ。
2人が自己嫌悪でシュンとしながら女子更衣室を出て長い廊下を歩いていくと、
バミーとバーバラが早足でやってきた。
「アンさんとリンダさんが――」
「ゴードンさんに話を付けるって凄い剣幕で――」
2人はアンとリンダに加勢するためにゴードンの元へ向かっていく途中だった。
オフィスの運営部の一角にあるゴードンの部屋に近づくと、廊下までキンキン声が聞こえてきた。
「なによ。2人して乗り込んできてレイチェルのクビに何か文句でも?だいたいカンカンの契約違反の項目に妊娠が入っているのは踊り子のあなた達の身体のためじゃないの。わたしが今までどんだけパフォーマンス中に流産したコを見てきたと思ってんのよっ」
ゴードンは忙しげに書類をバサバサと広げながらフンと鼻息を飛ばした。
大きなマホガニーのデスクに大量に積み上げられた書類がゴードンの多忙さを表している。
「ああ、そのことだけど、妊娠は勘違いだったの。レイチェルはただの生理痛だったのよ」
「そう。多い日だったのよね。だから、契約違反じゃないわよ」
アンとリンダはすっとぼけた小芝居をしてみせて、
「これ、レイチェルの生理休暇の届け」
「生理休暇は認められているはずよね?ハンコちょうだい」
届けの用紙を突き出した。
「よくも、ぬけぬけとそんなインチキを――」
ゴードンは目を真ん丸にしてアンとリンダの顔を見返した。
あのキャスト食堂でのレイチェルのおびただしい出血を生理の多い日で片付けようとは強引にもほどがある。
「あら、ルール無用のインチキはゴードンさんの専売特許のようなものじゃない」
「今までゴードンさんがオーディションの審査でどんだけインチキをかましたか、知らないとでも思ってるの?」
アンとリンダはインネンを付けるスケバンのような脅し口調で迫る。
「ぐ、ぐぐ――」
たしかにゴードンは今までキャストのオーディションでは出来レースでアランを入れたり、数知れないインチキをしてきた。
「ほら、ゴードンさんはこのレイチェルの1週間の生理休暇の届けを受理すればいいだけよ」
「わたし達、何時間だって引き下がらないからね」
アンとリンダはいかにも仕事の邪魔してやるとばかりにゴードンのデスクに両側からドスンと腰を下ろし、脚線美の足を組んだ。
「ちょっと、わたし、今日も残業なのよっ。どきなさいよっ。――キャロライン、この2人、摘まみ出してっ」
ゴードンはヒステリックに秘書のキャロラインに命じる。
だが、
カチャカチャ、
「――」
キャロラインは知らん顔して自分のデスクでパソコンのキーボードを叩いている。
勿論、キャロラインだってアンとリンダに加勢しているのだ。
「――」
ゴードンは思いっ切り渋面した。
「あら、もう10分経っちゃったわ。時間の無駄よねぇ?」
「これにハンコを押すのに10秒も掛からないのよ?」
アンとリンダは用紙をヒラヒラさせて挑発する。
「――」
短気なゴードンに時間のロスほど耐え難いことはない。
「分かったわよっ」
ゴードンは生理休暇の届けをひったくって、ポンと印鑑を押し、
「ほらっ、さっさと出ていってちょうだいっ」
いまいましげにアンとリンダに用紙を投げ付けた。
「やったっ」
「レイチェル、クビにならないって」
「さすがアンさんとリンダさんだわぁ」
廊下から室内を覗き込んでいたバミー、バーバラ、アニタはハイタッチして喜びを分かち合う。
(良かった)
クララはカンカンのチームワークを羨ましく眺めていた。
一方、
駅前のあらばは病院では、
レイチェルが手術室から個室の病室に移されていた。
マダムから電話で手術だと連絡を受けたサンドラも付き添っている。
子宮外妊娠と診断されてレイチェルは手術したのだ。
「あんな奴、虫酸が走るわっ」
麻酔から醒めたレイチェルは憎々しげに吐き捨てた。
あんな奴とはアーサーのことだ。
アーサーは救急車の中でレイチェルが流産したのを見て気絶し、別室で寝かされている。
「ジョーちゃん?」
レイチェルは甘え声でベッドの傍らにジョーを手招きした。
「わたし、またハニーに戻りたくなっちゃった」
「え?お前、俺のハニーだったっけ?」
ジョーは真上からレイチェルの顔を見下ろす。
一昨年のハニーなど覚えてもいない。
そもそもジョーはカンカンの踊り子の顔の見分けも付いていないのだ。
それはそれで、
「ま、俺は去る者は追わず、来る者は拒まず――だぜ」
ジョーはにんまりと笑って応じた。
「――レ、レイチェル?」
アーサーは病室の戸口で額縁にはまったように棒立ちになった。
気絶から目覚めて駆け付けたはずが、まだ夢でも見ているのだろうか?
今、自分の見ているものが信じられなかった。
ベッドではレイチェルがジョーの首に両腕を回してkissしていたのだ。
「あ、あの?」
マーティは困り顔してマダムとサンドラへ見返る。
「いいんじゃない?だいたい結婚を機に騎兵隊キャストを辞めるなんて大した男じゃないと思ってたのよね」
「ホントよね」
マダムもサンドラもけんもほろろにアーサーの脇をすり抜けて病室を出ていった。
「え、ええと?」
マーティは自分はどうすべきか迷ってキョロキョロと目だけ動かしてベッドでkissのレイチェルとジョー、戸口のアーサーを見比べた。
「――」
アーサーは茫然自失という顔で棒立ちのまま固まっている。
(ああ、何を言ったらいいかも、どうしたらいいかも分からないっ)
マーティは途方に暮れた。
ただ、おそらく、あと2ヶ月の契約満了を待たずにアーサーは騎兵隊キャストを辞めていくだろうと察した。
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